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『すべてを奪われた皇子は、復讐の果てに【悪魔の王】として世界を塗り替える』  作者: 綾坂真文
第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲

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第十二話:トリクの町へ

第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲

 ラクーメル村を出立してから、三度目の夜を迎えていた。


 暗闇に包まれた森の中、焚火の赤い炎だけが、三人の姿をぼんやりと照らし出している。見上げれば、木々の隙間からぽっかりと浮かぶ満月が、地上に銀色の光を投げかけていた。その静かで美しい光景を見ていると、ここが「悪魔領」だという事実を、つい忘れそうになる。

 ルーシェは、己の身体を確かめるように、軽く腕を回した。

 聖騎士団との戦いで再び開いてしまった傷口は、ジャイムが出立の際に持たせてくれた秘伝の薬草の効果もあって、驚くべき速さで癒えていた。今ではほとんど痛みもなく、本来の身体の調子を取り戻しつつある。


「慣れない道で疲れただろ。この森を抜けるまでが、最初の山場だからな」

 アークが、手際よく作った木の実のスープを椀によそい、二人へと差し出した。パチッ、パチッ、と焚火の爆ぜる音が、静かな夜に小さく響いている。

「問題ないさ。この程度の森なら、城の訓練でもよく歩かされていた」

 ルーシェは礼を言ってスープを受け取ると、ゆっくりと一口だけすすった。温かさが、冷えた身体に染み渡る。彼はふと、隣にいるコルネへと視線を向けた。


「コルネは大丈夫か?」

「うん、大丈夫。……だけど、そのダークリア? っていう場所までは、あとどのくらいかかるの?」コルネは「寒い、寒い」と言いながら焚火に両手をかざし、不安げな表情で尋ねた。村の外に出ること自体が、彼女にとっては初めての経験だった。

「順調に行けば……あと十日、といったところだろうな」

 アークが、火の番をしながら答える。

「順調に、か。含みのある言い方だな」

 その言葉の裏にある何かを察し、ルーシェが疑問を口にした。


 アークは、スープを一口飲むと、焚火の炎を見つめながら説明を始めた。

「明日には森を抜けた先、トリクの町に入る。この先の食糧や、トリクを抜けた先の氷雪地帯を抜ける為の防寒具をそこで調達するつもりだ。それに……」

 アークの視線が、ルーシェの腰に携えられた剣に向けられた。

「それに、いつまでもその腰にある儀礼用の剣だけじゃ、心許ないだろ。いざという時のために、ちゃんとした武器も手に入れておかないとな」

 そこまで言って、アークは一旦言葉を区切った。そして、先ほどよりも少しだけ低い声で、ぽつりと呟く。

「……ただ、トリクの町は……」


「……トリクの町が、どうかしたの?」

 その不穏な響きに、コルネが問いかける。

 アークは一瞬何かを言いかけたが、すぐに首を横に振った。

「いや、なんでもない。今夜の見張りは俺がしておく。二人は先に休んでくれ」


 それ以上、彼は何も語ろうとはしなかった。スープを飲み干すと、アークはルーシェたちとは反対の方向に向き直り、静かに愛用の楽器の手入れを始める。 暗闇の森の奥からは、時折、正体不明の野生動物の遠吠えのようなものが、不気味に響いていた。


ーー


「うしっ! そろそろ出発するか」

 夜が明け、朝の柔らかな光が木々の葉を照らし始める頃、アークは焚火の火を丁寧に消しながら、二人に声をかけた。

「ここからトリクの町までは、歩いて半日といったところだ。昼過ぎには着けるだろう。……念のため、町に入る前に、ルーシェとコルネはこれを被ってくれ」

 そう言って、アークは荷物の中から、深いフードのついたマントを二つ取り出す。

「フードを? どうして?」

 コルネが、不思議そうに首を傾げる。

「悪魔族も、みんながみんな、ラクーメルの村の連中のような、気のいいやつらばかりじゃないってことだ」

 ひょうひょうとした口調だったが、その瞳は真剣だった。


「……俺たち人間が、理由もなく悪魔族を嫌悪しているように、か」

 ルーシェが、苦々しい表情で静かに呟く。

「まあ、そういうことだ。人間を良く思っていない悪魔の方が、圧倒的に多い。コルネには……信じられないかもしれないけどな」

「そっか……。私、本当に……何も知らないんだな、この世界のことも、人も、悪魔のことも」

 コルネは俯き、少し寂しそうに言った。

「まあ、これから知っていけばいいさ。焦る必要なんてない」

 アークはそう言うと、彼女の頭を軽くポンと叩いた。


「トリクに入ったら、買い物や交渉は俺が全部する。食料と防寒具、武器を調達したらすぐに町を出るからそのつもりでいてくれ」

 そう言うと、アークはゆっくりと歩き出した。そして、いつものおどけた口調で付け加えた。

「ま、三日ぶりにちゃんとしたベッドで寝れるかもって期待してたんなら悪いけどな!」


 その言葉に、コルネの表情が少し和らいだ。

「食事くらいは……できたらいいかな。町のご飯、食べてみたいし」

 彼女も笑顔を取り戻し、アークの後ろをついていく。

「悪いな、アーク。何から何まで、任せきりで」

 ルーシェも、彼に対する信頼を込めて、声を掛けた。

「かまわないって言ってんだろ」

 アークは、前を向いたまま、照れ臭そうに答えた。


「悪魔とか後継者とか人間とか抜きにしても、俺は二人のこと案外気に入ってたりするんだぜ」

 そう言うと、アークはその尖った耳が、わずかに赤く染まっているのを誤魔化すように「さあ、行くぞ!」と、先頭を歩く足を少しだけ速めた。

第十三話:『温度のない町』に続く。

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