第二話 田村映一、運命との邂逅(後)
一通りの作業を、町田は少し照れながら色々やって見せてくれた。確かに、どれも単調というか、地味な作業だった。
町田は絵が得意ではないらしく、背景だけでなくキャラクターの絵も、まずポーズ素材とかから描きたい絵に近い元絵を引っ張ってくるところから始めていた。次にその骨格や重心を探りつつ、紙に模写する。それから親父さんやその友達が過去にデザインしたキャラの設定通りに頭身を変えて、パーツや衣装を被せたり差し替えたりして線画として仕上げる。その線画を今度はスキャンして、ドット絵を起こすのだと言った。
「大分慣れてきたけど、1枚描くのに丸1日かかることもあるんだ」他人事のように町田は笑ってそう言ったが、それって、えらい事だぞ。2D格ゲーのキャラは1体でも軽く百数十枚の絵が必要なはずだから。
絵が仮に出来上がったとして、プログラミングはもっと地味な作業だ。まず描いた絵のデータファイルをプログラム内部に読み込ませる(これは簡単だそうだ)。次にそれを表示するモーションを指定して、当たり判定を設定して、移動量や攻撃値、キャンセル可能か否かといった情報を設定し……考えるだけで頭痛くなる(格ゲーだから何とか理解できなくもないが)数字と命令の羅列を経て、やっと一動作のうちの一モーションが出来上がる。ちなみに、1キャラクターに必要なモーション数は(以下略
……いつの間にか窓の外は暗くなっていた。何時間経ったんだ? 素人の作りかけのゲームに、気付けば俺は、熱中していた。
多分俺はこのときもう想像していたんだ。このゲームの完成していく先が。それを感じたくて、確かめたくて、町田とずっと会話しつつ、画面を凝視し続けていたのだった。
「ご飯、できたよー」
誰かがコンコンと部屋のドアを叩いてそう告げた。
「はーい」
「っと……悪い。もうこんな時間か」
「いいよ。ウチは両親いないからさ」
「……じゃあ、今の声は?」
「ああ、紹介しなきゃね。姉さん、ちょっといい?」
町田が呼び掛けると、さっきの声の主がドアを開けた。
「何? あ、見慣れない靴があると思ったら、友達来てたの?」
「スイマセン。お邪魔してます。中学の同級で、田村です」
「高校も一緒なんだよ」
「そうなの。……はじめまして、良の従姉妹で、町田美緒です」
長い黒髪の、大学生くらいのお姉さんが、深々とお辞儀してくれた。俺はガラにもなく恐縮してしまって、椅子から立ち上がるとこっちもお辞儀を返した。
「良が友達連れて来てるのなんて初めてで、驚いたわ。田村君ね。良をよろしくお願いします」
そう言って美緒さんはもう一度お辞儀してから、
「ご飯、良かったら食べてって」と、優しい声で言った。
***
一応親にメールしてから、俺は図々しくも町田家で晩飯をご馳走になった。ここの家族構成が、お祖父さんとお祖母さん、それに町田の3人で、美緒さんはほぼ毎日、近所の自宅から晩御飯を作りに来ているのだと言うことも、その時知った。
お祖父さんは無口な人で、お祖母さんはよくしゃべる人だった。そのどちらからも「孫をよろしく」と軽い感じで言われて、俺は何だか妙に申し訳ないような気分になった。町田も、町田の祖父さん祖母さんも、美緒さんも、すごく良い人だった。けど、俺は9年も町田の近くで生活していながら、そんなことは全然知らずにいたのだ。
帰り際、俺は町田に帰り道の目印とかを聞きながら、こいつに何か言いたいことがあるのに、それが頭の中で言葉として見つからなくて、少し自分に苛立っていた。何だろう。今日の俺はいつからこんなにおかしくなったのか。ゲーセンからなのか、工場の前からなのか、それとも、それとも……。
「……あのさ」俺は観念して、アドリブで話す事にした。
「何?」不意に俺が口を開いたからか、町田が少し驚いた感じでそう言った。
「今日見せてもらったゲームな、絶対……いや、そうじゃなくて。その……何だ」
「……?」
「……ええと。俺に、手伝えることある?」
ああ、この言葉か。多分そうだ。見つかった。
「ていうか、手伝ったりしても、いいか?」
「え。……えと、ゲームの制作をって、事?」
俺は頷いた。町田は少し戸惑っている。いや、困ってるのか? よく分からん。
「……いやいや、無理ならいいんだ。悪いな、変なこと言って」
「ううん、そうじゃなくって……いいの? さっきも見た通り、地味だよ。この作業」
「でも、作れるんだろ。格ゲーが。ていうかさ」
俺は、自分の胸に小さな火が点ったように感じた。
「俺、お前のあのゲームが、気に入ったんだ。完成するところ、見たいんだよ。だめか?」
「作りたいの? 手伝ってくれるの?」
町田がこっちの目を見て、そう問いを返した。ああもう、質問してるのはこっちだっての!
俺はこれ以上言葉が見つからなくなって、ただ、無言で頷いた。すると、
「ありがとう。いいよ。じゃあ、一緒にやろうよ」
町田は少し照れた顔でそう言って、笑ってくれたのだった。