辺境騎士団 屑の美男の後悔
ケリュウスは金髪碧眼の美男だ。歳は20歳。
黙々と、教会で炊き出しを手伝ったり、孤児達の面倒を見ている。
物静かな男だ。
ケリュウスと共に働いているのは、金髪碧眼の綺麗な顔の男達ばかり。
元王子や公爵令息達だ。
そう、ケリュウスを含めて皆、変…辺境騎士団で二年の屑の美男教育を受けて、教会へ下げ渡されたどうしようもない屑達だった。
過酷な変…辺境騎士団での屑の美男教育。
反省文を毎日のように書かされ、昼はピヨピヨ精霊の着ぐるみを着て、教会へ出かけ子供達の相手。
夜は夜で変態…ムキムキな男達の淫らな夜の相手。
まるで地獄の日々だった。
反省?
金髪美男達は最初は、
「あの女が生意気なんだ。私が正しい。何でこんな所でこんな目に遭わねばならないっ」
「そうだそうだ。私は王子だぞ。王子。それなのに、なんでっ」
皆、口々に文句を言う。
だが、だんだん過酷な日々に。
「私が悪かったのではないのか?」
「そうだな。自分が悪かったのだ」
と、思い直すようになる。
毎日反省文を書かねばならない。お前が悪いと耳元で囁かれれば、嫌でも二年の間に改心していく。
ケリュウスは反省文を書かなかった。だから、過酷な教育を受けた。
それでも、書かなかった。
ピヨピヨ精霊の着ぐるみを着て、孤児達との交流でも、黙々とこなした。
他の男達が、着ぐるみの重さにころんと転がって、孤児達に蹴とばされていても、ケリュウスは転ぶことはしなかった。頑固に足を踏ん張った。
そして、子供達の前でクルクルと回って踊ってみせた。
子供達は手を叩いて喜ぶ。
子供達との交流は楽しい。
変…辺境騎士団員との褥での時も、誰とも話をしなかった。
ただただ、自分の役割をこなした。
反省が足りない。そう、言われてきたけれども、ケリュウスは認めたくなかった。
何が悪かったのか。何が屑だったのかという事を認めたくなかったのだ。
ケリュウスの罪状は、勿論、王族としての役目を放棄し、公爵令嬢を悲しませた罪 である。
ケリュウス第二王子は、レディリア・バルト公爵令嬢と婚約を結んでいた。
ケリュウスは、バルト公爵家に婿に入る身である。
だから、レディリアはケリュウスにせがんだ。
「わたくしは貴方と結婚するのです。貴方は婿に来るのでしょう。だから、わたくしを甘やかして頂戴。わたくし、貴方と沢山交流したいの。毎日、我が家へ迎えに来て。王立学園に一緒に行きましょう。学園でもずっと一緒よ。わたくし、貴方とずっと一緒にいたいの。他の令嬢を見ては駄目。わたくしだけを見て頂戴」
そう言われて、もっともだと思った。
ケリュウスは、武一筋で、本当なら武人として、王国の役に立ちたかった。
でも、バルト公爵家に婿に行けと父である国王に言われたら行かねばならない。
だから、黙って従った。
歳は17歳。相手のレディリアも17歳。同い年である。
王立学園を卒業したらバルト公爵家に婿入りすることが決定していた。
「わたくしは貴方の事を好ましく思っているわ。なんて素敵な筋肉。早く結婚したいわ。ずっと一緒にいたいわ」
そう言って、毎朝、馬車の中でにこやかに微笑んでくるレディリア。
婚約者ってそういうものなのか。ただ、レディリアの笑顔が眩しかったということを覚えている。
学園でもずっとレディリアは傍にいて、
「一緒に学べて嬉しいわ。教室の席も隣同士。わたくし達はずっと一緒よ」
レディリアがそう言うからにはそうなのだろう。
婚約者なのだから、先行き婿にいくのだから、ずっと一緒は当然なのだろう。
