第十三話:温度のない町
第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲
「ここが……トリクの町か」
森を抜け、開けた丘の上から眼下に広がる町並みを見下ろし、ルーシェは静かに呟いた。
「すごーい! ラクーメル村より、全然大きいね!」
鉄筋と木造が入り混じった、様々な様式の建物がほとんど隙間なく建てられている。色とりどりの看板を掲げた店が軒を連ねるその光景に、コルネは珍しいものを見るかのように目をきらきらと輝かせていた。
「トリクの町自体は、そこまで大きくはないさ。……まあ、ラクーメルに比べたら、とんでもなく大きく感じるだろうけどな。って、あんまりはしゃぐなよ、コルネ」
アークが興奮のあまり外れそうになるコルネのフードを、苦笑しながら押さえた。
「えへへ……ごめん、つい」
コルネはぺろりと舌を出す。
「もう既に、少し肌寒いな……。氷雪地帯が近いからか? それに……」
ルーシェは、どこか違和感を覚えながら口を開いた。
「確かに町だが……道を出歩いている悪魔の数が思ったよりも少ない。活気というものが感じられないというか、どこか冷たく感じるな」
その違和感に答えるように、アークが静かに言った。
「ああ。この町には、温度がないんだよ。住人同士の交流は必要最低限。ただ、そこに住む場所があったから、住んでいるだけ。悪魔領の町や集落はこういう場所がほとんどなんだ。……ラクーメルが珍しすぎるんだよ」
アークの言葉に、ルーシェは何も返せなかった。
「確かに……大きいけど、なんだかちょっと寂しく感じるね。私もラクーメルの方が好きだな」
コルネも、先ほどまでの興奮が少し冷めたように同意した。
「ま、コルネにとっちゃ初めて見るラクーメル以外の場所だろ。良いも悪いも含めて、こういう場所もあるってことを、その目で見ておくのもいい経験さ」
アークは軽い口調に戻ると、三人の先頭に立って町へと続く坂道を下り始めた。
「さて、まずは武器と防寒具だ。ルーシェの剣もそうだが、コルネもいざという時に身を守れる何かを持っていた方がいい」
町に入り、アークの案内に従って歩を進める。すれ違う悪魔たちは、皆一様に無表情で、他人に興味がないといった様子だった。
やがて三人は、細い路地の奥にある、二階建ての古びた建物へとたどり着いた。錆び付いた剣の看板が、ここが武器屋であることを示している。
ギィ、と重い音を立てて扉を開けると、カラン、と来客を告げるベルが鳴った。
店内は薄暗く、小さな空間に狩猟用の剣や斧、槍や魔法の杖などが所狭しと並べられている。壁際には、この土地の気候を物語るように分厚い毛皮のフードやコート、革製の防具などが無造作に積まれていた。
「…………いらっしゃい」
カウンターの奥から、いかにも不愛想といった店主が値踏みするような視線を三人に向けた。
アークはそれを意に介さず、ルーシェとコルネに目配せをする。三人は、それぞれ目当ての品を探し始めた。
「ルーシェは、やっぱり剣が得意なんだろ? いいのはありそうか?」
「ああ、そうだな……。これは……」
ルーシェは、壁に掛けられていた一振りの剣を手に取った。刀身が、まるで闇を吸い込んだかのように、わずかに黒みがかった色をしている。これまで見たことのない金属だった。
「この刀身……あまり見たことのない金属だ」
「そいつは黒魔石の剣だな。魔力をよく通すが、加工が難しくてあまり出回らない希少物のはずだ。……いいんじゃないか、ルーシェに合ってそうだ」
アークは、今度はコルネの方に向き直る。
「コルネはどうだ? 何か、しっくりくるのはありそうか?」
