第三十話:外側の種族
第三章:黎明の反逆と奔走の行進曲
「中央に、石碑か……」
目の前に広がる荘厳で神秘的な光景。その中心に鎮座する石碑を見つめ、サティはゆっくりと足を進めていく。
「いやいやいや、ちょっと待てって! 何、ズケズケと進んでんだ!」
その後ろで、モッズが慌てたように声を上げた。
「……気になるだろう」
あまりにも冷静に、そして淡々と答えるサティに、モッズは「まぁ、確かに……」と一瞬、納得しかける。
「って、違げぇよ! どう考えたってヤバいだろ、ここは! 見ろよ、あの両脇にいるデカい怪鳥の石像! 絶対動き出すぞ!」
モッズが叫ぶが、サティは冷静さを見失わない。
「そういうのは基本、侵入者撃退用だろう」
「俺たちは、その立派な侵入者だろうが……!」
尚も食い下がるモッズに、サティは静かに答えた。
「……冷静になれ。この広間への扉も、この遺跡の入り口の扉も、紫炎族の者でしか開くことはできないんだ」
「だ、だから、なんなんだよ……」
「ここに入れるのは、同胞である紫炎族以外にありえないということだ。……ゆえに、撃退用のトラップを作る必要性はない」
その的確に芯を捉えたサティの一言に、少しの沈黙をおいて、モッズの表情が真剣なものへと変わる。
「……嬢ちゃん。あんた一体、何者なんだ? 何を目的に動いている?」
「…………」
モッズの鋭い問いかけに、サティは沈黙を貫いた。
「思えば、嬢ちゃんほどの格闘術を使える人間が、一介の聖騎士団に大人しく捕まって捕虜になってたなんておかしな話だ……。あんた一人なら、いくらでも捕まる前にどうにでもできただろう……」
「……買いかぶりすぎだ」
サティは小さくそう呟くと、再び石碑へと向かって足を進めていく。
「それに、紫炎族や、黒紫魔法のことを妙に詳しすぎるのもそうだ……。その年齢にしちゃあ、あまりにも知識が豊富すぎるし、何よりやけに冷静で肝が据わりすぎているように見える」
先を行くサティの後ろを歩きながら、モッズは畳みかけるように続けた。
「私は二十二だ。それなりに知っていても、おかしくはないだろう」
「……まるで、何か絶対に成し遂げなければならない目的があって、それを達成するためには、迷っている時間なんて一秒もない……。そんなふうに見えるぜ」
モッズは、尚も言葉を続けた。
「スクロニアに協力要請を頼みたいってのも、本当はその目的を達成するための、ただの過程に過ぎないんじゃないのか? 飛行艇を奪って『足』を手に入れたかった。……ただ、それだけなんじゃないのか?」
「……私のことは、いい」
「ごまかすなよっ!」
そんな緊迫したやり取りを繰り返しているうちに、二人は石碑へと続く、細い一本の通路へとたどり着いていた。
周囲を流れる清らかな水の音が、静かな遺跡内に心地良く響いている。
「……それよりも、今はこの石碑だ」
サティはそう言うと、二体の怪鳥の石像の間を通り抜け、石碑と祭壇の前へと足を進めた。
モッズが危惧していた二体の怪鳥の石像は、ピクリとも動くことなく、静かにそこに鎮座していた。
「……いずれ、あんたの口から、しっかりと話してもらうぜ」モッズはそう小さく呟くと、サティの後に続いた。
石碑の表面にびっしりとこびりついた砂や苔を、手で丁寧に払いのけると、そこに刻まれていた文字が、二人の目の前に徐々にその姿を現してくる。それはまるで神話の物語のようでありながらも、不思議なほどに現実味を帯びた一つの記録のようだった。
石碑の下にある古びた祭壇には、風化してボロボロになった、一冊の手記のようなものも転がっている。
二人は、石碑に刻まれた文字を一つ一つ丁寧に確認していく。
【石碑の刻文】
──われらが大地がまだ若く、二つの種族が覇を競っていた古の時代。
この世界には、人と魔、そして世界の『外側』より来たりし 天魔神族 の姿があった。
天魔神族は、すべてを喰らい世界を統べんとし、
そのための災厄 『天魔神葬』 を造り出した。
脅威に気づいた人と魔の王は手を結び、
未だ不完全であった『天魔神葬』を ひとりの巫女の肉体へと封じた。
かくして外よりの災いは断たれ、世界に束の間の平穏が戻る。
だが――
巫女を巡る争いは人と魔の間に亀裂を生み、
その争いはついに 大陸を二つに割る大戦 となった。
やがて巫女は、その身に災厄を宿したまま 寿命を終えた。
だが奇跡のごとく、
彼女は 別の地で再び生を受けた。
記憶は持たずとも、身体には変わらず『天魔神葬』が眠り、
そして必ず 同じ名 を与えられる。
巫女は巡る。
時に人として、時に魔として。
生を終え、また生まれ、
終わらぬ輪廻の中で世界の災厄を抱き続ける存在となった。
「おい……これって、まさか……」
モッズが、驚愕の声を上げた。
「千二百年前のあの大戦よりも、さらに古い時代の……伝説、か?」
サティが、石碑に刻まれた文字を追いながら、震える声で言った。
「待てよ……! 外側の世界とか、天魔……神族? そんな話、聞いたこともねえぞ!」
頭を混乱させながらも、モッズも必死に文字を追う。
その時、サティが、目の前の祭壇に半分砂に埋もれるようにして置かれていた、ボロボロの手記を手に取った。
風化し、ところどころが歯抜けになっている手書きの文字を、彼女は食い入るように追っていく。
「なんだこれは……」
そこに書かれていたのは、あの千二百年前に起こったという大戦の発端となった出来事と、忌み嫌われし禁忌の種族、『紫炎族』の出生についての一部が記されていた。
第三十一話:『交わる運命』に続く。




