「ようこそ、わたしの世界へ」
「うわーまた雨かー」
「今日傘持ってきてないんだけど!天気予報では晴れだったのに…」
昇降口では傘を持ってない人たちで溢れかえっていた。外では横殴りの雨が校舎の窓を叩いている。
「かえで、帰ろっ」
ぼーっと外を見ていると、誰かに肩を叩かれた。振り返ると、眼鏡をかけた親友の綾音がいた。幼稚園のころからずっと一緒にふざけてたのに、いつの間にか学級委員長なっていた綾音のことは何処か遠い存在に感じる。それでも、登下校は一緒だし、クラスも一緒。ただちょっとだけ、見えない薄い壁を感じる。
「うん」
「もしかして傘忘れた?」
「えっ、あーうん!だから貸して」
手を合わせて上目遣いをすると、綾音が呆れたように鞄から折りたたみ傘をだした。
「もーしょうがないなぁ。はい、折りたたみでいいよね?」
「わーい!ありがと!」
綾音に借りた傘に入って、並んで歩く。
「今も雨好きなの?」
「うーん」
昔は確かに好きだった。濡れた髪や服が肌に張り付くたび心が踊った。
「普通。…………綾音、あれ見て」
_何か飛んでる。白くて、少し光ってる蝶。
「ん?どこ?」
「ほらあそこだよ」
綾音は不思議そうに首を傾げるだけだった。
まるで私にしか見えていないとでも言うように、蝶はくるりと私の周りを回った。そのまま蝶は私たちの間をすり抜けて、路地裏の方に消えていった。『ついてきて』と言っている気がした。
「私行かなきゃっ」
「えっ、ちょっと!」
綾音の声に振り返ることなく、私は走った。
「ごめん!先帰ってて」
路地裏に飛び込むと、道を塞ぐように横たわった水たまりがあった。蝶はその向こうで優雅に飛んでいる。
「飛べるかな」
水たまりの縁に立って下を覗く。あまり深くはないようだ。よっと足を踏み出した瞬間、水たまりが大きく口を開けるように広がった。
「うわぁぁぁ!」
_落ちる、というより吸い込まれるように私は飲み込まれた。後を追うようにあの蝶も一緒に水中へと沈んでいった。
ゆっくりと、ゆっくりと下へ沈んで行く。私の周りにはあの蝶と同じような白く光る蝶が飛んでいた。
「ごほっ」
苦しい。息ができない。手を伸ばしても、空を切るだけで何も掴めない。助けて_
「大丈夫?」
澄んだ声が響いた。目を少しだけ開くと、私と同じ位の少女がいた。少女はゆっくりと近づいてきて、私の頬に触れた。
「ん」
唇に少女の唇が当たると共に、喉に絡みついていた苦しさが一瞬にして消えた。
「もう苦しくないでしょ?」
少女は微笑んで、私の手を握った。
「ようこそ、わたしの世界へ」




