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第十話 田村映一、リミットを知る

「……OKです。ありがとうございました」

町田が言うと、マイクの前に立っていた演劇部の先輩は「あいよー」と景気のいい返事をしながらヘッドフォンを外し、こっちへ引き上げてきた。

「声が組み込めたら、一度遊んでやってください」俺が言うと、

「ありがとよ。けど、自分の声って、自分で聞くと照れるよなぁ」

と、先輩はガシガシと頭を掻きつつ、「ま、楽しみにしてるわ」と答えてくれた。


「これで終わりですか?」

「はい」

国枝先生の問いに、町田が答える。ここは音楽準備室。学園祭の後、演劇部の有志がウチのゲームに声の素材を提供してくれると言うので、俺達は喜んで申し出を受けた。この土曜日の半日を使った録音作業も、一旦はこれで終わり。今のところ登場するキャラクターは8体と決まっているので、8人分の基本ボイスを撮り終えた。ただ、ゲームとして実装できているのはまだ6キャラでしかないが。


「……でも、今年度中に完成させるよ」町田が言う。

「残ってる作業は?」

「CPU戦実装、残り2キャラの作成、ストーリーモード、オープニングとエンディングのデモ。……大まかに言うとこれだけかな」

「大仕事だな」

「でも……やるよ」

モニタから目を離さずに町田は言う。録音したファイルをフォルダごとに整理しているようだ。それが済むとパソコンの電源を落として、美術準備室に撤収するつもりだった。


「町田君、少しやせた?」国枝先生が、急にそんなことを聞いてきた。言われてみると、そんな気もする。

「……さあ、どうでしょう? 気にしてないので分かりません」町田が答える。

「体に気をつけてくださいね。倒れたりしたら、元も子もないですよ?」先生がそう言うと、町田は顔を上げて「はい」と答え、パソコンの撤収作業を始めた。


***


町田が入院したという連絡は、美緒さんから受け取った。


それは、冬休み明けを控えたある日の午後。新年の挨拶にやって来た九州の親戚から貰えたお年玉&遅くなった高校入学祝いを、何に使うべきか頭の中で計画していた真っ最中の事だった。


電話から聞こえてくる美緒さんの落ち着いた声は、大した事はないと言う。心配しないでねと何度も言う。俺は、返す言葉が無い。

過労と風邪で倒れただけなので、検査の結果何とも無ければすぐ退院だと言う。俺が呆然としてるのが、電話越しに美緒さんには伝わっていたのだろう。

「大丈夫、すぐに良くなるから、落ち着いて。ね、大丈夫だから」と、何度も言ってくれた。

お陰で冷静にはなれたが、次に自責の念が沸いた。「俺が煽ったから……」そんな言葉が喉から出たが、美緒さんは

「それは、良とあなた、二人での責任でもあるんだから、簡単に決め付けないであげて」と言ってくれた。

俺がようやく「わかりました」と言うと、美緒さんは安心したのか、退院のだいたいの日取りとかを教えてくれてから、電話を切った。

入院先の病院は、教えてもらえなかった。


町田とは、その一週間後に学校で会えた。何とか元気そうで、俺はひとまず安心した。放課後は勿論、美術部に向かうのだが、何となく会話が続かなかった。

準備室で、町田は倒れる直前まで作業していた最新版のゲームモジュールを起動した。俺は目を疑う。残っていた2キャラの基本動作が、すでに組み込まれていた。正確に言うと幾つかの絵は完成したドット絵ではなく、ラフ画をスキャンして縮小しただけの荒い画だったけど。

「これで、大分進んだと思ったんだけどね、結局一週間もロスしちゃった」

「お前…………ムチャすんなよ」

「ごめん」

「いや、俺の方こそ……悪いと思ってる」

「何で? 田村君は悪くないよ。僕がやりたいから無茶やって、自己管理できなかったから倒れた。それだけだよ」

「……なあ、でもこんなに急ぐことないだろ。今年できなくても、来年があるだろ?」

「ごめん」

「いや、謝んなくていいから」

「そうじゃないんだ……。ごめん。来年度は、無いんだ。僕の両親、この3月での帰国が決まったんだ」

「え…………?」

俺は、この春に町田と出会った時の会話を思い出していた。

(「……来年にはあっちの仕事も終わって完全撤収出来るらしいんだけどね。……念願の庭付き一軒家を一括で買えるだけのお金ができたからってさ」)


『念願の庭付き一軒家』それがこの市内や、県内だとは、町田は言わなかった。町田も、そのときは知らなかったのかもしれない。


「転校するんだ。……北海道だってさ」


……別れは突然訪れる。

それは、本当のことだった。


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