だけども、剣の腕を磨く時間は欲しくて欲しくて。
王国の為に剣で役に立つことは出来なくなってしまった。
バルト公爵家に婿に行くのだから。
でも、身体は鍛えたい。せっかく覚えた剣。何かの役にたてたい。
だから、昼ご飯を食べ終わったら、
「ちょっと、身体を動かして来る」
と断って庭に出ようとした。
すると、レディリアが、
「貴方はわたくしの婚約者。ずっと傍にいて欲しいわ」
許してくれないのだ。
ああ、レディリアが望むなら仕方が無い。
学園から帰る馬車も一緒で、ケリュウスは王都にあるバルト公爵家に毎日、寄る事を望まれた。
夕ご飯もレディリアと、バルト公爵夫妻と食べるのだ。
レディリアはケリュウスに向かって、
「わたくし達は結婚するのです。だから、今から公爵家に慣れておいた方がいいわ。夕ご飯は毎日、我が家で食べて頂戴」
公爵夫妻も、
「ケリュウス様。我が家の料理は王宮のシェフに負けないと思います。ですから、どうか、毎日、こちらでお食事を」
ケリュウスは、
「有難くいただくことにしよう」
婿に入るのだから当然そうなのだろう。
夕飯を食べた後、ソファで珈琲を飲みながらレディリアと一緒に話をする。
「ずっとずっと一緒よ。わたくし、貴方と一緒に居られて嬉しいわ」
レディリアはそう言って微笑むのだ。
だから、そういうものなのだろう。
自分は良く解らない。
兄であるマディウス王太子からも、
「お前はちょっとボンヤリしているからな。私は心配だ」
よくそう言われていた。
自分はぼんやりしているのだろうか?
ただ、ただ、レディリアがそう言うなら、間違いはないだろう。
そう思っていただけだ。
でも、剣をふるいたい。
剣を手に戦いたい。
でも、レディリアは許してくれない。
ずっと傍にいて欲しいと。
ずっとずっとずっと‥‥‥
本当に傍にいる事が正しいのか?
私は戦いたい。戦いたいんだ。
だから、翌日、学園を休んで、ギルドへ向かった。
戦いたい。
ただただ戦いたい。
自分が王子だと気づいたのか、ギルド長ガルドが出て来て、
「ケリュウス第二王子殿下。ギルドの仕事は遊びではありませんぞ。ですからお帰りを」
「私は魔物討伐に行きたいんだ。ただこの剣をふるいたい」
「だからお遊びではありません。王子殿下が剣をふるいたいのなら、騎士団にでも頼めばいいではありませんか」
「騎士団長からは、私の相手をしている暇はないと」
「でしたら私が相手を致しましょう。それでよろしいですかな?」
嬉しかった。ギルド長は身体がでかく、顔に大きな傷のある、茶髪の髭の生えた大男だ。
大きな剣を手に、
「私が使うのは大剣だ。まぁ王子殿下は私の相手にもならんでしょうな」
「それは解らんぞ」
自分の自慢の剣を手に、ギルドの地下室で、ギルド長ガルドに戦いを挑んだ。
ガルドに向かって、剣で斬りかかる。
軽く弾かれた。
何度も何度も斬りかかる。
身体を動かすのが楽しい。楽しくて仕方ない。
もっともっと剣の腕を磨いて、兄上の役に立ちたい。王国の剣になりたい。
子供を相手にしているようだと言われた通り、軽くあしらわれた。
それでも、楽しかった。とてもとても楽しかった。
「有難う。ギルド長。久しぶりに楽しかった。もっと腕を磨きたい」
「だったら、気の向いた時にこちらに来るといい。相手をして差し上げましょう」
そう言ってくれた。
ギルド長は忙しいだろうに。
相手をしてくれるだなんて。
でも、学園を休んだことで、王宮にレディリアが訪ねて来て、
「何でわたくしを迎えに来なかったの?」
「休むと連絡をしたはずだ」
「何で休んだの?」
