第十五話:リンシェン・スノウ・ゼクター
第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲
「そうこなくっちゃなぁ!」
赤髪の青年は、不敵な笑みを浮かべると、右足を軸に猛スピードでルーシェの懐へと飛び込んできた。
「違う! 俺たちは敵じゃないんだ!」
ルーシェは必死に声を上げるが、赤髪の青年はお構いなしに両手に持った二本の短剣を、まるで自身の体の一部であるかのように自在に操り振り抜いてくる。ルーシェは黒魔石の剣でその斬撃を弾きながらも、必死に会話を試みようとした。
「話をっ! 話を聞いてくれ! くっ!」
「クク、敵とか敵じゃないとか、そんなことはどうでもいいんだよ!」
赤髪の青年は嘲るように笑う。
「悪魔領に人間がいる! ならば俺たちがやるべきことは、その人間を排除するだけだ!」
そう言い放つと、彼は右手の短剣を凍てついた地面に突き立てる。
次の瞬間、地面から無数の氷の塊が蛇のようにうねり上がり、ルーシェへとその牙を剥いた。
「氷の……蛇!?」
ルーシェは咄嗟に身体を捻って躱すが、その刹那、先ほど町を塞いでいた氷の壁が瞬時に砕け散り、鋭い氷塊となって一斉にルーシェへと迫り来る。
「おいおい! もしかして、あの短剣……!」
アークが、驚愕の声を上げたと同時に、コルネが「ルーシェぇぇぇ!!」と叫んだ。
ルーシェに反撃の隙はない。アークは咄嗟に背中の楽器を取り出し、弦をかき鳴らす。
「ちぃっ! 風の旋律・鼬!」
楽器から放たれた風の刃が、ルーシェへと迫る氷塊を捉え、その軌道を変える。氷塊は空中で砕け散り、地面へと勢いなく散らばった。
その凄まじい戦いの光景に、いつの間にか物陰に集まっていた町の住人たちは、息を飲んで固まっていた。
「その短剣……四栄王魔神具か? お前は一体、何者なんだ!」
アークは、弦に指を添えながらも、赤髪の青年に問いかけた。
「……クク」
アークの言葉に、赤髪の青年は攻撃の手を止め、不敵な笑みを浮かべる。
「大正解だ! お前の持ってるその楽器も、同じ物だろう? だからこそ、わざわざ俺がこうして相手してやってるんだよ! 四栄王魔神具を持ってる悪魔が人間なんかとつるんでる……その理由がたまらなく興味をそそるんでなぁ!」
短剣を構え直し、再び戦いを始めようとする赤髪の青年。だが、その時、町の住人たちが固まっていた輪の中から、先ほど店内で吹き飛ばされたゴロツキたちが顔を出した。
「おい! 町の連中よ! あいつらは人間だ! 俺たちを欺いて店で暴れやがった! これ以上町に被害を出させない為にも、囲んで捕らえるぞ!」
一人のゴロツキが叫んだ言葉が、きっかけとなった。静かに成り行きを見守っていた町の住人たちが、一斉にルーシェとアーク、コルネを取り囲むように動き出す。
「くっ!」
四方を囲まれ、もはや逃げ場はない。
「ど、どうするの……きゃっ! 触らないで!」
コルネが、しがみついてくる悪魔の腕を振り払おうとして、怯えた声を上げる。
「……風の旋……」
唇を噛み締めながらも、アークが町の住人を風の刃で跳ねのけようとする。だが、ルーシェが彼の腕をそっと制した。
「待て。関係のない町の人達を巻き込むわけにはいかない。……それをしたら、俺たちは本当に敵になってしまう」
「じゃ、じゃあ……どうするんだよ……」
「大人しく……捕まろう。……逃げるチャンスは、必ずあるはずだ」
ルーシェの落ち着いた声色を信じ、やがてアークとコルネも、静かに両手を上へと挙げた。
「ほ~う! 急に大人しくなりやがって……あんっ!」
ゴロツキの一人が、先ほどの仕返しだとばかりに、ルーシェの顔面に殴りかかろうとする。だが、ルーシェはそれを、まるで子供の戯れでもあしらうかのように、軽く受け流した。
「……ちっ」
あまりにもあっさりと攻撃をいなされたことに、尖った耳を赤くしながらも、ゴロツキは命令を叫んだ。
「武器を回収しろ。一旦こいつらは、町長の家の一室に監禁する」
そして、不敵な笑みを浮かべ、付け加えた。
「処遇は明日、町の住民たちの投票によって決める。生かすか……殺すか。まあ、後者だとは思うがな」
「……興醒めだ」
その様子を見ていた赤髪の青年が、四本の短剣を懐にしまい込むと、徳利の酒を一口呷ってからルーシェたちに背を向ける。
「俺はリンシェン。四栄王魔神具・魔氷四双剣・氷牙を相棒としている。同じ四栄王魔神具を持つ悪魔と……人間……こんなところで果てるタマじゃねえだろう? ま、せいぜい、足掻きな」
ひょうひょうとしながらも、どこか含みのある言葉を残し、リンシェンは去っていく。
ルーシェたちは、その後ろ姿を見送りながら、町人に手を縛られ、ゆっくりとその場を後にした。
第十六話:『焔と鮮血の夜』に続く。