少し離れた場所で、コルネは一つの武具を手に取っていた。それは、金属で作られた美しい装飾の扇子だった。
「これ……すごく軽い。それに、なんだか手に馴染む感じがする。これがいいかも」
「はー、珍しいな。そいつは羽華石の扇子じゃないか。風の魔力を増幅させるっていう、これもまた掘り出し物だぜ」
アークが興味深そうに扇子を覗き込んでいると、ふいに店主が低い声で三人に話しかけてきた。
「あんたら……旅人か? 氷雪地帯を抜けるつもりで?」
「……ああ。ついでに武器も新調したくてな。この黒魔石の剣と、羽華石の扇子。それと、そこの毛皮のフードとコートをそれぞれ三着ずつくれないか?」
アークが、交渉役として堂々と返答する。
「……金は?」
「当然あるさ」
そう言って、アークは懐から金貨の入った袋を取り出し、カウンターにドサッと置いた。
「……ふん。まあ、いいだろう」
店主はどこか訝しげな表情を崩さなかったが、金貨の枚数を数えると、無言で品物を包み始めた。
三人は新たな武器と防寒具を手に、武器屋を後にした。
「なんか……すごく怪しまれてたよね、私たち」
店を出て大通りに戻ると、コルネが不安げに呟いた。
「…………まあ、気にしたって仕方ないさ。よそ者がふらっと来て高価な武具を買い込んでりゃ、勘繰りもするだろ。……次は食料だ。食料を調達したら、この町を出るぞ」
陽は傾き始め、町の空気は先ほどよりも一層冷え込みを増してきている。
三人は町の中心部にある一番大きな食事処へと向かい、その扉を開けた。
夕刻を過ぎた時間帯だからか、店内には既に数組の悪魔たちが席に着き、酒盛りを始めていた。寒さを増している外とは対照的な、暖かく、そして美味そうな匂いが漂う店内に、三人はひとまずの安息を感じる。
「ねえ……アーク、ルーシェ。その、せっかくだし、ここで食事もしていかない? あ、もちろんフードは被ったまま食べるから!」
コルネが、店内に漂う香ばしい匂いに誘われ、小さな両手を胸の前で合わせながら「お願い」とジェスチャーをする。
「……どうする? ルーシェ?」
アークが、判断をルーシェに委ねる。ルーシェは少し考えた後、頷いた。
「いいんじゃないか。ここから先はまともな食事もできないだろう。そこまで時間のロスにもならないはずだ」
「……まあ、いいか。ちょうど腹が減ってきてたところだしな」
アークも同意した。
「ただし、食事が終わったらすぐにこの町を出る。氷雪地帯の入り口付近はまださほど寒さはきつくないはずだ。今日はそこで野営をして、明日の朝から一気に氷雪地帯を抜ける。いいな?」
アークが念を押すと、コルネは「やったぁ!」と小さく声を上げて喜ぶ。
三人は、店内の隅にある空いていたテーブル席に腰を下ろした。
「私、山豚と香草のパスタにする!」
「んじゃ俺は、氷魚のクリームソースにしようかね。ルーシェはどうする?」
「俺も、同じものをもらおう」
やがて、三人のテーブルにそれぞれ温かい料理が運ばれてくる。久しぶりのまともな食事に、三人は笑みをこぼした。
「おいしい! パスタがもちもちで、お肉もすごく柔らかい!」
コルネが無邪気にパスタを頬張っているその横で、アークが声を潜めてルーシェに話しかけた。
「……気づいてるか?」
「……ああ。店に入った時から、ずっと視線を感じるな。俺たちを見ている奴らが少なくとも四人はいる。特に……カウンターの奥に座っている、赤毛の男は危険そうだ」
ルーシェが短く返したその時だった。
ギィ、と。後方のテーブルで椅子が床を擦る音が聞こえ、コツ……コツ……と足音が三つ。ゆっくりと、ルーシェたちのテーブルへと近づいて来る音が、賑やかな店内に不気味に響き渡った。
第十四話:『赤髪の青年』に続く。