「ギルドへ行って、ギルド長に剣の相手をしてもらった。楽しかったんだ。私だって少しは剣をふるいたい」
「必要ないわ。護衛もいるもの。貴方はわたくしの傍にいればいいのよ。剣をふるっている時間があったら我が公爵家の為に勉強して頂戴。貴方はわたくしの婚約者なのだから」
「でも、私だって少しは」
「愛しているわ。貴方の事を。結婚するのを楽しみにしているの」
剣の腕を上げる事を、ギルド長に相手をしてもらうことを諦めるしかなかった。
ああ、剣をふるいたい。
どんどんと渇望する。身体を動かしたい。戦いたい。
毎日、レディリアの傍にいて、公爵家の為の勉強を始めた。
そんな勉強より、剣をふるいたい。ふるいたいんだ。
だから、だから、だからっ‥‥‥
再びギルドに行って、ギルド長に頼み込んだ。。
「私は冒険者になりたいんだ。だから、誰か紹介してくれないか?」
ギルド長ガルドは眉を寄せて、
「冒険者になるための学校があります。まずはそこで勉強をすればよろしいかと。国王陛下の許可は貰ったのですかな?」
父に許可を貰っていない。
「ああ、我儘を言った。許してくれ。それじゃぁ失礼する」
だからそのまま、ギルドを出るしかなかった。
ああ、冒険者、なんていう響きだ。
冒険者なら自由に剣をふるえるのだろうか?
いや、冒険者じゃなくても騎士になってもいい。
剣をふるいたい。ふるいたいんだ。
家に帰ろうとしたら、見慣れぬ馬車が止まっていた。
中から知らないガタイの逞しい男達が現れて、
「一緒に来て貰おう」
「令嬢を泣かせた罪だ」
「さぁ」
馬車に乗せられた。
訳が解らない。
私は王子だぞ。
とある人気のない所で降ろされれば、そこに豪華な公爵家の馬車が止まっていて、中からレディリアが降りてきた。
ケリュウスはレディリアに向かって、
「君か?君が男達に私を」
レディリアは涙を流しながら、
「貴方はわたくしを裏切ったわ。公爵家の婿になるはずだったのに。婚約破棄、ああ、王家相手に出来ないわね。だから変…辺境騎士団に頼みました。屑の美男教育をしてくれるの。貴方は屑よ。わたくしを裏切ったのですもの」
「裏切った?裏切ってはいない」
「いいえ。裏切ったわ。公爵家の婿になんてなりたくないんでしょう?だからギルドへ行ったのでしょう?わたくしは貴方を愛していたのに」
私はただただ剣をふるいたかっただけなんだ。
ガタイのいい男達に馬車に押し込められた。
何が何だかわからない。
変…辺境騎士団へ連れて行かれた。
帰りたくても帰れない。
他にも自分と同様、金髪碧眼の王子とか高位貴族の令息がいた。
皆、さらわれてきたり、騙されてここに入ってきたり。
そして過酷な教育を施された。
二年の月日が流れて、過酷な変…辺境騎士団生活が終わり、今、教会で他の屑の美男達と一緒に、孤児達の面倒や、貧しい人達への炊き出しをしている。
何を反省したらいいのか?反省文を書けと言われても解らなかった。
いや、本当は解っていたはずだ。ただ認めたくなかっただけだ。
奴らに言われたではないか。
王家の人間として政略結婚をどう思っていたのか?
バルト公爵家に婿に入るのなら、きちっと公爵家の機嫌を取らねばいけなかったのではないのか?
そう、自分が悪いのだ。
悪いのは自分だ。それをただ認めたくなかっただけだ。
でも、剣の道を究めたかった。
もう、二年の月日で身体は弱ってしまった。
私は屑の美男。ただ、今は孤児達や貧しい人達の為に教会で働いている。
今日もケリュウスは教会で働く。
夕陽を眺めながら、ケリュウスは後悔するのであった。