第十一話:決意と新たなる旅立ち
第一章:絶望の運命と激動の協奏曲
「崩壊した悪魔領最大国家……ダークリア……」
ジャイムから告げられた、かつてこの大陸に存在したという国の名を、ルーシェは反芻するように静かに呟いた。
「国家と言っても、今となってはただの瓦礫と化した、広大な城跡じゃよ。そこに誰かが住んでいるわけでもない……。じゃが、そこにはきっと、お主がなぜあの三本角の悪魔と化したのか、その理由……いや、少なくとも、そこに繋がる何らかの手掛かりを得ることはできるじゃろう」
ジャイムの言葉に、ルーシェはしばらく黙考していた。復讐、後継者、伝承の王。あまりにも多くの情報が、彼の頭の中で渦を巻いていた。
だが、少しの沈黙の後、彼は覚悟を決めたように、はっきりと顔を上げた。
「……わかり、ました。どのみち、このまま事実を有耶無耶にしておくわけにはいかないでしょう。それに、俺にはまだ……やらなければならない事が残っている。兄、ギルシェを……この手で……!」
そう口にした瞬間、ルーシェの瞳に再び憎悪の炎が宿る。彼は無意識のうちに、小さく拳を握りしめていた。その表情は、苦々しさと、悔しさ、そして深い恨みの色に染まっていく。
トン、と。ふいに、ジャイムが持つ木製の杖が、ルーシェの肩を柔らかく叩いた。
「危ういのう……。恨みという感情は、時として己自身の足元をすくう。昏い闇に飲まれ、本来の自分を見失うことになる。……肝に銘じておけ」
その穏やかで、しかし芯のある一言に、ルーシェはハッとした。そして、表情を緩め、自身の未熟さを恥じるように、小さく呟いた。
「……すみません」
「それはともかく……アーク!」
ふいに、ジャイムの鋭い視線がアークへと向けられた。
「お主のその楽器……『四栄王魔神具』のひとつ、『魔弦奏楽器・音戯』と見たが……。なぜ、それをお前が持っておる?」
四栄王魔神具、魔弦奏楽器・音戯。
聞き慣れない言葉に、ルーシェもコルネも、一斉にアークへと視線を向けた。
「……ははっ、ご名答。昨夜のあの乱戦の一瞬で、こいつの正体を見抜くなんて、さすがはジャイム村長、ってとこだね」
アークは、「バレちまったらしょうがない」とでも言わんばかりに肩をすくめ、軽い口調で答えた。
「四栄王魔神具は、かの大戦で王を支えた四人の栄王が使っていたとされる伝承の武具。実在していたことにも驚きだが……アーク、確かお主がこの村にやってきたのは三年程前……」
ジャイムの問いに、アークは持っていたリュートのような楽器をジャランと一つ掻き鳴らすと、芝居がかった仕草で立ち上がり、舞台役者のように大げさな声で名乗りを上げた。
「いよっ! 俺は旅の音楽家、アーク! 大陸各地を気ままに巡り、人々の心に音を奏でる吟遊詩人! 気付けば三年もここラクーメルに滞在していたが……その実体は! 伝承に謳われし四栄王が一人、音を司りしオリンが末裔! その名も、アークス・オリン・シェイザー!」
ビシッとポーズを決めるアーク。
そのあまりにも唐突な告白に、その場の全員が呆気に取られて固まった。
アークは、そんな空気を意に介さず続ける。
「出身は、かのダークリア城下町! ……否、崩壊したダークリア城跡近くの、小さな森の町のひとつ!」
「え……。ええっ!? アーク……そう、だったの……?」
きょとんとした顔のまま、コルネがようやく声を絞り出した。
「ぷっ……! はははっ、なんだよそれは。新しい演目の一つか?」張り詰めていた空気が一気に和らぎ、ルーシェも思わず小さく笑ってしまった。
「し、信じてねぇのかよ! ほんとのことなんだからな!」
アークは顔を真っ赤にして叫ぶと、少し照れくさそうに、再びその場に座り込んだ。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。いや、ほんとのことなんじゃろうて。アークの持つその楽器が、何よりの証拠じゃ」
ジャイムの助け舟に、アークは「だろ!? やっぱり村長は話がわかるぜ!」と、途端に機嫌を直して笑顔を向けた。
「ならばアークよ、お主に頼みがある」
ジャイムは、真剣な眼差しでアークを見据えた。
「ルーシェに同行し、ダークリア城跡への案内と、彼の護衛を任せることはできるか?」
その言葉に、アークの表情が引き締まる。
「……構わないぜ。俺も、あの伝承の悪魔については、ずっと気になってたからな。それに、もしルーシェが本当に我らが王の後継者となる人物ならば、王に仕えた我らが祖先、四栄王の子孫として、その行く末を傍らで見守るべきだろう」
アークはルーシェの方を振り向き、「そういうわけだが、問題ないか?」と尋ねた。
「……もちろんだ。悪魔領についての知識は、俺にはない。頼りにさせてもらう、アーク」
ルーシェは右の拳を前に突き出す。アークもニヤリと笑い、その拳に自らの拳を力強く合わせた。
「あの! わ、私も、ついていっても……いい、かな?」
その様子を見ていたコルネが、おずおずと、しかし決意を秘めた瞳で声を上げた。
「コルネ……」
「私も、ルーシェと同じ、人間で……。だけど、赤ん坊の頃に、私はこの悪魔領の、ラクーメルの村の前に捨てられていた。どうして人間の私が、悪魔領にいたのか……それを、知りたいの。ルーシェと一緒にいけば……その理由が、わかるような気がする……んだ」
沈黙が流れる。だが、それを破ったのは、ジャイムの穏やかな声だった。
「……行くがよい、コルネ。お主にも、思うところがあるのじゃろうて」
「おじいちゃん……!」
「じゃが」と、ジャイムは続けた。その眼差しは、先ほどまでの穏やかさとは違う、鋭く真剣なものに変わっていた。
「結界塔が一つ破られた今、この悪魔領にも、悪意を持った人間どもが少しずつ入り込んできているじゃろう。昨夜のような殺し合いが、またいつ起きるとも限らん……。その覚悟は、できているのじゃろうな?」
その問いに、コルネは一瞬怯んだ。だが、すぐに唇をきつく結び、まっすぐにジャイムを見返した。
「……うん。まだ、少し怖いけど……。でも、何も知らないまま、現実から目を背けて生きていく方が、もっと怖いから……!」
その覚悟を込めた言葉に、アークが不敵に笑う。
「ま、俺とルーシェがいるんなら、心配することねえって」
「……守るさ」
ルーシェが、静かに、しかし力強く呟いた。
「俺が……もう二度と、誰も殺させやしない」
「うむ。ならば、向かうがよい。崩壊国家、ダークリアの城跡地へと」
ジャイムは満足そうに頷くと、最後にこう付け加えた。
「わしらも、村の者たちの埋葬を終えたら……必ずや、お主たちの後を追おう」
新たな旅立ちが決まった。目的地は、崩壊した悪魔領最大国家・ダークリア城跡地。
ルーシェ、アーク、そしてコルネの三人は、生き残った村人たち一人一人に別れの挨拶を告げ、そして、新たに作られた墓標の前で、犠牲となった者たちへの祈りを捧げた。
朝日が、彼らの進むべき道を、明るく照らし出していた。
三人は、それぞれの想いを胸に、村人たちに背を向け、ラクーメル村を出発した。
【第二章:混沌の宿命と想動の変奏曲】
第十二話:『トリクの町へ』に続く。




