第十七話:死霊の舞台
第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲
「さて、この扉をどうするか……」
アークが、目の前にある頑丈な鉄の扉を睨みつけながら呟いた。
「鍵……開いてたりしないかな? ほ、ほら、私たち両手両足を拘束されてたんだし、どうせ逃げられないだろうって、鍵をかけ忘れてくれてたり……」
コルネが淡い期待を込めて扉に手をかける。しかし、その扉はギシリともせず、頑丈な鍵でしっかりとロックされていた。
「……ダメかぁ」
彼女は、はぁ、と大きなため息をつき、その場にうなだれた。
その横で、ルーシェが冷静に周囲を見渡しながら言った。
「幸いここには色々な道具が転がっている。まずは、鍵を開けるのに使えそうなものを探そう」
そう言って、近くに積まれていた麻袋の一つを開けようとした、その時だった。
「!?」
ダッ、ダッ、ダッ! 扉の向こう、地下へと続く階段から、何者かが必死に駆け下りてくるような足音が響き渡った。まるで、恐ろしい何かから追われているかのように、不規則で、切羽詰まった足音。そして、微かに嗚咽のような声も聞こえる。
「なんだ!? 誰かがこっちに向かってきている……!」
三人が警戒して扉の方向へ向き直った、その瞬間。
ガタン! という音と共に、扉が勢いよく開け放たれ、一人の女が文字通り転がり込むようにして部屋の中に入ってきた。
その表情は、涙と、絶望と、そして、どうしようもない恐怖がぐちゃぐちゃに入り混じっていた。
「お、おい! あ、あんた、大丈夫か!?」
アークが咄嗟に駆け寄る。
「たす……! たすけて……たすけてください! 町が……! みんな、死ぬ、ころ……殺される! あ、あぁ! あああああ!」
女は完全に錯乱していた。
「落ち着け! 何が起きているんだ、説明してくれ!」
ルーシェも近づき、女の肩を掴んで声をかける。
「ね、ねえ! この女の人……血が……身体中に、たくさんの血が! 早く手当てしないと!」
コルネが、慌てながら女の手を取った。
「いや、これは返り血だ。彼女自身の傷じゃない」
ルーシェは冷静に判断すると、素早く決断を下した。
「くそっ、あんたはここにいろ! 扉の鍵は閉めていく! 何があったかは知らないが、ここなら少しは安全だろう! コルネ、彼女を見てやっててくれ!」
「え、ル、ルーシェ!!」
コルネが何かを言うよりも早く、ルーシェは部屋を飛び出し、階段を駆け上がっていく。それを追ってアークも飛び出すと、部屋の鍵を内側から閉め、扉の横に置かれていた自分たちの荷物を素早く手に取った。
そのまま階段を駆け上がり、地上へと向かう。
「ルーシェ! お前の剣だ!」
後ろを走りながら、アークがルーシェに黒魔石の剣を投げ渡した。
そして、町長の家の扉を開け放った二人が目にしたのは、まさしく地獄そのものだった。
燃え盛る炎、鼻をつく血の匂い、そして、そこら中に無残に転がっている、つい先ほどまで生きていたはずの町の人々の亡骸。
「おいおい……こいつは……一体、何が……」
アークが、言葉を失って呆然としている。その横でルーシェもまた、声にならない呻きを漏らした。
「……音……戦闘音が聞こえる! あっちだ!」
かすかに響いてきた剣戟の音に反応し、ルーシェは剣を構えながら、躊躇なく炎の中へと走り出した。
ーー
「はぁ…はぁ……けっ! ちょっと……やばいかもしれねえな……」
リンシェンは、肩で荒い息をしながらも、両手の短剣を固く握りしめていた。彼の周りには、五人の白銀の鎧を纏った兵士たちが、じりじりと包囲網を狭めている。
