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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第一章:絶望の運命と激動の協奏曲

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第二話:絶望の悪魔

第一章:絶望の運命と激動の協奏曲

 あれから、どれほどの時が過ぎたのだろうか。


 光の一切が届かない、湿った石と腐の臭いが満ちる王城の地下。永久牢獄と名付けられたこの場所で、何度夜を迎えたのか。いや、そもそも夜という概念がここにあるのかすら、もうわからなかった。

 時折、無機質な足音と共に運ばれてくる、申し訳程度の食事。それが唯一、時間の経過を知らせる指標だった。

 メルスキア第二皇子、ルーシェ・バーライド・グリシェン。かつてそう呼ばれた男は、今やただの囚人だった。

 投獄された当初、彼は何度も暴れた。魔法結界が施された堅牢な鉄格子を力任せに揺さぶり、分厚い石壁を拳で殴りつけた。国を裏切り、父を手にかけ、愛する婚約者を死へと追いやった憎き兄、ギルシェへの怒りが、彼を狂気の淵へと突き動かしていた。


 だが、現実は無情だ。

 堅牢な牢獄はびくともせず、ただ彼の拳を血に染めるだけ。武器などあるはずもなく、叫び続けた声は枯れ、流した涙はとうに枯渇した。

 後に残ったのは、骨の髄まで染み渡るような、深く、昏い憎悪だけ。


――ギルシェ。


 あの冷酷な瞳を、嘲るような笑みを、決して忘れはしない。

 俺は絶対にやつを許さない。やつを、やつらに(くみ)した者たちを、この手で八つ裂きにするまでは、絶対に死んでなるものか。

 その燃え盛るような復讐心だけが、ルーシェに「生きる」という力を辛うじて与えていた。


「食事だ」

 無感情な声と共に、牢の前に一人の兵士が姿を現した。粗末なパンとスープが乗った盆を、食事用の小窓から無造作に滑り込ませる。

 その瞬間、ルーシェの中の憎悪が再び沸点に達した。彼は獣のように鉄格子に飛びついた。

「オイッ! 貴様、俺をここから今すぐ出せ! ギルシェを殺す! あの仮面のやつらは何者だ!」

 魔法結界がバチリと音を立て、彼の身体に鋭い痛みを走らせる。だが、そんな痛みなど意にも介さず、鬼の形相で叫び続けた。かつて、その優しさから「慈愛の皇子」とまで呼ばれた面影は、もはやどこにもない。血走った瞳、もつれた銀髪、憎しみに歪んだその表情は、まるで千二百年前に大陸の南へと追いやられたという悪魔を彷彿とさせた。


 兵士は、そんなルーシェを冷ややかに一瞥(いちべつ)しただけだった。

「……無駄だ。お前はもうすぐ国を裏切った反逆者として、父王殺しの罪を着せられる」

「なに……?」

「そして、見せしめとして民衆の前で処刑されるだろう。ギルシェ様の新たな国、『ギルジエンド』の始まりを飾る、生贄としてな。国民は全ての元凶がお前だと信じ込み、お前は歴史上最悪の大罪人として、その名を永遠に刻むことになる」

「ふざけるなぁぁああ!! 父を手にかけたのはギルシェだろうが! 国を、民を裏切ったのは、全てあいつらの方だぁぁああ!!」

 魂からの絶叫も、兵士には届かない。

「事実かどうかなど、もはや関係ない。歴史とは勝者が作るものだ。お前は利用されて、惨めに死ぬ。それだけだ。せいぜい、処刑までの短い時間、今までの恵まれた人生でも振り返っておくといい」


 兵士はそう吐き捨てると、ルーシェに背を向け、コツ、コツ、と足音を響かせながら闇の中へと消えていく。

「待て! 貴様ぁあ! 貴様らもだ! 全員、絶対に許さない! 皆殺しにしてやるからな!」

 ルーシェの呪詛にも似た叫びが、虚しく地下牢に響き渡った。

 遠ざかる闇の向こうから、兵士の嘲笑が微かに聞こえた気がした。

「ふん。言っているがいい。どうせもう、お前には何もできん」

 静寂が戻る。ルーシェは、ぜえぜえと肩で息をしながら、床に崩れ落ちた。憎い。憎い。憎い。

 だが、兵士の言う通り、今の自分には何もできない。このままでは、兄の筋書き通りに、汚名を着せられたまま処刑されるだけだ。


(……いや)

