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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲

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第十八話:黒キ仮面第三柱・ミアム

第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲

 カタ、カタカタ……。


 先ほどまでただの亡骸だったはずの聖騎士団兵士や、殺された罪なき町の住人たちが、ぎこちない動きで次々と立ち上がってくる。

 骨と骨が擦れ合う、気味の悪い不協和音。それはまるで、死者が地獄の底からケラケラと嘲笑っているかのようにも聞こえた。

 死霊たちは、足元に散らばっていた剣や斧を、おぼつかない手つきで拾い上げる。そして、その虚ろな瞳を、ただ一人、立ち尽くすリンシェンへと向けた。

 ゆっくりと、ゆっくりと、操り人形のように、彼へと向かってくる。


「おい……冗談だろ……。悪い夢でも見てんのかよ……」

 呆然と呟くリンシェンに、かつて町の住人だった男の亡骸が、錆びついた剣を振り抜いてきた。

 その剣閃は、生前とは比べ物にならないほどに遅く、狙いも定まっていない。

 糸で操られた人形のように、ただそこにいるというだけの理由で、彼に剣を向けているだけ。その攻撃は、これっぽっちも鋭くない。

 だが、その現実は何よりも深くリンシェンの心を抉り、その精神を破壊する。守れなかった。目の前で、無残にも殺されてしまった町の人々、顔見知り。つい昨日まで、酒場で話をして笑い合っていた者たちの、変わり果てた姿。


「やめ……て、くれ……」

 力の抜けた手から、カラン、と乾いた音を立てて二本の短剣が地面に落ちる。リンシェンは、絶望に染まった表情で、その場に膝から崩れ落ちた。

 やがて、死霊の群れが、彼をゆっくりと、しかし確実に取り囲んでいく。

「うふ。うふふふふっ!! あは、あははははは、はははははぁああああ! 最っ高ですわ! この絶望と苦悶に歪む、美しい表情! たまりません! たまりませんわぁああああ!!」

 屋根の上で、ミアムが、その美しい顔からは想像もできないほど醜悪な笑みを浮かべていた。


(……終わりだ。すまねぇ、みんな……。俺は、ここまで、だ)

 一斉に、リンシェンに向かって、無数の剣が振り下ろされる。

 全てを諦めたリンシェンは、静かに死を覚悟した。


「……」

 だが。いつまで経っても、剣が彼の身体を斬り刻む衝撃は訪れない。

 おそるおそる目を開けてみると、振り下ろされた剣は、リンシェンに届く寸前のところでぴたりと止まっていた。

 死霊たちの腕が、まるで金縛りにでもあったかのように、カタカタと小刻みに震えている。

「どう……して……?」

 不思議に思うリンシェンの耳に、どこからともなく、穏やかで、しかしどこか激しさも感じさせるような、美しい旋律が響いてきた。

「うふふふ……ふ……。あはっ……。なんですの、この……耳障りで、不快な旋律は!」

 愉悦に浸っていたミアムの表情が、一瞬で険しいものへと変わった。


「死者を弄ぶなんて、なんて悪趣味な野郎だよ」

 リンシェンを囲む死霊たちの、そのさらに後ろ。アークが、魔弦奏楽器・音戯を奏でながら立っていた。

聖邪(せいじゃ)の旋律・鎮魂歌(レクイエム)

「こ、小賢しいマネをぉおおおおおっ!!」

 自らの最高のショーを台無しにされたことに激昂し、ミアムはその美しい容姿を怒りに歪ませた。彼女は屋根から猛スピードで飛び降りると、アークへと襲い掛かる。

 懐から取り出した、禍々しい装飾の施された鎖の聖典。その開いたページから、いくつもの獣が混じり合ったような醜き異形の怪物が、鎖を引き千切るようにしてその姿を現した。

複数魂魄獣(キメラ)・死霊牛鬼」

 その巨大な体躯と、手に持った凶悪な斧が、演奏を続けるアークの頭上へと、無慈悲に振り下ろされる。


刹那。ガキィィィン!!


