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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第一章:絶望の運命と激動の協奏曲

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第三話:絶望の咆哮

第一章:絶望の運命と激動の協奏曲

 崩壊した永久牢獄の瓦礫の中心に立つ、人ならざる者の姿。駆け付けた兵士たちは、己の目を疑った。


「お……おい、なんだ、あれは……」

「あ、悪魔だ……! なんでこんなところに……千二百年前の大戦で、南の大陸に追いやられたはずじゃ……!」

 額から伸びる三本の歪な角。全てを焼き尽くさんばかりに赤く輝く瞳。片方は闇を凝縮したごとき漆黒、もう片方は聖性を冒涜するかのような純白の翼。そして、破壊を司る悪魔の鉤爪と、創造の奇跡を思わせる天使の掌。 

 目の前に立つ異形の存在が放つ、圧倒的なプレッシャーと殺意の波動に、歴戦の兵士たちですら金縛りにあったかのように動けない。言いようのない根源的な恐怖が、全身の自由を奪っていた。


 その視線を一身に受けながら、悪魔――ルーシェは、憎悪に染まった声で呟いた。

「コロス……ギルシェ……ギルシェニ与シタ、オロカナ人間ドモ……」

 瞬間。

「グゥゥオオオオオオオオオオオッ!!」

 天を衝き、地を揺るがす咆哮が、城の地下に轟いた。それはただの叫びではない。空気を揺らし、空間そのものを震わせ、聴く者の魂を直接削り取るような、呪詛に満ちた絶叫。復讐の始まりを告げる、産声。

 その凄まじい咆哮に、兵士たちは我に返る。

「か、構えろ! 怯むな! 相手は一体だ! 全員で囲んで叩き斬れ!」

 部隊長の一喝で、兵士たちは恐怖を無理やり奮い立たせ、一斉に剣や槍を構える。だが、彼らの覚悟はあまりにも脆く、そして遅すぎた。


「グガァアア!」

 咆哮の余韻が消えぬうちに、ルーシェの姿が掻き消えた。否、常人には捉えきれぬほどの速度で、兵士たちの懐に潜り込んでいたのだ。

 閃く、悪魔の鉤爪。ザシュッ、と肉と金属が同時に断ち切られる鈍い音が響き、最前列にいた兵士の身体が、分厚い鋼鉄の鎧ごと両断された。

「ぐはぁっ!!」

 噴き出す鮮血が、悪魔の白い翼をまだらに染める。

「ちっ、この化け物がぁぁ!!」

 仲間が屠られる様を見て逆上した数人の兵士が、左右から同時に剣を振り抜く。だが、その刃がルーシェの身体に届くことはない。彼は軽やかに身を翻し、まるで舞うように全ての斬撃を回避すると、回転の勢いのまま兵士たちの背後を取った。

 そして、左の――天使の掌を、彼らに向ける。掌に、高密度の魔力が渦を巻いて収束していく。

「――滅ビロ」

 刹那。凝縮された魔力が、破壊の光となって解き放たれた。轟音と共に数人の兵士たちが跡形もなく消し飛ぶ。爆風が地下通路を吹き荒れ、壁に無数の亀裂を走らせた。


「がはぁあぁ……な、なんて悪魔だ……」

 部隊長は、その光景を呆然と見つめることしかできなかった。仲間が塵芥(ちりあくた)のように消え去る様を。そして、その爆炎の中から、一瞬で距離を詰めてきた悪魔の姿を。

 鋭い痛みが胸を貫く。視線を落とすと、自らの胸を、悪魔の額に生えた歪な角が深々と貫いていた。

 ルーシェは部隊長の亡骸を角から振り払うと、再び空を切り裂くような咆哮を上げた。

「グガァアアアァアアァアア!!!」

 漆黒と純白の翼が大きく羽ばたき、彼の身体を宙へと浮き上がらせる。目標は一つ。この城の主、憎き兄ギルシェがいるであろう、王の間。

「ギルシェェ!! ギルシェェェェ!!」

 呪いの言葉を吐きながら、ルーシェは城の中心部へと飛翔する。通路を塞ぐ兵士たちを爪で引き裂き、高楼から矢を放つ魔導隊を魔法で焼き払い、彼はただひたすらに、復讐の道を進んだ。


 その頃、王の間では――。


「ちっ、どうなってやがる。さっきから揺れが収まらねぇぞ」

 黒キ仮面の一人、屈強な体躯を誇る男――ディビラが、苛立たしげに吐き捨てた。玉座には、この国の新たな王となったギルシェが、優雅に足を組んで座っている。その傍らには、残る二人の仮面の人物、トーキスとミアムが控えていた。


