第二十一話:旅は続く
第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲
ギィィィ……。
地下室の、重く錆び付いた扉が開かれる音が、静寂の中に響き渡った。
あの悪夢のような夜から数時間、アークもリンシェンも極度の疲労と緊張から立ち上がることすらできず、ルーシェもまた、気を失い続けていた。
朝の柔らかな光が、いつしか昼の力強い日差しへと変わる頃になって、二人はようやく立ち上がり、未だ意識の戻らないルーシェを二人で肩に担ぎながら町長の家へと戻ってきたのだ。
開かれた扉の先で、あの時、地下室へとルーシェたちに助けを求めてきた女が、安堵と不安の入り混じった表情で二人を迎える。
「あ、あの……」
彼女は、言葉に詰まりながらも、必死に声を絞り出そうとしている。その傍らには、まるで眠るように気を失っている、コルネの姿が見えた。
「……終わったぜ。……無事、とは、全然言えねぇけどな」
リンシェンが、彼女の気持ちを汲むように、静かに告げた。
「ま、町は!? 町は、どうなったんですか!? みん、みんなは……!」
「……避難できた住人たちも、少しはいる。……だが、すまねぇ。ほとんどの奴らは……守れなかった」
リンシェンは、悔しそうに顔を俯かせた。
その言葉に、女は再び堰を切ったように涙を流し、その場に崩れ落ちる。
その横で、気絶しているコルネにアークが駆け寄った。
「コルネ! おい、コルネ! しっかりしろ!」
彼はコルネの肩を揺する。だが、彼女が目を開ける気配はない。
「一体、何があったんだ?」
アークは、泣きじゃくる女に問いかけた。女は、嗚咽を交えながら、途切れ途切れに話し始める。
「その、その子が……急に、わけのわからない、変な事を言い出して……」
「変な事って、なんだよ?」
リンシェンも、会話に加わった。
「きゅ、急に……『天地……創造』とか、『理がどう』とかって……。それで、『我が、天魔なんとか』って……」
その言葉に、アークとリンシェンの表情が、同時に凍り付いた。
「お、おい、楽器使い……。それって、まさか……」
先ほどまでの、あの悪夢が、鮮明に頭をよぎる。
「ど、どういう……」
アークが深く問いかけようとしたが、女は「うわぁぁん」と泣き崩れてしまい、それ以上、詳しい様子を聞き出すことは叶わなかった。
「コ……ル、ネ……」
その時、リンシェンの肩に寄りかかっていたルーシェが、うわ言のように小さく呟いた。
「ルーシェ!!」
アークが声を上げると、ルーシェはゆっくりと、重い瞼を開ける。
「おい! 銀髪! 気が付いたかよ!」
ゆっくりとルーシェをその場に座らせて、リンシェンが安堵の声をかける。
「す、すまない……。俺は、また……」
「ルーシェ!!」
それは、一瞬の出来事だった。
いつの間にか目を覚ましていたコルネが、小さく叫びながら、ルーシェの胸へと飛び込んでくる。
「また……! また、こんなに傷だらけになって……! なんで、いつも……!」
泣きじゃくりながら、彼女はルーシェを強く抱きしめた。
「でも……よか……った……。生きてて、よかった……」
その温もりに、ルーシェは少しだけ安堵の表情を浮かべた。そして、再び目を閉じると、小さな寝息を立てて、深い眠りへと落ちていった。
ーー
あの惨劇の夜から、数日が経過した。
トリクの町が受けた被害は甚大で、生き残った住民たちは無残に破壊された町の姿と、亡くなった多くの同胞たちの亡骸を前に、ただ絶句し、絶望に打ちひしがれていた。
当初、町を襲った連中の仲間だと思われていたルーシェたちだったが、リンシェンや、地下室にいた女の説明もあり、誤解は解け、町を救うために命を懸けて戦ってくれた人物として、町の人々からの信頼を取り戻していた。
だが、ルーシェの表情は、決して明るくはなかった。