 ルーシェは、床に置かれたパンとスープを睨みつけた。

(まだ、終われない)

 施しを受けるのは屈辱だった。だが、これを食べなければ、復讐を果たす前に飢えで死んでしまう。地獄のような屈辱を噛み締めながら、ルーシェはパンを喉に押し込み、冷え切ったスープを飲み干した。生きるために。ただ、生き延びて、あの男の喉笛を掻き切るために。

 彼は生に必死でしがみ付いていた。

 ガシャン! 食べ終えた食器を、怒りのままに石壁へと投げつける。陶器が砕け散る甲高い音が響いた、その時だった。


 欠けた壁の奥で、ほんの一瞬、何かが光ったような気がした。

「……ひ、光っ!?」

 闇に慣れた瞳が、その微かな輝きを見逃さなかった。

 ルーシェは這うようにして壁に駆け寄る。剥がれ落ちた壁の一部、その向こう側に、確かに何かが埋まっている。

 彼は咄嗟に、砕けた食器の鋭い破片を掴んだ。そして、一心不乱に石壁を削り始める。指が切れ、血が滲むのも構わず、ただひたすらに。

 ガリ、ガリ、と音を立てて壁が崩れていく。やがて、彼の拳が一つ入るほどの、小さな正方形の空洞が現れた。


 赤く、妖しく輝く、ビー玉ほどの大きさの丸い宝石のような物が転がっている。それはまるで、生きているかのように脈動し、ルーシェを誘うかのような蠱惑的(こわくてき)な光を放っていた。

「な……んだ、これは……?」

 その妖しくも美しい光に魅入られるように、ルーシェは恐る恐る手を伸ばし、それを摘まみ上げる。


 触れた、瞬間。


 ドクンッ!!


 身体の中で、心臓ではない何かが大きく脈打った。指先から流れ込んできた莫大なエネルギーが、血管を駆け巡り、全身を焼き尽くすかのような熱を帯びる。


 憎悪。喪失。絶望――。


 ルーシェの中に渦巻いていた全ての負の感情が、流れ込んできたエネルギーと共鳴し、制御不能の濁流となって彼を内側から破壊していく。

「がああぁぁぁあぁぁ!!!!!」

「うがぁぁあぁああああ!!!!!」

 耐え難い苦痛に、ルーシェは絶叫する。

 その手の中で、赤い宝石に、ギョロリとした単眼が浮かび上がった。そして、直接脳内に響くかのような、おぞましい声が聞こえてくる。


『ミツケタ……ミツケタ……ミツケタ、ゾ……』

『ゾウオ、ソウシツ、ゼツボウ……フクシュウ……タマシイ……』

「ぐあぁあぁあぁあ!!!」

 声が響くたびに、ルーシェの身体が内側から変質していくのがわかった。骨が軋み、肉が裂ける。人としての形が、崩れていく。

『ワレ……ナンジトトモニ……サア』

『フクシュウト……ゼツボウヲ……ツナゲ』

「うがぁぁあぁああああ!!!!!」

 ルーシェの最後の絶叫と共に、地下牢獄が閃光に包まれた。膨大なエネルギーが解放され、大爆発を引き起こす。


 凄まじい振動が、ギルジエンド王城全体を揺るがした。玉座にいたギルシェも、城内の兵士たちも、何事かと顔を上げる。

「おい、なんだ! 今の揺れは!」

「地下牢の方からです!」

「侵入者か!? すぐに向かえ!」

 異変に気付いた兵たちが、武器を手に地下へと殺到する。

 しかし、彼らが目にしたのは、想像を絶する光景だった。

 堅牢を誇ったはずの永久牢獄は、跡形もなく崩壊し、もうもうと立ち込める砂煙の中心で、二つの赤い光が不気味に輝いている。


 やがて砂塵が晴れ、開けた視界に映ったのは――人ならざる者の姿。

 額から伸びる、ねじれた三本の角。全てを憎むかのように赤く輝く双眸。背中からは、左右で色の違う、漆黒の翼と純白の翼が広げられている。片腕は鋭い悪魔の鉤爪に、もう片腕は美しい天使の掌へと変貌していた。

 それは、かつてルーシェと呼ばれた青年が、絶望の果てに変貌した姿。凛然と立つ悪魔は、地を這うような低い声で、その名を呟いた。


「ギルシェ……」

 その瞳に復讐の炎を宿し、彼は宣言する。

「……コロス。フクシュウノ、ハジマリダ」

第三話:『絶望の咆哮』に続く。

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