 横から走り込んできたルーシェが、天高く跳躍し、手に持った黒魔石の剣でその斧を弾き返す。

「アーク、演奏を続けろ! リンシェン、いつまで呆けてるつもりだ!」

 着地したルーシェの一喝に、リンシェンはハッと我に返った。

 いつの間にか、リンシェンを囲んでいた住人たちの亡骸は、カタカタと震えたまま、その虚ろな瞳から涙のようなものを静かに流していた。

「……すまねぇ。お前たちの仇は、俺が必ず……!」

 リンシェンは静かに祈りを捧げると、地面に落ちていた短剣を拾い上げ、持ち前のスピードで死霊の輪の中心を抜け出した。そして、右足を軸に勢いよく跳躍、回転し、牛鬼の背後からその短剣を振り抜いた。

「くたばりやがれぇえええええっ!! 氷蛇凍陣(ひょうじゃとうじん)!」

 放たれた氷の蛇が、牛鬼の巨体に絡みつくようにうねり、その牙を剥く。

「ウォオオオオオオオオオーン!!」

「今だぜ、銀髪!!」

「まかせろっ!!」

 巨体が怯んだ、その一瞬の隙をついて、ルーシェは勢いよく牛鬼の懐へと走り込む。

 闇を吸い込んだかのような黒い刀身を鋭く光らせ、その巨躯へと刃を向けた。

「メルスキア剣術が一刀・虚空壱式(こくういちしき)――月雨(みだれ)!!」


 瞬間。まるで降りしきる雨の如く、無数の連続した剣閃が、牛鬼の身体を斬り刻む。

「ウォゴゴゴゴォオオオオオッ!!」

 断末魔の叫びと共に、牛鬼の巨体は光の粒子となって消滅していく。それと同時に、ミアムが持つ鎖の聖典の一ページが、ひとりでに燃え落ちた。


「ふふ。うふふふっ。あはははははっ! こ~んな所で、弟くんに再会するだなんて……! 姿が元に戻っているのねぇ……どういうからくりなのかしら」

 ミアムは、ルーシェの姿をはっきりと確認すると、心底面白いとでもいうように、歪な笑い声を上げた。

「ギルシェ様は、しばらく放っておけ、なんて仰ってたけどぉ~……」

 ミアムはそこで言葉を区切ると、みるみるうちにその表情を、凄まじい怒りと憎悪に歪ませた。

「私のショーを! 私の可愛いペットを……! このゴミムシめがぁあああああああああ! 許しませんことよぉおおお!!!」

 狂気の咆哮が、燃え盛る町に狂ったように響き渡った。


 その、人間離れしたどす黒い威圧感に、リンシェンとアークが思わずたじろぐ。

 だが、同時に、ルーシェの様子もおかしくなっていた。

「ギルジエンドの……ギルシェの、犬め……」

 彼の瞳から、理性の光が消えていく。

「コロス……コロス……! ギルシェの仲間ハ、皆殺シダァアアアアアアアアアアアッ!!」

 その咆哮は、ただの声ではなかった。

 凄まじい魔力の波動が空気を震わせ、アークの演奏によってかろうじて動きを止めていた亡骸たちは、その衝撃波で一斉に吹き飛ばされる。散らばっていた瓦礫までもが、音を立て宙へと舞い上がった。


「おい、ルーシェ! まさか、また……!」

 その尋常ではない様子に、アークは思わず演奏の手を止めてルーシェを見据える。

「お、おい、楽器使い……! どうなってやがるんだ、ありゃあ!」

 リンシェンも、普通ではないこの状況に、混乱する頭でアークへと問いかけた。

「おい、おいって、楽器使い、どうなってる?」

 アークは、リンシェンの問いかけにも答えず、ただ目の前の光景に戦慄していた。


 やがて、彼は、震える声で小さく呟く。

「……また、姿を現すっていうのかよ……伝承の、王が……!」

第十九話:『天魔神葬』に続く。

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