「悪魔……か。落ち着くがいい、ディビラ。我ら『黒キ仮面』が恐れる相手でもないだろう」

 中心に立つトーキスが、冷静にディビラを(いさ)める。

「あらあら、随分とお怒りのようだけど、あれってもしかしてぇぇ……。うふふ」

 紅一点のミアムが、扇で口元を隠しながら、興味深そうに目を細めた。

 彼らの視線が、玉座のギルシェへと集まる。ギルシェは、肘掛けに頬杖をつきながら、まるで他人事のように呟いた。

「状況的にみて……我が弟、ルーシェか。ククッ」

 その口元は、確かに笑っていた。

「……楽しそうですね、ギルシェ様」

 トーキスの言葉に、ミアムも楽しげに続ける。

「うふふ。私もとーっても興味深いですわよ」

「ああ。今はとても愉快な気分だよ」

 ギルシェはゆっくりと立ち上がると、狂気を孕んだ笑い声を上げた。


「絶望の果てに、我が弟が悪魔へと変貌するだなんて……ククッ、アハハ、アハハハハハ! 思ってもみなかった最高のシナリオだ! クク、ククハハハ!」

 その笑い声は、常軌を逸していた。まるで新しい玩具を手に入れた子供のように純粋で、しかし、その端々には噛み合わない歯車が軋むような、歪で不気味な狂気が色濃く滲み出ている。


 ひとしきり笑い終えたギルシェは、冷徹な王の顔に戻り、命令を下した。

「聖騎士団と白魔導隊をすぐに集めろ。聖騎士団で奴を包囲し、白魔導隊の結界術で捕縛する。……指揮はディビラ、お前に任せよう」

 その言葉に、ディビラは待ってましたとばかりに拳を打ち鳴らした。

「おうよ! ちったぁ楽しませてもらおうじゃねえか。悪魔狩りの始まりだ!」


 その時だった。ドゴォォォン!!! と大きな音を立て、王の間の巨大な扉が、数人の兵士の肉体ごと内側へ吹き飛んだ。

「ギ、ギルシェ様ぁー! あがぁがぁぼぉぉっ!!」

 吹き飛ばされた兵士の一人が、悪魔の鉤爪に胴体を貫かれ、絶命する。

 血飛沫の向こうから、憎悪に燃える悪魔――ルーシェが姿を現した。その赤い双眸は、玉座に立つただ一人の男、ギルシェだけを捉えていた。


「クク……我が弟よ。虐殺は楽しかったか? 躊躇なく兵を屠るその姿、我らがこの国を、メルスキアを蹂躙した時と、一体何が違うというのだ?」

 ギルシェは、まるで旧友に語りかけるかのように、冷静に問いかける。

「チ……チガウッ……! コレハ、フクシュウダ! シンデ逝ッタ者タチノ、無念ト、憎悪!」

 途切れ途切れの言葉で、ルーシェは吠える。

「ほう? 立場が違えば、それが正義になるとでも? 教えてやろう、ルーシェ。この世に絶対的な『正義』などというものは存在しないのだよ」

 ギルシェは大げさに両手を広げ、演説を始める。

「本当の安寧とは、絶対的支配者による世界の完全統治によってのみ、初めて成し遂げられる!」

「国同士のつまらぬ争いに巻き込まれる民衆。南の大陸に押しやられた悪魔との、今も尚続く因縁。全てが、くだらない!」


 黒キ仮面の三人が、(うやうや)しくギルシェの前に膝をつく。

「故に、ここに新たな国家『ギルジエンド』の名のもとに、我らが掲げる旗印を宣言しよう!」

 ギルシェは、天を仰ぎ、高らかに叫んだ。

「人間領の完全統治と、悪魔領の完全支配! および、悪魔の殲滅だ!!」

「カッテナコトヲォォォォ!! ソンナモノハ、カンケイナイ!」

 ルーシェの憎悪が臨界点に達する。

「オレハ、タダ……オマエヲコロスダケダァァァァァ!!」

 床を蹴り、悪魔の爪を振り抜く。ギルシェの首を刎ねんとする、必殺の一撃。


 ガキィィィィン!!

 しかし、その一撃は甲高い金属音と共に弾かれた。

 ルーシェの眼前に、ディビラの巨躯が立ちはだかっていた。屈強な腕に装着された分厚い手甲が、ルーシェの鉤爪を寸前で受け止めていたのだ。

「おっと、そう殺気立つなよ。アンタの相手は、この俺様がしてやるぜ!」


 ディビラは獰猛な笑みを浮かべ、その筋肉を隆起させる。

「さあ、楽しませてくれよ! このディビラ様をよぉぉっ!!」

第四話:『絶望の残滓』に続く。

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