懲罰
「毛利刑務官」
自分の名前が呼ばれた。
「君がなぜこの場に呼ばれたか、分かるかね」
沈黙が流れる。目の前にいる所長はじっと私の方を見据えている。
「分かりません」
私は手を後ろに組み、姿勢を崩さずに答えた。
「君は、ある重大な規約違反を犯している」
所長が人差し指でコツコツと机を叩く。あれは所長が内心イライラしているときにする癖だ。
「分かるか?」
「分りません」
またもや沈黙が流れる。その間、部屋の換気扇の音がやけに大きく聞えた。しばらくの後、所長がため息をついた。
「ならよろしい、帰って業務を続けたまえ」
「はい」
所長室から解放された私は、狐につままれたような気持ちで帰りの廊下を歩いた。規約違反。それを言うだけで、それを伝えることのみのために、わざわざ呼び出したのだろうか。いや、何らかに違反していて呼び出しをするのは、至極真っ当なことだ。問題は、自分が一体何を違反しているのか所長が最後まで教えてくれなかった点にある。
時々、同僚の刑務官とすれ違う。互いに目は合わせる。だがそれ以上のことはしない。しかしその同僚の目つきに、何かいつもとは違う感情のこもっていることにようよう気付いてきたのは、三人目を過ぎた頃からである。
その目はいつも以上に何かを物語っている。好奇とも、憐憫とも、侮蔑ともつかない表情が、あまりあからさまではない程度にその目の上に表れている。これは原因を考えてみるまでもない。私が所長室に一人で呼ばれたことが、様々な憶測を呼んでいるのだろう。
通常所長室へは滅多に呼ばれることがない。あるとすれば、それはなにか極端に良いことか、もしくは極端に悪いことを告げられるときに限られていた。
「自分の場合は、まあ悪い方に入るのだろう」
私は長く薄暗い廊下を歩きながらこう考えた。しかしいくら考えても、自分が一体何に違反しているのか、あの所長の口ぶりからは一切見当がつかなかった。
あるいは通り過ぎる同僚が知っているのかもしれない。私は通りかかる同僚の肩を掴み、一切を聞き出したい思いに駆られた。だが、もし違反の内容を誰も知らないとしたら————。それこそは、滑稽というものだろう。自分の恥を宣伝して歩くようなことになってしまう。それもできなかった。
ともかく何事もなく、日々は過ぎていった。そのことが私をいっそう不安にさせた。
しかし、あまりにも何も知らされないことに耐えきれなくなった私は、ある日比較的会話をする同僚に話しかけ、何か知ってはいないかとたずねた。
「さあな」
同僚はそっけなく答えた。何も知らないようだった。
「ただ、お前は所長室に呼ばれたんだろう。そのこと自体が問題なんだ。何をしたかなんて、さしたる問題じゃない」
そう言って、同僚は行ってしまった。どうにも手掛かりは見つかりそうになかった。
「自分は、これからどうなるのだろう」
一人廊下を歩きながら、私は呟いた。
薄暗い廊下は私の足音を反響させ、静かさを一層強調していた。