第三十二話:アークの故郷へ
第四章:響動の証明と共動の輪舞曲
ギルジエンド城、王宮の間。
中央に鎮座する黒鉄の玉座。そこに座る男、ギルシェ・バーライド・グリシェンへと、一人の聖騎士団兵士が震えながら膝をつき、報告を終えようとしていた。
「……以上が、トリクの町での、一部始終にございます!」
ギルシェの左右には、二人の『黒キ仮面』が、圧倒的な威圧感を放ちながら静かに佇んでいる。
「……ミアムが、朽ちたか」
トーキスが仮面の下で、感情の読めない声で呟いた。
その言葉に呼応するように、もう一人の仮面の男、ディビラが忌々しげに悪態をつく。
「ちっ! 悪魔の寂れた町ひとつ、ロクに制圧できんとはな! 『黒キ仮面』の名が泣いてるぜ!」
「だが、なかなか面白い話も聞けた」
玉座のギルシェが、静かに、しかしどこか楽しげに声を上げた。
「ククッ……。『天魔神葬』、か。まさか、あの忌まわしい伝承が本当に存在しているとはな」
「伝承に聞く、災厄。……非常に興味深いですね」
トーキスが仮面の下で、不敵な笑みを浮かべているかのように呟く。
「おい、貴様ぁ! 本当にその異形の怪物は『天魔神葬』とやらを名乗ってやがったんだろうな! 『間違ってました』じゃあ、すまねえぞコラァ!」
ディビラが両腕の手甲を、ゴツン、と威嚇するように鳴らしながら、膝まづいている兵士に凄んだ。
「ひぃいいっ! ま、間違いございません! 私は一人、ミアム様の隊から離れ、周囲の探索任務に就いておりました! 町に戻った時には、他の聖騎士団は既に全滅……。その後すぐに現れた異形の口のようなものに、ミアム様は、その……」
「でぇ、その異形の口みてえなのが、『天魔神葬』だと、はっきり名乗ってやがったってのかぁ? あん?」
ディビラが尚も疑うように、兵士へと圧をかける。
「ディビラ、やめろ」
その様子に、トーキスが静かに声を上げた。そして膝まづいている兵士に、「ご苦労。よくぞ一人、この重要な情報を、持ち帰ってくれた。……下がっていいぞ」と、声をかける。
「……ちっ!」
ディビラは、不満そうに舌打ちをすると、それ以降は沈黙した。
兵士が、安堵の表情を浮かべ王宮の間を後にすると、ギルシェがゆっくりとその口を開いた。
「ミアムは朽ちたが、それ以上に大きな収穫があった。『天魔神葬』の存在と、我が弟、ルーシェのおおよその居場所。……悪魔領ともども、その『天魔神葬』とやらを我が手中に収め、ルーシェを殺し、我が国家ギルジエンドの力を、この世界を統べるにふさわしいものとしてやろうじゃないか」
そう言うと、ギルシェは組んでいた足を優雅に組み換え、トーキスとディビラに新たな命令を下した。
「ディビラ。早急に、お前の部隊を率いて、忌々しき残り三つの結界塔を破壊しろ。トーキス、お前は東のスクロニアだ。相手がこちらの条件を呑まなければ武力行使に出ても構わんが、なるべく最小限の損害で国を制圧しろ。できるだけ良い状態で、手に入れておきたいんでな」
その言葉に、トーキスとディビラは即座に膝をつき、力強く声を上げた。
「「はっ! 仰せのままに」」
ーー
「おい、楽器使い。後、どのくらいで目的地に着くんだよ?」
リンシェンが道端の石を蹴飛ばしながら、退屈そうに声を上げた。
「『楽器使い』って呼ぶな! アークだっつってんだろ!」
先頭を歩いていたアークが、呆れたように振り返りながら返事をする。
トリクの町を出立し、極寒の氷雪地帯をどうにか無事に抜けきったルーシェ達一行。
その後も順調に歩を進め、目的地である、崩壊国家ダークリア城跡地の、すぐ近くまで旅を続けてきていた。
「でも、私もちょっと疲れちゃったかも……。最近ずっと野宿ばっかりだったし……」
コルネの足取りも心なしか重く、小さくため息をついた。
「確かにな……。トリクの町以降、他の村や、集落さえも全く見かけていない」
ルーシェも同意するように呟く。だが、その言葉を遮るように、アークが得意げに声を上げた。
「ふっふっふー! そんな、お疲れ気味の君たちに、朗報だ!」
「……なんだよ、その言い方。気色悪ぃな!」
リンシェンが、すかさず突っ込む。
「この先に、町があるんだよ。……疲労回復にはもってこいの、極上の温泉郷がな!」
「うおっ! まじかよ! 温泉郷っつったら、うまい飯に、いい宿! それに、綺麗どころも揃ってるんじゃねえか!?」
リンシェンが、分かりやすくテンションを上げる。だが、アークは冷静にその期待を打ち砕いた。
「残念だが、いい宿には泊まらないぜ。綺麗どころもな。そのかわり、俺の家で、もてなしてやるよ」
「……俺の家? もしかしてアークの故郷だって言っていた、ダークリアの近くにあるっていう、小さな森の町か……」
ルーシェの質問に、アークはにっと笑って、首を縦に振った。
「そういうことだ! ま、ここ数年、全然帰ってなかったけどな」
「え~! アークの故郷に行けるんだ! 楽しみかもっ! 家族とかも、いたりするの?」
コルネが元気を取り戻したように、明るい声を上げた。
「おう、いるぜ。兄貴が一人な。あ、安心してくれよ。確かに、人間に対して嫌悪感を持ってる町の奴らも少なくはねえけど、俺と兄貴が一緒なら、変に絡まれたり、なんてことはないと思うからよ」
「ま、最悪、俺もいるし、大丈夫だろ!」
リンシェンが、自慢げに胸を張るが、「いや、お前は、あんま関係ねえだろ!」と、アークがすかさず突っ込みを入れた。
「その、温泉郷ミネルヴァを越えたら、後は一日もかからずにダークリアの城跡地に辿り着く。何が起きるかわからねえからな。その前にしっかりと休んで、英気を養ってから行こうぜ」
アークが、真面目な声で言った。
「おうよ! 銀髪の本当の正体を紐解きになっ! ま、何があっても、俺らがいりゃ問題ねえだろうよ」
リンシェンは軽口を叩きながら、ルーシェの肩をポンと叩いた。
「そうだね。私も、ルーシェのこと、もっと、もっと知りたいから」
コルネも、軽くなった足取りで、再び歩き出す。
「ああ。俺も知りたいんだ。悪魔の力のことも、俺が、一体何者なのかも……。ありがとう、アーク、コルネ」
ルーシェも、仲間たちの顔を見ながら、ゆっくりと歩き出した。
「おいっ! 銀髪! わざとか! わざとなのかぁっ!」
自分の名前だけが呼ばれなかったことに、リンシェンがルーシェの肩に腕を回し、もう片方の手で、グリグリと軽くルーシェの身体に拳を当てる。
「じ、冗談だっ! やめ、やめろって、グリグリ!」
「自業自得だろっ! 日頃の行いってやつだよ、そりゃあ」
その隣で、アークもコルネも、楽しそうに笑っている。
仲間たちとの、何気ない温かな時間。
それは、復讐という昏い呪縛に囚われていた、ルーシェの心を、少しずつ少しずつ、和らげてきているようにも見えた。
第三十三話:『温泉郷ミネルヴァの異変』に続く。