町の片隅、焼け落ちた建物の屋根に一人座り、彼はただ、遠い空を見つめている。
「……また、考え込んでるのか? ラクーメルの村のことも、このトリクの町のことも、お前が一人で責任を感じることじゃないだろう」
いつの間にか隣に座っていたアークが、落ち着いた声で言った。
「……わからないんだ。悪魔と人間、そこに、一体どんな違いがあるというのか。争って、殺し合って……」
「……悪魔と人間、その全てが憎み合っているわけじゃないさ」
アークは、尚も静かな声で続ける。
「一部の、悪意ある奴らが、そう仕向けている。そうやって戦争は生まれるんだよ。……悲しいけどな」
「……ギルシェ……」
その名を口にした瞬間、ルーシェは、強く、強く拳を握りしめていた。
「……細かいことは聞かねえさ。銀髪にも、色々とおつらい事情があんだろうからな。……ただ、そのギルシェって野郎が元凶なら、そいつをぶっ倒しゃいい! 単純に考えとけ!」
ふいに、背後から快活な声が響いた。屋根の上から、リンシェンが軽やかに飛び降りてくる。
「お前、そんな簡単に……」
アークが呆れたように苦言を呈そうとするが、リンシェンがそれを遮る。
「ごちゃごちゃ考えたって、答えなんか出ねえだろ! だったら単純にぶちのめす奴のことだけを考えておきゃいい。あれこれ迷って判断を間違えるよりは、至極真っ当だろうがよ」
そう言うと、リンシェンは、暗い顔をしたままのルーシェの肩に、ゴン、と軽く拳を当てた。
「お前なぁ……」
アークが呆れたように声を上げる。だが、ルーシェの表情は、少しだけ和らいでいた。
「……そう、かもな。色々と考えすぎるのは、全ての材料が揃ってからにしよう……」
「おう、それでいい! まあ、まずは、憎しみで理性を失わないよう、自分をしっかりと持っとけ! どんなに強大な力でも、それを制御できなきゃ何の意味もねえからな」
そう言って、リンシェンはニヤリと笑うと、後方へと軽やかにバク転し、両手に二本の短剣を構えて、高らかに声を上げた。
「俺は、リンシェン・スノウ・ゼクター! 伝承に謳われし四栄王が一人、氷を司りしスノウが末裔! この四栄王魔神具・魔氷四双剣・氷牙と共に、あんたの旅に今日から同行させてもらうぜ! 銀髪!」
その、あまりにも唐突な宣言に、アークが唖然としながら叫んだ。
「はぁあああっ!? お前、何、勝手に……って、四栄王の末裔なら確かに……。いや、まあ、良いのか!?」
「伝承の悪魔に変身までされちゃあ、ついて行くしかねえだろうよ! 個人的にも、こいつの正体にはめちゃくちゃ興味が沸いてるんでな!」
リンシェンは短剣をしまうと、ルーシェへと右手を差し出した。
ルーシェは、その手を、迷うことなく、強く握り返す。
「……歓迎するよ、リンシェン。それと……俺は、銀髪じゃなくて、ルーシェだ。こっちは、アーク」
二人の手が固く握られた、まさにその瞬間。町の人々の埋葬を手伝っていたコルネが、こちらに気づいて手を振りながら駆け寄ってきた。
握手を交わしているルーシェとリンシェンを見て、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「え、何? 二人とも、いつの間にそんなに仲良しになったの?」
「おう、女! これから俺も、お前らの旅に加わることになったから、よろしく頼むぜ!」
リンシェンが、コルネに片手を挙げて応える。
「そ、そうなんだ! ……って、女じゃなくて、私はコルネですー!」
目指す地、崩壊した悪魔領最大国家ダークリアまでは、まだ長い道のりが待っている。
四人は、再建を誓うトリクの町の人々に別れを告げ、次なる目的地、極寒の氷雪地帯へと、確かな足取りで歩き始めた。
第三章:【黎明の反逆と奔走の行進曲】
第二十二話:『黎明の反逆者』に続く。




