表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/30

第二十話:喰らうもの

第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲

『――我――悪魔と人間を、等しく喰らい尽くす存在――』

『――我の名は――』

 そして、二つの場所で、同じ言葉が同時に紡がれた。


『「――天魔神葬(てんましんそう)――」』

 告げられたその名が、耳に響いた。


 精神の奥深くまで侵食し、魂そのものを支配する根源的な呪詛のような言葉。決して抗うことのできない絶対的な何かに全身を抑えつけられ、その場にいる全ての者は、ただただ恐怖に震えることしかできなかった。

「ガァ……ウ、ガァ……」

 先ほどまで獣のように暴れ狂っていたルーシェさえも、その動きを完全に止め、見えざる何かにもがき苦しむように呻いている。

「お……おい……な、ん……だ、よ……これ……」

 辛うじて動かせる口で、リンシェンが僅かな声を絞り出す。アークも、ミアムも、そして無機物であるはずのリビングアーマーさえも、苦悶の呻きを漏らすことだけが精一杯だった。


『――我――飢えを満たす――汝らの生を、贄に――』

 もう一度、大地そのものから声が響いたその刹那。空間がまるで薄い布のように音もなく裂けた。

 その裂け目の向こう側は、何も見えない、光さえ存在しない虚無。そして、その闇の中から、恐ろしくグロテスクで凶悪な牙が無数に生え揃った、醜く巨大な口のようなものがぬるりと姿を現した。

 その牙の隙間からは、目の前の贄を待ちきれないとでも言わんばかりに、粘着質の唾液が絶え間なく滴り落ちている。

 異形の口は、目の前にいた二体のリビングアーマーを、まるで前菜でも味わうかのように、粉々に噛み砕き、貪り喰い、そして、ごくりと音を立てて飲み込んだ。


「あ……あ……」

 声にならない悲鳴を漏らしながら、そのあまりにも恐ろしい威圧感に、ミアムはただ震えることしかできない。彼女の手に持つ聖典から、リビングアーマーが描かれていた二枚のページが、ひとりでに燃え落ちた。

 そして、その巨大な口は、次の獲物として、その牙をミアムへと向ける。

「あ……あ、や、やめ……」

 それは、あまりにも一瞬の出来事だった。

 目の前に迫った、絶対的な畏怖の象徴。異形の口は、その顎を大きく開くと、あっという間にミアムを飲み込んだ。その美しい顔を、恐怖と絶望に歪ませながら、彼女の姿は、闇の中へと消えた。

 ゴクリ、と。生々しい嚥下(えんか)の音が、静まり返った町に響き渡る。

 目の前で起きた、あまりにも現実離れした惨状が、リンシェンとアークの恐怖を極限まで高めていた。


「あ、あ、あ……く、喰われる……! 俺、たちも……!」

 アークは逃げようとするが、足が鉛のように重く、動かない。動かすことができない。

 やがて、異形の口は、震えるアークとリンシェンの前に、ぬるりと姿を現した。牙の隙間からしたたる唾液が彼らの足元を濡らす。

「お、終わりだ……。今度、こそ……」

 リンシェンが、絶望に染まった声で呻いた。

 その巨大な口が二人をまとめて飲み込まんと大きく迫ってくる。

「グガァアア……! グガァアアアアアアアアアアアッッ!!」

 その刹那。ひと際激しい、魂の奥底まで揺さぶるような咆哮が、ルーシェの口から放たれた。


 その咆哮が響いた一瞬だけ、二人を縛り付けていた、あの根源的な恐怖が嘘のように消え去った。


 動ける――!


 瞬時に、アークとリンシェンはその場から飛び退き、回転しながら後方へと移動し、巨大な口からどうにか距離を取った。

「う、動ける! ちっ、どうなってやがんだ、一体!」

 リンシェンが、混乱しながら叫んだ。

「わからない……! だが、今の咆哮は……ルーシェのおかげ、なのか?」

 アークも、荒い息をつきながら声を上げ、すぐさま楽器を構え、ルーシェへと目を向けた。

「グガァアア……」

 ルーシェは、まだ苦しそうに呻いていた。

 だが、次の瞬間、その額に血のように赤い単眼が現れ、ギョロリと不気味に光り出す。ビー玉ほどの大きさの、あの妖しく輝く宝石のような目が、まるで生きているかのように、ギョロギョロと目玉を動かしながら、空間全体を見渡し始めた。


 そして。


 やがて、ルーシェの口から、彼自身の声ではない、別の何者かの声が響き始める。

『――ワレハ……悪魔ノ王。ワガ半身ハ、朽チ果テサセヌ……』

「あ、アイツまで喋りやがった! どうなってんだ、無茶苦茶じゃねえか!」

 リンシェンが、その常軌を逸した光景に、声を荒げた。

「……悪魔の王、か。やっぱり、ルーシェは……」

 アークもまた、唖然とした表情で、その姿を見守っている。

 異形の口は、尚も唾液を滴らせながら、その牙を今度はルーシェへと向け、彼を飲み込まんと迫った。


『――Й〇ΔΓΛ!!』

 もはや、この世界の誰にも聞き取ることのできない、太古の言語が悪魔の王の口から響き渡った。同時に、額の単眼が世界を白く染め上げるほどの強烈な閃光を放つ。

 空間を揺るがす振動が波紋のように広がり、大地全体が大きく軋んだ。その神々しくも禍々しい光は、大地を縛り付けていた根源的な支配の力を完全に消し去り、あの強烈な違和感を取り払っていく。

 光に焼かれた異形の口が、苦しむように身をよじる。

『……我――天魔神葬(てんましんそう)――。いずれまた――汝らの前に――姿を現そう――』


 やがて裂けていた空間はゆっくりと閉じ、何も見えない虚無の闇の中へと、異形の口は消えていった。

 ドォォォン、と。ひと際大きな振動が大地を揺らすと、まるで何事もなかったかのように、先ほどまでの惨劇の跡が再び視界に戻ってくる。


 未だ燃え盛る家屋、無残に転がる亡骸、激しい戦いの痕跡。

 ルーシェは、全ての力を使い果たしたように意識を失い、角も翼もない、元の人間の姿に戻って、地面へと静かに落ちた。

 極度の恐怖と緊張の糸がぷつりと切れたアークとリンシェンは、膝から崩れ落ち、荒い息を吐いて、その場に倒れ込む。

 いつの間にか、長い夜は明けようとしていた。

 暗闇に包まれていた世界に、うっすらと、しかし確かな陽の光が、ゆっくりと差し込み始めていた。

第二十一話:『旅は続く』に続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