第二十八話:幻術の森と古代遺跡
第三章:黎明の反逆と奔走の行進曲
「しっかし深い森だなぁ。さっきから、同じ場所をぐるぐると回ってるみたいだぜ」
先頭を進むサティの後ろで、モッズが行く手を阻む植物をかき分けながら、ぼやくように声を上げた。
「適当に進んじまってるけど……こりゃあ相当広そうな森だぜ。どっかで今日もまた、野宿かねぇ」
森の探索を始めてから、既に数時間が経過していた。空を覆っていた太陽も徐々にその光を弱め、夕刻がだんだんと近づき始めている。
「どうする? どっかで早めに野宿の場所を決めとかねえと……って、おい、嬢ちゃん? 聞いてるか?」
先ほどからのモッズの言葉に、一切の反応を見せないまま、黙々と前を進み続けるサティ。その様子を見て、モッズが訝しげに問いかけた。
「……」
「嬢ちゃん? なんだ、急に黙り込んじまって。調子でも悪いのか?」
サティは、目の前にあるひときわ大きな大樹の幹を、指先でなぞりながら神妙な顔で答えた。
「……ああ。その通りだ。私たちは、同じ場所をずっと歩き続けている」
「あぁ?」
「さっき、お前が言っただろう。『同じ場所を、ぐるぐると回っているみたいだ』と……」
サティはゆっくりと振り向き、モッズへと真剣な視線を向けた。
「……どういうことだよ?」
そのただならぬ雰囲気に、モッズも低い声で問い返す。
「この幹を見てくれ……。私は、この大樹の前を通る度に、ここに石で印を付けていた」
見ると、サティが指し示した大樹の幹には、確かに四本の線がくっきりと刻まれていた。
「最初は偶然かと思って、しばらく様子を見ていたが……。私たちがこの場所を通るのは、間違いなく、これで四度目だ」
「おいおい……まじかよ」
モッズが慌てて幹に近づき、その印を確かめる。
「幻術の一種か……? この森に入った時から感じていた、あの不思議な力の正体はこれか……。だが、一体どうして……?」
サティが、周囲を警戒しながら、考え込むように呟いた。
「するってーと、俺たちは一生ここから出られないってことか!?」
モッズが、慌てたように周囲を見渡す。
「いや、これが幻術だというのなら、どこかに術の起点となる場所があるはずだ……」
サティも、冷静に周囲を見渡し始めた。
「起点っつってもよう……。この、だだっ広い森の中で、どうやって……」
そう言って、モッズが近くにあった、奇妙な形をした大きな植物に、何気なく手を触れようとした、その瞬間だった。
ズブッ。
その植物に、モッズの手は触れることができなかった。まるで、そこに何もないかのように、その手は植物をすり抜け、そしてそのままバランスを崩した彼の身体は、地面の下へと転がり落ちるようにして消えていった。
いや、正確には地面に見えていた場所の、さらにその下へと、転がり落ちていったのだ。
「モッズっ!」
サティが声を上げ、彼が消えた場所へと駆け寄る。そして、その植物の周りにある他の木々や茂みに触れようとして、同じように自身の手がそれらをすり抜けていくのを確認した。
「そうか……。ここに、こうして見えている植物、そして地面として目に映っているこの光景そのものが……」
そう呟くと、サティは躊躇なく、モッズが消えた地面へと自ら飛び込んだ。
案の定、彼女の身体は地面をすり抜け、その下に隠されていた、広大な空洞へと軽やかに着地した。
目の前には、派手に尻餅をつき、「痛てててぇ……。なんなんだよ、一体……」と、腰をさすっているモッズの姿があった。
「モッズ、よくやった……」
サティは安堵の息を漏らしながら、彼に手を差し伸べた。モッズはその手を掴んで、ゆっくりと立ち上がる。
「んで? どういうこって?」
頭を掻きながら、モッズが問いかける。
「一部の植物や地面が、幻術によって、あたかもそこに存在しているかのように、見せられていたんだ」
サティは続ける。
「おそらく、あの森の一部には強力な幻術がかけられていて、ある一定の距離を進むと、強制的に起点となる位置へと戻されてしまう。私たちは、それを延々と繰り返していた、というわけだ」
「なんで、わざわざそんなことを? 一体、誰が?」
モッズが、口を挟む。
「その、幻術がかけられている一定の距離の中に……どうしても、隠したいものがあったんだろう」
「隠したいもの、ねぇ……」
モッズの言葉に、サティは、彼の背後を指差した。
「例えば……打ち捨てられた、古代の遺跡……とかな」
モッズが振り返ると、その背後には巨大な建造物が、静かに佇んでいた。
長年、風雨に晒され続けたのであろう。黒ずんだ石肌には、びっしりと苔のようなものが這い、無数の植物が、その本来の姿を覆い隠すかのように鬱蒼と生い茂っている。
それは、古代の遺跡と呼ぶに相応しい程に荘厳で、同時にどこか物悲しい雰囲気を漂わせていた。
「……おいおい、まじかよ」
そのあまりにも非現実的な光景に、モッズは思わず声を上げた。
サティは遺跡へと近づき、その入り口と思われる巨大な石の扉の前に立った。扉に積もった砂や、絡みついた植物、苔などを手で丁寧に払いのける。
するとそこには、一つの紋様がくっきりと刻み込まれていた。
左右対称に配置された漆黒の怪鳥の嘴が、中央でまるで噛み合うかのように、鋭く向かい合っている。そして、その嘴の隙間からは、まるで花が咲き誇るかのように、妖しい紫色の炎が立ち上っている紋様。
「こ、この紋様はっ……!」
その紋様を目にした瞬間、モッズは思わず口を滑らせた。そしてすぐに、しまった、とでも言うかのようにバツが悪そうな表情を浮かべた。
「……知っているのか?」
「い、いぃや。し、知らねえ。こんなもん、初めて見たぜ」
サティの鋭い問いかけに、モッズは明らかに動揺を見せる。
少しの沈黙の後、サティが静かに、しかし確信を持って口を開いた。
「……紫炎族の、紋様か?」
その言葉に、モッズの表情がはっきりと変わるのが見て取れた。
第二十九話:『古代遺跡の秘密』に続く。




