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第七話 国枝紗希、彼らのために一肌脱ぐ気になる

「……ふうっ」

今年の吹奏楽コンクールもなんちゃって参加で終わった。帰宅するなり私は冷蔵庫から良く冷えた缶を一本取り出し、自分にお疲れサマと言う。叶うことなら、まともな賞を取れる演奏をあの子達にもさせてあげたいなと思いつつ、指揮者としてや音楽教師としての自分の才覚のなさ、及び、学校や演奏者本人達のモチベーション等々を鑑みて、結局この結果は順当だったのだろうなとも思う。

「ま、人生ままなりませんわな」

私は最近クセになりつつある独り言を呟くと、スマホで日課の巡回を始めようとした。あ、メールが来てるな……何々?「差出人:国枝士郎」。父さんか。また見合いのブッキングだろう。無視無視っと。

気を取り直して動画サイトのマイページにアクセスし、数字をざっと確認する。うん、本日も異常なし。伸びまくってるわけでも、完全停滞してるわけでもない。ごく普通の状態。

いつもならそれで納得して次の巡回先に向かうのだけど、今日はこんな気分だからか、ぴたと指が止まった。……あ、何か来そうだ。私は急いでスマホと缶とをテーブルに置き、紙とペンを取る。息を軽く吸い、頭の少し上の方に浮かび上がった旋律を拾って、ピアニシモで口ずさんでみた。うん、メモっておこう。降りてきたメロディーラインに適当なコードをつけてメモし終えると、その紙を、似たようなメモをストックした箱にしまいこんだ。結構溜まってるなぁ。そろそろ整理しようかしら。


インディーズユニット時代の芸名兼ハンドルネームの「佐伯谷人」は、本名「国枝紗希」の無理矢理なアナグラムだ。特にヒネったつもりもない。作・編曲と打ち込みだけの担当だったから舞台に上がることもなかったし、性別不詳なのも結果的な話でしかない。プロになれるとも、なりたいとも、それほど強くは思ってなかったから、高校時代からの希望進路をそのまま進めて教師になった。後悔はしてないつもりだ。

ありがたい事には、時代はアマチュア作曲家に動画サイトなる作品発表の場を提供してくれた。日々悶々と湧き上がる創作欲求をその場で紛らわして来たけれど、もうじき潮時なのだろうか。

その時、突然机が細かく振動した。置いてたスマホだ。派手な振動音を立てるそれを拾い上げると、またしてもメールの着信。あれ? 佐伯谷人名義のアドレスから転送だ。珍しい。差出人は……知らないアドレスだわ。何々……?


***


「失礼します」

「あ、国枝先生? 珍しいですね。市川先生なら今は、おられませんよ」

美術部長の笹北さんが可愛らしいおでこをこっちに向けてそう言った。

「ううん。先生に用事じゃないです。各準備室の備品チェックを頼まれちゃったので、お邪魔しますね」

私はささっと用件を伝えた。ただの勘なのだけど、この子は市川先生を結構意識してるようなので、変に誤解されたくない。だから今まであまり美術室には近寄らなかったのだけど、今日はどうしても、適当な用件をでっちあげてでも、見たいものがあったのだ。


ドアをノックして、美術室の奥から準備室に入る。

「失礼しますね」

「……あ。えーと……国枝センセ?」

「備品のチェックに来ました。気にせずに続けててください」

「え、あー、はい」


奥側の席でパソコンを操作していた田村君に用件を伝えると、適当に用意したニセ書類にペンを走らせながら、私は美術準備室の中を見渡した。おお……。壁には何十枚ものスケッチや線画が吊るされている。ぱっと見だと単なる人物デッサン集に見えなくも無いけど、不自然なほどアングルが真横の絵ばかり。勿論、私にはこれがゲームのアニメーションパターンなのだと分かっていた。

「すごい数の絵ね。ゲーム作ってるって聞いたんですけど、これがその絵なの?」

「はい」

町田君が、自分の前のモニターから目を離さないで答えた。

「えっと、ちゃんとセンセ方の許可は取ってますよ?」田村君が困ったような笑顔で言う。

「ええ、聞いてます」

嘘だけどね。まあ、後でそれとなく市川先生に話を合わせてもらおう。


「準備できたよ。キャプチャ開始して」

「オッケー」

「……何か始まるの?」

「ああ、その。えーと。デモ動画をね、ちょっと録画するとこなんです」


ごめん知ってる。それを見に来たんだもの。私は少しだけ心の中で申し訳なく思いながら、つい笑いそうになるのをこらえて、「へぇ。見ててもいいですか?」と言った。

「いいスっよ」

「じゃ、起動」

田村君がゲームパッドを持つと、町田君はキーを叩く。おそらく、お互い示し合わせておいたのであろう立ち回りを、互いの操作するキャラクターに演じさせる。

2D格闘ゲームか。ひと昔前はお世話になったなぁと懐かしさをしみじみ味わいながら、私は画面を見つめる。あ、でもこれ……スゴいかも。

ちゃんとした質感で、少し誇張された体格のキャラクターが、流れるように動作を繋いでいく。一撃、一撃の、ヒット感が心地いい。なるほど、テンポは少しだけ速めだな。ならリズム隊は軽すぎない感じで、ベースをしっかりめに聴かせて、メロディーラインは主張させすぎず、でも存在感は残して……。


「うーし、じゃ止めよう」

「……あ、もう終わりなの?」

「デモ動画なので、短いカットを何個か繋ぐつもりなんです。キャラとステージを変えて、似たようなことを続けますよ」

町田君が、一息ついてから、こっちを見て言った。少し照れた感じで。


「綺麗なゲームね」

「でしょー?!」

「ありがとうございます」

私が正直な感想をさらりと言うと、二人は嬉しそうに答える。いいな。いい子達だ。そして、いいゲームだ。


私は二人に、作業を見せてくれたお礼を言うと、備品チェックの真似事を済ませて準備室を後にした。

階段を降りながら考える。あのメモのストック、全部使って足りるかな? と。

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