第二話 田村映一、運命との邂逅(前)
すげぇ。何だこれ何だこれ何だこれ。
BGMは無くて、鳴ってるのはフリー素材の効果音だけだし、背景は加工されてるただの街の風景で、ぱっと見素人の作ったゲームだって丸出しだけど、
キャラの作り込みが、とんでもねぇ。絵もそんなに上手いって感じじゃないのに、殴ってる感、蹴ってる感、殴られてる感や受け止めてる感が、えらくダイレクトに伝わってくる。パッドの入力に対する反応もいい。
俺はその感覚がどこから来るのか分からなくて、不思議だと思った。もっとずっと後になってから、町田がどんな風に考えてモーションを当てて判定を設定してフレームを振り分けてたのかを知ったのだけど、このときはまだ、感覚でしかわからなかったのだ。納得がいくまで丁寧に丁寧に吟味された絵とタイミングと判定。それが、このとき俺を惹き付けて離さなかったのだと。
そのゲームのタイトルは、「Burn Drive」と言った。
「……これ全部、お前一人で作ったの?」
ここは町田の部屋。偶然出会った工場前から歩くこと約10分。俺はこいつの部屋に招待してもらって、現在作っているというゲームを見せてもらったのだった。
「……うーん、どうかな。絵は自分で用意して、プログラムも自分で組んだけど、設計とキャラデザインは、元々有ったんだ」
そう言って町田は、机の上にあるやたらデカい青い背表紙のファイルを広げて見せてくれた。中にはキャラクターのデザイン案や、その案に従って描かれたゲーム内グラフィック用の技モーション案、それにプログラムの設計図(仕様書とか、フローチャートとか言うらしい)が雑多に納められていた。
「これ、僕の父さんが友達と一緒に書いてたものなんだって」
「親父さんが? お前の親父さんって、ゲームデザイナーか何かなの?」
「ううん。これは学生の時のもので、計画だけはしたけど機材やらタイミングやらが揃わなくてポシャったんだってさ。昔、それを悔しそうに話してたのを思い出して、父さんがいなくなってから引っ張り出してきたんだ」
「え?……お前の、親父さんって……」
「うん。今は遠いところ……シリコンバレーで下請けのシステムエンジニアやってる」
「あ……ああ、そう」
「母さんも同じ会社のエンジニアでさ、父さんについて行っちゃった。まあ毎年何回かは帰って来てくれるし、来年にはあっちの仕事も終わって完全撤収出来るらしいんだけどね。……念願の庭付き一軒家を一括で買えるだけのお金ができたからってさ」
「そりゃ凄いな」まあ、高校生の俺にはよく分からんけど。
「あとは、帰るまでに過労で死なないよう祈っといてくれって……」
……おいおい。
「まあ一応、子供心に寂しかったんだよね、多分。……小6の頃だったかな。だから、何か没頭できる趣味が欲しくて、僕も父さんのパソコンとか古い雑誌とか漁って、プログラムを覚えたんだ」
「で、気がついたら格ゲーが1本できてました……ってか?」
「まだまだだよ。キャラも8体予定してる内の3体目を作成してる途中だし、ストーリーモードは勿論、CPU戦用の処理も作ってないし」
「でも、対戦はできるだろ? ……そうだ、対戦しようぜ。今、できるんだろ?」
「できるよ。やってくれるの?」
俺は答えるのもまだるっこしいと思った。頼んでるのはこっちだ。
「パッド、もう一つあるか?」
「ううん。僕はキーボード使うよ。じゃあキャラセレ画面に戻すね」
町田がキーを操作する。俺はさっきまで動かしていた軍人風のキャラとは別のを選ぶ。町田はキャラを変えない。
「こっちのキャラ、技は?」
「後ろタメ前Kの飛び道具と、波動Pの中断突進。対空はしゃがみ強P」
「オッケー。やろうぜ」
***
町田は強かった。ていうか、格ゲーの基本的な操作スキルや反応速度なんかは一般的なレベルだと思うが、自分の作ったゲームだけに、何が有利な選択肢で何が不利な行動なのかとかを熟知している分、こっちはどうしても押されてしまう。
「面白ぇ……」
ムキになって何戦もリプレイしてると、少しずつゲームやキャラのクセが掴めてきた。これならそろそろ勝てそうな気がする。けど、そうなってくると今度は、もっとこのゲーム自体の事を知りたい気持ちが強くなってくる。
「なあ、ちなみに今は、何を作り込んでんだ?」
「んー。この3キャラ目の必殺技が2個しかないんで、もう1つ追加したいのと、4キャラ目の制作にも入りたいと思ってるとこなんだけど……」
「ならさ、作ってるところも見せてもらってもいいか?」
「いいよ。面白いもんじゃないと思うけど……」
町田はそう言うとゲームを止めて、ツール類を色々起動し始めた。