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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲

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第十四話:赤髪の青年

第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲

 コツ……コツ……。近づいてくる三つの足音は、やがてルーシェたちのテーブルの前で止まった。

 三人を値踏みするような、いやらしい視線。むっとするほど強い酒の匂いが鼻をつく。酔っ払っていることが一目でわかるほど、その目は濁り、据わっていた。


「……お酒くさい」

 コルネが、顔をしかめて小さく呟いた。

「よお、あんたらは、旅人かぁ~? あん?」

 ゴロツキの一人が、呂律の回らない口調で声をかけてくる。続けて、その後ろにいた痩せた男が、気味の悪い笑みを浮かべた。

「なんで食事してるのに、二人してそんなふうに顔を隠してんだぁ? キヒヒ……」

「見せてくれよぉ~。なぁ、なぁ!」

 さらに後ろにいた小太りの男が、我慢できないとばかりに手を伸ばし、コルネのフードを乱暴に剥ぎ取ろうとする。

 パシン! その伸ばされた手を、いつの間にか席を立っていたアークが鋭く叩き返した。


「俺たちは旅芸人でね。大陸各地を回って、音楽と歌劇を披露している」

 アークは、ルーシェとコルネを背中で庇うように前に出ると、あくまで冷静に、しかし有無を言わせぬ口調で続けた。

「二人は、うちの看板役者なんだよ。この辺りの寒さは肌を乾燥させて良くない。顔が命の商売なんでね。これは、ただの対策さ」


 手を叩かれた男は、わかりやすく「チッ!」と舌打ちをすると、なおも食い下がってくる。

「ほ~う、旅芸人ねぇ。なら、ここで一曲、景気づけに披露してくれや」

「生憎だが、今日はオフなんでね。またの機会にしてくれ。それに……残念だけど、金を出さない酔っ払いどもに見せてやる演目は、うちには一つもないんだ」

 ひょうひょうとした態度で男たちをあしらうと、アークはルーシェとコルネに「行こう」と目配せし、店を後にしようと歩き出した。


 だが。


「おい、ちょっと待てや!」

 瞬間。勢いよく後ろから伸びてきた男の一人の手が、コルネのフードを引っ張り、剥ぎ取った。

「きゃっ!」

 フードがはだけ、コルネの素顔が店内に曝される。

「あぁん……角がねえじゃねえか。……あぁ? オマエ、人間かぁ!」

 男の驚愕の声に、店内の空気が一変する。

「おいおい……結界塔が一つ落ちたっつー噂は、本当だったのかよ……。人間が、こんなところにまで入り込んでやがる」

「すると、こっちの男も……」

 別の男の手が、今度はルーシェのフードに伸びる。ルーシェはその手を素早く叩き落とすと、コルネの手を固く握り、無言で出口へと歩き出した。


 その時、ゴロツキの一人が、店中に響き渡る怒号を上げた。

「おい! 囲め! こいつら、人間だ! 俺たちを欺いてやがった! 逃がすな! 殺せぇっ!!」

 その一言が、引き金となった。

 店の中にいた他の悪魔たちが、堰を切ったように一斉に立ち上がり、三人に襲い掛かってくる。その誰もが、人間への憎悪を煮詰めたかのような、据わった瞳をしていた。

「うらぁあああああっ!!」

 振り下ろされた酒瓶を、ルーシェは身を翻して躱す。テーブルに叩きつけられた酒瓶はけたたましい音を立てて砕け散り、酒が四方八方に飛び散った。だが、男たちはそんなことを気にする素振りもなく、勢いのまま強烈な回し蹴りを放ってくる。


「くっ! おい、どうする、アーク!」

 コルネを庇いながら、四方八方から飛んでくる拳や蹴りを、ルーシェは必死に避け続ける。だが、いかんせん数が多すぎる。

 ふとカウンターの奥に目をやると、この騒動などまるで興味がないとでもいった涼しい表情で、あの赤髪の男が一人、徳利の酒をちびちびと呑んでいるのが目に映った。


「……仕方ねえか」

 アークは、背負っていた楽器を手に取ると、ジャラン、と、一つ弦を掻き鳴らす。

「風の旋律・鼬!」

 瞬間。楽器から放たれた不可視の風の刃が、襲い掛かってきていた男たちを一斉に壁際へと吹き飛ばした。

「ルーシェ、コルネ! 今だ、逃げるぞ!」

 その一瞬の隙を逃さず、アークは二人を先導し、店の外へと駆け出す。


「……あれは。ククッ、面白れぇじゃねえか」

 その様子を傍観していたカウンター奥の赤髪の男が、徳利の酒をくいっと一口呷ると満足げに立ち上がり、三人の後を追って闇の中へと走り出した。


ーー


「ルーシェ、コルネ! このまま一気にトリクの町を抜けるぞ!」

 フードを深く被り直し、三人は冷たい夜の町を疾走する。先ほどの騒ぎは既に町中に広まっているのか、家々の窓から覗く住人たちの視線が、ナイフのように鋭く突き刺さる。

「このままじゃ、町全体の奴らが俺たちを捕まえにくるかもしれねえ! そうなる前に、町を抜けるぞ!」

 全力で走り続ける三人の目の前に、やがて町の終わりを示す小さな門が見えてきた。

「どうにか、逃げ切れそうだ! コルネ、もう少しだ!」

 ルーシェがコルネを励ます。見えてきた出口に、三人の胸にわずかな安堵が芽生え始めたその時だった。


 ヒュンッ!

 建物の屋根の上を、猛スピードで追いかけてくる一つの影が、ひときわ高く跳躍した。


「おっと! そうはいかせねぇぜ!!」

 出口の寸前。跳躍した影から放たれた二本の短剣が、ルーシェたちの目の前の地面に突き刺さる。

 次の瞬間、短剣から冷気が迸り、瞬時に分厚い氷の壁が形成され、三人の行く手を完全に塞いだ。

「なっ!」

 ルーシェが驚愕の声を上げた、その刹那。氷壁を飛び越え、回転しながら突っ込んできた赤髪の男が、さらに二本の短剣を両手に構えてルーシェに斬りかかる。


 ガキィィィィン!!

 咄嗟に抜き放った黒魔石の剣で、その一撃を弾き返すが、着地した男は休むことなく、身体を独楽のように回転させながら、流れるような斬撃を連続で繰り出してくる。

 その圧倒的な速度に翻弄され、後退を余儀なくされながらも、ルーシェは飛んでくる全ての剣閃を必死に弾き返し、応戦した。

「……ッ!」

 闇夜に、火花が激しく散る。

 やがて、嵐のような攻撃は一旦止み、薄闇の中に一人の影が静かに立った。


 燃えるような赤髪と、鋭い一本角を持つ、悪魔の青年。両手には氷の気を纏う短剣を構え、腰には酒の徳利がぶら下がっている。

「そうこなくっちゃなぁ! そそるじゃねぇか!」

 荒っぽい口調と、絶対的な自信を感じさせる不敵な笑み。

 赤髪の男は、短剣を構え直すと、その鋭い瞳で、ルーシェをまっすぐに見据えた。

第十五話:『リンシェン・スノウ・ゼクター』に続く。

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