第二十二話:黎明の反逆者
第三章:黎明の反逆と奔走の行進曲
――ルーシェたちが、悪魔領トリクの町で壮絶な戦いを繰り広げていた、その同時刻。
遥か離れた人間領中央部『自治州コースト』の上空、ギルジエンド特務飛行戦艦第三号【クライシス】の艦内では、もう一つの運命が、静かに、しかし確実な意志を持って、動き出そうとしていた。
「ほ、ほんとにやるのかよ……。失敗したら、間違いなく殺されちまうぞ」
小さな声で、フードを被った男が隣に座る同じくフードを被せられた女に囁いた。見張りの兵士に聞こえないよう、最大限に声を潜めている。
戦艦の一室。薄暗く、冷たい鉄の床の上には、十数人の両手を縄で固く縛られた捕虜たちが、皆同じようにボロボロのフードを頭まで深く被せられ、家畜のように押し込められていた。
部屋の唯一の出入り口である前方の扉と後方の壁際には、銀色の鎧を纏い鋭い威圧感を放つ二人の兵士が、油断なく目を光らせている。
「どちらにしろ、このままギルジエンドの領内に入れば私たちは殺されるだけだ。覚悟を決めろ。……それとも臆病風に吹かれてこのまま何もできずに死にたいか?」
先ほどの問いに、女は同じく小さな声で冷徹に答えた。
「……ちっ! わーったよ! もう、どうにでもなれってんだ!」
そう小さく毒づくと、フードの男は意を決し、履いていた汚れた靴をわざとらしく絶妙な力加減で天井近くへと蹴り上げた。
カツン、と乾いた音が響く。
「貴様ぁ! 何をしている!!」
「ひっ! い、いや、そのぉっ……足が滑っちまってよ……」
すぐさま、後方の見張り兵が男へと視線を向け、警戒を強める。だが、その時、既に女は動いていた。
一瞬のうちに音もなく立ち上がり、入り口前の兵士へと間合いを詰める。そして、右足を軸に天高く跳躍し、独楽のように回転しながら、鋭い蹴りを兵士の首筋へと正確に叩き込んだ。
「ぐっ……!?」
兵士は、呻き声一つ上げる間もなく、その場に崩れ落ちる。
続けて、女は倒れた兵士の鞘から飛び出た剣の切っ先を使い、自身の両腕を縛っていた縄を瞬時に掻き切った。そして、その剣を掴むと、一切の淀みない動きで、先ほどの男へと投げ渡す。
ヒュン、と風を切り裂き飛んだ剣は、見事に男の両腕を縛っていた縄だけを断ち切った。男はすぐに自由になった手で、その剣を受け取る。
「この、クソったれがぁ~!」
男は雄叫びを上げると、勢いのまま、自分に気を取られていた後方の兵士を斬り裂いた。
わずか、数秒の出来事。
「あちゃー……。やっちまったぁ……」
後方の兵士を斬り殺してしまった男が、しまった、とでもいうように、わざとらしく頭を掻いた。
前方の兵士を気絶させた女は、頭に被っていたフードを脱ぎ去ると、その端正で美しく凛々しい容姿と、ブラウンのショートカットの髪を振り乱しながら、未だ状況を飲み込めていない捕虜たちに、力強く声を上げた。
「私たちの故郷、自治州コーストはギルジエンドの手に墜ちた! だが、まだ私たちの意志までは屈していないはずだ!」
彼女の声は、絶望に満ちたこの部屋に、確かな希望の光を灯す。
「このまま捕虜として無様に殺され、一生を終えるか! それとも、この残酷な運命に最後の最後まで抗い続けるか! 各自、判断して動け!」
そう叫ぶと、女は入り口の扉を蹴り破り、艦の内部通路へと一人走り出した。
「お、おおっい! 待て、待ってくれよぉ!」
その後ろを、先ほど兵士を斬った剣を握りしめたまま、男が慌てて追いかける。
「おい、待てって! 策もなしに、このまま突っ込むつもりか!? ここは上空だぞ! 敵さんの戦艦の、ど真ん中なんだぜ!」
女に追いつくと、男は走りながら、慌てた声で叫んだ。
「このまま、艦の中心部へ向かい、操縦室を乗っ取る!」
あまりにも大胆、かつシンプルな作戦に面食らい、男は若干引き気味に返事をする。
「ほ、本気かよ……。あんた、なかなか刺激的だな……」
「コーストが墜ちた今、私たちが生き残る唯一の道は、この艦の操縦室を掌握し、進路を東の大国スクロニアへと向けることだ!」
「メルスキア領……いや、今はギルジエンド、だったか。国境を越える前にどうにかしなきゃいけないってことだな……。タイムリミット付きかよ……」
「嫌なら、あの部屋で、他の者たちと怯えて待っているがいい」
「ひゅーっ! Sだねぇ。……わーったよ、付き合うぜ。俺はモッズ。モッズ・ラッツ・ソルティだ」
そう言って、男はフードを取った。
現れたのは、灰色に差し掛かった髪と、浅黒い肌。深く刻まれた頬の皺が印象的な、どこかひょうひょうとした雰囲気を持つ中年の男だった。
「見ての通り、ただの中年のおっさんだ! よろしくな!」
モッズの姿を見て、女は「そうか」とでも言いたげな表情を貫きながら、名乗り返した。
「サティだ。サティ・カイリ・カイエン」
(なるほど……。この男、一見、軽薄そうに見せておきながら、その視線には一切の油断がない。これは、とんだ曲者のようだ)
「どうやら、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきているようだな。頼りにさせてもらう」
サティの、自分を値踏みするような視線に気づきながらも、モッズはそれを軽く受け流した。
「あん? ただの老獪な中年だって言ってんだろ。あんまり期待しないでくれよ!」
そんな軽口を叩き合っている、まさにその最中。通路の角から現れた、艦内を巡回する兵士たちが、二人の姿を見つけ、叫び声を上げた。
「貴様らぁっ! くそっ、脱走だ! 警報を鳴らせ!」
ウゥゥゥゥゥ――ン!!
一瞬にして、艦内にけたたましい警報音が鳴り響き、あっという間に数人の兵士たちが二人を取り囲む。
「んで、どうすんだよ、お嬢さん! 多勢に無勢だぜ!」
モッズが、楽しそうに声を上げる。
「問題ない。この程度なら、お前も捌けるだろう」
ニヤリと、サティがモッズへと挑戦的な視線を向けた。
「へいへい、そうなると思ってましたよっと! ま、剣は専門じゃねえんだがねぇ」
モッズは、左手で気だるそうに頭を掻きながら、先ほど奪った剣を構えると、
「あんたは、どうなんだ?」と、背中合わせになったサティに声をかけた。
「拳将カイエンが始祖。闇を破り、黎明を告げる武の理」
サティは、武器を持たぬ両の拳を、固く、固く握りしめた。
「――黎天流格闘術だ」
「……そいつは期待大、だなっ!」
モッズの言葉を合図に、二人の反逆者は、銀色の鎧の群れの中へと同時に飛び込んでいった。
第二十三話:『艦内制圧戦』に続く。