「なかなかやるようだが、そろそろ潮時のようだなぁ! 悪魔め!」
兵士の一人が、鋭い剣を振り抜く。それと同時に、残りの四人も一斉にリンシェンへと斬りかかった。
「死ねぇえええええっ!!!」
五方向からの同時攻撃。リンシェンはその剣閃を、しゃがみ、回転し、両手の短剣で弾きながら、必死に身をよじる。しかし、全てを捌ききることができず、その身体に薄く無数の傷が次々と刻まれていく。
「うおおおおっ!!! ふざけんじゃねえぞぉおおおおっ!!!」
致命傷だけはなんとか避けながら、リンシェンは獣のような雄叫びを上げた。身体を低く回転させ、兵士の一人の懐に潜り込むと、一瞬の隙をついてその腹に短剣を突き刺す。すぐさま、もう片方の短剣を地面に突き立て、最後の力を振り絞るかのように、氷の蛇を大地にうねらせた。
「なっ、まだ……そんな力がぁあああがぼぐぎぇぁっ!!」
氷の蛇は、縦横無尽に兵士たちの身体を引き裂き、凍結させ、その場にいた五人の兵士を完全に無力化した。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ……。ざ、ざまあ、みろってんだ……」
満身創痍の身体で、リンシェンは膝をついた。その時、まるで楽しい催し物でも見終えたかのように、場違いな拍手の音が、闇の中から響き渡った。
「うふふ。うふっ。素晴らしいわぁ~。絶望の中で、一人必死に抗う虫けらの姿……たまらなく、そそられるわねぇ」
そこには、黒キ仮面で顔を覆った一人の女――ミアムが、楽しげに立っていた。
「て、てめぇが……こいつらの、指揮官か……」
仮面を睨みつけながら、リンシェンは声を絞り出す。
「ええ、そうよ。私が連れてきた聖騎士団二十名は、あなた一人に全滅させられちゃったみたいだけど。……素晴らしい実力ねぇ、あなた」
「けっ……。てめぇも、今から同じようにしてやんぜ……」
まだ心は折れていない、とでも言わんばかりに、リンシェンは震える足で、ゆっくりと立ち上がった。
「まさか、悪魔の中にも、こんなにも面白い『玩具』がいたなんて……。その素晴らしい実力に敬意を表して、私の名前と……とっておきの、面白いショーをお返しさせて頂きましょう」
「ふ、ふざけんな……」
ミアムはそう言うと、ゆっくりと、その顔を覆っていた黒キ仮面を外した。現れたのは、息を呑むほどに美しい容姿。そして、見る者を吸い込んでしまいそうなほどに妖しい輝きを放つ、一対の瞳。
その色は、左右で異なっていた。左目は深く澄んだ瑠璃色、右目は穏やかな茶色。
「私は、ギルジエンド黒キ仮面が第三柱。死霊魔術師のミアム。あなたに、さらなる絶望のショーをプレゼントして差し上げましょう」
ミアムはそう言って、リンシェンからすっと距離を取ると、その瑠璃色の左目が、鋭く禍々しい光を放つ。
「何しやがった……!」
その光に、リンシェンは一瞬、目を伏せた。
そして、次の瞬間。
カタ、カタカタ……。
骨が震えるような、不気味な音が、周囲から響き渡り始めた。
先ほど、リンシェンが斬り伏せたはずの聖騎士団の亡骸が、そして、この町の惨劇で命を落とした、罪なき住人たちの亡骸が、次々と、ぎこちない動きで立ち上がり始めたのだ。
「お……おい……まさ……か……まて、待ってくれ……。やめ、やめ……ろ……よ」
リンシェンは、生まれて初めて、本当の恐怖に顔を引きつらせた。
ミアムは、近くの建物の屋根に軽やかに飛び乗ると、その惨状を満足げに見下ろし、狂気に歪んだ笑みを浮かべた。
「うふふふっ。さあ、始めましょうか。『死霊の舞台』、第二幕の始まりですわ」
第十八話:『黒キ仮面第三柱・ミアム』に続く。




