第一話 田村映一、別離の春
別れは突然訪れる。例えそれが事前に告知されていたものだったとしても、告げられた時点で精神的な「別れの痛み」は受けているし、別離の当日に再度感じるそれも、受けてみるまでは痛みの程度が分からない。
ってなことを、親父が昔、大事にしてたバイクを手放す時に言ってたような気がする。……ああ、今ならその気持ちが分かる気がするよマイファーザー。
俺こと田村映一は、中学時代に通い詰めたゲーセンの片隅で失意の溜息をついた。小学校時代から数えて4、5年はハマってた2D格ゲーの最高傑作、っていうか個人的には全ジャンルのゲーム内でも最高傑作と言いたい、傑作中の傑作、「ストライクスリー」の筐体が、昨日までは置いてあった場所。そこが、ここだった。この界隈のゲーセンには、もう他に置いてる店はない。だいたい、ゲーセンの数自体が数年前から言うと極端に少なくなっていた。
ここにずっと立っていても仕方ない。周りを見渡すが、他にやりたいと思えるゲームもない。俺はポケットの中で財布を握りしめたまま店を出た。自転車にまたがって、家の方へと走る。
川沿いの道は、桜がもう散り始めているようだ。高校受験をギリギリの成績で何とかクリアした入学前の春休み。貯めていた貯金を一気に数百クレジット(ちなみにさっきの店は50円1クレで3ラウンド制の優良店だ)に替えてぶっこんでいた矢先だった。数日前から知り合いの「スリー勢」の兄さん達が噂してたので、まさかとは思ってたけど、ショックだった。
小学生の時、親父に連れていってもらったあのゲーセンで初めて見た「ストスリー」。既に格ゲーブームは過ぎており、ポリゴン格闘ゲームでさえ過去のものとなっていた時代だった。その中で、1ドット1ドットが熟練の職人の手で丹精込めて(俺の勝手な想像だが、多分間違ってないと信じてる)緻密に積み重ねられて、何枚もの手描きのスプライトオブジェクトが華麗に殴ったり蹴ったり、殴られたり投げられたりする様が、ただただ、美しいゲームだった。その頃はそんな世間の事情も専門用語も知らないまま、ただ闇雲に、カッコいい、綺麗な絵が乱舞するその世界に魅せられて、親父から渡された50円玉を筐体に突っ込んでいたものだった。
勿論、家には家庭用の移植版もある。3世代も前の据え置きハードで、今も大切に遊んでる。でも、やっぱりゲーセンの筐体で、メンテの行き届いたコンパネで、ブラウン管モニタで、一切のラグなく遊びたかった。いつもの街の対戦メンバーとでもいい、数少ない中学時代の同志でもいい、不意に現れた見知らぬ相手とでもいい。握りしめた50円にプライドの全てを賭けて、拳で語り合いたかった……。
「あれ?」
考え事をしながら自転車なんて漕ぐもんじゃない。気が付くと俺は、町工場とかが何軒か立ち並ぶ、見知らぬ通りに入っていた。どこだここ?
まあいいや、いざとなればスマホのGPSだってある。とりあえず適当に、来た方に戻ろう。そう考えた俺が自転車を降りてその向きを変えようとしたとき、スマホカメラのデジタルなシャッター音が鳴った。何となく音の方を見る。知った顔が、そこにあった。
「町田じゃん」
「あ…田村君。家、この辺なの?」
「いや、ボーっとしてたら迷い込んだ。おかしいだろ」
「…そうでもないよ。僕もたまにやっちゃうし」
町田良は中学の同級生で、高校もたまたま同じになった。言うなれば腐れ縁ってところだが、今まで特に仲が良かったわけでもない。ただ、俺が「田村」で、こいつが「町田」だったから、お互い妙な親近感みたいなのはあって、たまに話もした。ごく、たまにだけど。
「何の写真撮ってたんだ?」
「工場のだよ」
「何で?そういうの趣味なのか?」
「違うよ。…趣味のためではあるけどね」
「?」
町田は変な奴で、いわゆる陰キャでオタクな人種としてクラスの連中からは認知されてた。俺も格ゲーオタクではあるけど、狭い1ジャンルにのみハマってたせいか、あまりそーいう扱いは受けなかった。どっちかというと陽キャの部類だと自任してるし。でも町田は違う。詳しくは誰も知らないが、ガチなオタクらしいと皆が認知してて、そのせいか、あまり話の合う友人とかは多い方じゃなかったと思う。
「趣味って、その撮った写真をどうかすんの?」俺は何故だか興味をそそられて、話を続けてみた。
「…うーん。何ていうかな、素材にするんだ」
「素材? CG加工か何かの?」
「うん。まさにそれ。…CGで加工して、ゲームの背景に使うんだ」
「ゲーム作ってんのか?!」
ああ、こういう方向にガチだったのか。それなら友人が少ないのも仕方ないかも知れんけども…。
「うん。大したもんじゃないけどね」
「どんなのだよ。ノベルゲーとかか?」
「ううん。格ゲーだよ。今時どうかって思うけど、2Dのドット絵格ゲーが好きで、中学の頃から作ってるんだ」
……この時、俺が感じた衝撃を言葉にするのは難しい。ただ、変な声が出たのは覚えている。
だって、解るか? 俺は2Dドット絵格ゲーだなんて狭いマイナーなジャンルが好きだけど、周りに同志はほぼいない。中学時代に僅かにいた同志も全て高校が違ってしまっている。なのに、ずっと同じ学校に通ってた顔なじみが、実は同志だったと知った時の衝撃は、俺のまだ短い人生の中では、とんでもなく大きいものだったんだ。