第三十一話:交わる運命
第三章:黎明の反逆と奔走の行進曲
サティは風化し、ところどころが歯抜けになった手書きの文字を、食い入るように追っていく。
びっしりと書き殴られた日記のようなその文章。一つ一つの文字には、書き手の深い怨嗟の念が込められているかのように、狂気的な執念が滲み出ていた。
「なんだ……これは……」
最後のページに記された一文が、彼女の視線を奪う。
紙は擦れてはいるが、幸いにも歯抜けにはなっておらず、読めないほどではない。
その衝撃的な内容に目を通したサティは、しばしの間、まるで魂が抜けてしまったかのように放心状態に陥った。
「おい、おいって! 一体、何が書いてあるんだよ!」
放心状態のサティの様子に焦れたモッズが、彼女の手から強引にその手記を奪い取る。
彼もまた、その最後のページに書かれている文字に、視線を這わせた。
【古びた手記】
――かつて、我らの祖先『天魔神族』は、すべてを喰らう災厄
『天魔神葬』 を造り出した。
だが、それは人と魔の手によって封じられ、
我らの祖の多くは『外側の世界』へ帰る道を断たれた。
残された天魔神族は、この地に混乱をもたらした種として
無差別に狩られ、いまや生き残りはわずか。
見つかれば殺され、影に潜み、怯えて暮らす日々。
もしこれが滅びの定めなら……
せめて最後に、我らは再び立ち上がろうと決意した。
『天魔神葬』を宿した巫女を探し出し、
封じられし力を 復活 させるのだ。
今代の巫女は 人間族 に生まれたと聞く。
ならばまず、人の領より娘を奪い、
悪魔の王を唆して 大戦の火種 を起こさせよう。
巫女奪還のため、人間族は必ず悪魔領へ攻め込む。
その混乱のさなか、我らは悪魔族の『協力者』として振る舞い、
人間族を根絶やしにする。
そしてその後――
復活した『天魔神葬』をもって、悪魔族すら滅ぼすのだ。
我らは、
かつての名『天魔神族』を偽り、
人の領で迫害される反人間種族
『紫炎族』 と名を変え、ここから始まる大戦の闇に潜む 影の暗躍者 となろう。
「な……なんだよ、こいつは……」
手記を読み終えたモッズは、力なくその場に座り込んだ。
「千二百年前の大戦の……真実、か……」
サティもまた、その場に座り込む。
遺跡内に響く清らかな水の音だけが、二人の深い動揺を、少しだけ落ち着かせてくれているかのようだった。
「ちょ、ちょっと待てよ! もし、ここに書いてあることが本当に真実だというのならよ……。俺は……『紫炎族』は、この世界の外側から、この地を侵略しにきた『天魔神族』の生き残りってことか? 災厄を連れてきた?」
モッズは、頭を抱えながら、叫び散らかした。
「千二百年前の大戦の……暗躍者。『天魔神葬』……世界を滅ぼす災厄。……なるほど。かの大戦は、人と魔、そのどちらでもない第三勢力によって、意図的に仕組まれたものだった。……そういうことか……」
サティが、静かに呟く。
「だ、だけどよ! 結果的に千二百年前の大戦は悪魔が敗れてる。それに悪魔領はそれ以来、統治者も国も無くしてるはずだ。紫炎族だって扱いは変わっていない。今も差別の対象だ!」
モッズが、新たな疑問を口にした。
「『天魔神葬』という災厄が、結局発動しなかったのか……。それを身に宿しているという巫女が、間違っていたのか。……そもそも、単なる伝承だったのか……」
サティは、可能性を一つ一つ探るように続ける。
「封印されているという巫女本人にも記憶がないんじゃ、確かめようがない……」
「紫炎族が……どうやって巫女を特定したのか、必ず名付けられるっつー名前、か? それとも他に何か……」
モッズは、「あーっ! くそっ!」と、苛立ちを隠せない様子で、声を上げた。
その時だった。沈黙する二人の耳に、石碑のさらに後ろ。不気味な光を放ち、その存在を主張し続けていた、巨大な装置のようなものが、グィイィィン、と重い起動音を立てた。
未だ、現役で稼働しているように見えるその装置の周囲は、空間そのものがぐにゃりと歪んでいるかのような、異様な場所と化している。
「……あの装置、なんだと思う?」
モッズが、サティに問いかけた。
「さあな。だが、あれだけ周囲の空間が歪んで見えるということは……。転移系の、何かか?」
サティが、冷静に分析し答える。
「て、転移って……まさかあの装置の先は、『外の世界』ってやつか!?」
「いや、『外の世界』にはもう戻れなくなったと、手記には書いてあった。可能性があるとしたら……悪魔領の、どこかだろう」
サティは、ゆっくりと立ち上がると、迷うことなくその装置へと足を進めた。
「って、おいおい!」
モッズも、慌てて立ち上がり、サティの後ろを追う。
「またあんたは、そうやってズケズケと突っ込むつもりか? 嬢ちゃん!」
「『天魔神葬』……そして、輪廻する巫女。……もしその存在が、今の、あのギルジエンドの手に渡ってしまったら……」
サティは、足を止めない。
「世界は終わりってか? だとしても、俺たち二人にはどうしようも……」
「お前は紫炎族だ。そして、私は……少し思うところがあるんだ。関係が全くないとは言い切れない……」
紫炎族の名を出され、モッズは一瞬怯む。だが、すぐに言い返した。
「だとしてもだ! 俺たちが、やらなきゃいけないことなのか!? ……あまりにも荷が重すぎるだろう!」
サティは装置の前に立つと、そのぐにゃりと歪んだ空間へと、ゆっくりと手を伸ばした。
「たとえ、これが偶然だったとしても、真実の一端を知ってしまった以上、運命と思って自分が納得するまでやるさ。……お前は好きにしろ。ここからは、私一人でも行く」
「…………」
沈黙する、モッズ。
「……じゃあな」
サティが、ゆっくりと静かな足取りで、装置の歪んだ空間の中へと、その身を入れていく。
「……く、っそ! わーったよ! わかった! 俺も付き合ってやるよ! どうせこのまま人間領にいたって、一生、逃げ回って生活するだけだしな! 悪魔領ってのも、悪くはないかもしれねえ!」
強がりを言いながらも、モッズもまた強い足取りで、装置の空間の渦の中へと、その身体を滑り込ませた。
サティは、そんなモッズの顔を見て、初めて「ふっ」と、柔らかく笑顔を見せた。
「……決まりだな」
やがて二人の身体は、装置の空間の渦の中へと、完全に飲み込まれていく。新たな、そして、もう一つの物語の舞台へと、その歩を進めるように。
第四章:【響動の証明と共動の輪舞曲】
第三十二話:『アークの故郷へ』に続く。




