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第十二話 町田良、その小さな決意

考えてみれば簡単なことだった。

完成させる。最後までやる。その言葉を実現させる為には、「完成」のラインを下げれば良かったのだ。

僕達は話し合った。その結果、「8キャラは仕上げて、CPU戦のルーチンは組み込むけれど、ストーリーモードとオープニング、エンディングは実装しない」というラインに決めた。


この考え方が、ものを作る上での正解だとは思わない。そもそも正解なんてあるんだろうか? ただ、全力で最後までやるというのなら、仮にでもゴールラインは決めるべきだと思った。勿論、現実的なラインで。

より遠く、より高くなんてのは、そのラインに到達してから考えればいいことだ。


田村君は、キャラクターのモーション実装を行うためのプログラミング方法を教えてくれと言ってきた。僕をCPU戦の処理作成に専念させる為だ。これは、田村君が作業の習得に時間をかけ過ぎると、当然逆効果になる。賭けだった。でも成功した。田村君は……やっぱりすごいな。

残るキャラクターの作り込みと全体のブラッシュアップは、これで田村君と市川先生の二人が揃っていれば行える。僕はCPU戦の作成に没頭した。


三学期、学年末試験の準備に入る直前で、7キャラ目が完成。試験が終わって三日後に、8キャラ目の必殺技と特殊動作以外の作成が終了。春休みに入った直後、CPU戦の基礎ルーチンが完成……。


楽しいなぁ。

少しずつ暖かくなる陽光の差し込む美術準備室で、僕達は最後の一仕事をする。

キャラを作成し終えた町田君は、腱鞘炎で痛む腕を押さえながら、笹北先輩に頼み込んでメインタイトルとキャラ選択画面のレイアウトをデザインしてもらっていた。

先輩は天才だと思う。どうしようもない素人作り丸出しの格闘ゲームだったはずの「Burn Drive」が、タイトル画面一つで、まるで傑作みたいに見えて来る。

僕がその出来映えを誉めていたら、様子を見に来てた国枝先生が急に用事を思い出したと言って音楽準備室に篭ってしまった。数時間後、佐伯谷人さんから頼んでいなかったのにタイトル画面用のBGM(メインBGMのメロディラインをアレンジした名曲)が届いた。田村君は驚いて、僕は笑いが止まらない。さあ、仕上げに入ろうか。


市川先生は責任感の強い人だ。一旦オールアップしたモーションの、全体を通しての再確認と再監修をして、細かい指摘をまとめてくれた。僕と田村君は最後の一日を、その修正と調整とに費やす。先生は季節外れの合宿許可を学校に取ってくれていた。


そして僕達と先生の三人とで迎えた朝、町が春の日差しに染まりきった頃、「Burn Drive」は完成したのだった。


僕の隣で、田村君は寝息をたてていた。部屋の隅でコーヒーを飲んでいた市川先生は、僕が「できました」と言うと、僕の頭に手を置いて「良く頑張った」と言い、そのまま、仮眠を取りに部屋から出ていった。


「……できたか?」

田村君は、いつの間にか目を覚ましていた。

「うん。できたよ」

僕が答えると。田村君は嬉しそうに笑い、僕の手を握った。僕も、強く握り返す。

「……やりやがったな」

「……そっちもね」

そして僕達は顔を見合わせて、凄い悪戯が大成功した子どもみたいな顔で、声を上げて笑い合った。


***


「よっ!」

「どもー」

「お疲れー」

「どもどもー」


あれ?

美緒姉さんが持たせてくれていたサンドイッチを食べながら、何度目かのテストプレイを行っていたとき、 西宮君達が準備室に入って来た。

「え?……どうして?」

「今日で完成させるって言ったろ? だから呼んでたんだ。どこの学校もまだ春休みだしな」

田村君が、ニヤニヤ笑いながら言った。

「完成したら、遊ばなきゃでしょ、ゲームは」

「つーわけで、全員自前のパッド持って来たんだ」

「んじゃ、対戦会しようぜ!」皆が口々に言う。

「対戦会じゃなくて、『デバッグ作業の手伝い』な。それなら美術部の他校交流って体裁で、市川センセの許可も取ってあるから」田村君はそう言いながら、何故かスマホを取り出した。

「そうなんだ……。でも残念だな。僕はもうちょっとしたら、行かなきゃ」

「へっへーん。それについては、俺からの餞別があります」どこかに電話をかけながら、田村君が言う。


「ホントはこんなサプライズな感じじゃなくて、もっと事前に言いたかったんだけどな、中々チケットとか許可とか取り付けるのに手間取って……あ、美緒さん? 田村です。良に代わりまーす。……ほら」

電話の向こうから、美緒姉さんの声が聞こえた。

「良? 出発は今日の夕方でいいよ。映一君が飛行機のチケット取って、電車のチケットはキャンセルしてくれたから。

ゲーム、完成したんでしょ? なら、皆と遊んでから出発しなさい」


田村君は、しれっと、「冬に臨時収入があったので、その時一番欲しかったモノを買っただけだ」と言った。

ああもう、敵わないな。ホントに。

でも、チケット代は絶対、返すからね。


***


完成したと思ってたゲームは、皆と対戦してみると小さなバグや改善すべき点がいくつも見つかった。

皆で笑いながらそれを検証し、僕はノートに書き留める。

転校先で使おうと思ってた新品のノートは、たちまち走り書きやラフで埋め尽くされていく。

僕は、幸せだった。

皆も、楽しそうだった。


この時感じた幸せを思い出せる限り、僕は一生、笑顔で過ごせるだろう。退屈しないだろう。

疲労で熱くなり、少し痛むまぶたを押さえながら、僕は、

時間が勿体無いから、泣くのは飛行機に乗ってからにしようと思った。

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