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其ノ八 馴れた会話と声

 ルサナはハイバと共に獅子の霊獣に乗り、雲の中を下へと進んでいた。霊獣は自身の大きさ(サイズ)を変えることが可能であり、今は二人が乗っても十分なだけの規模に変じている。


 霊峰を降り、大地を目指す。


「そういえば、この大きな猫に名前は与えているの?」


「獅子だよ。霊獣の見分けもつかないのか」


 ルサナの言葉はふざけて放ったものではなかったが、ハイバにとっては看過できるものではなかったらしく、声色が少し尖っていた。


「この子が放つ精神の波長から、猫と似たものを感じたのよ。それにこの霊獣、貴方にとても似合ってる」


 ルサナは何の事はない、といった風に切り返していく。彼とはこれまで幾度となく言葉遊びに興じてきていたから、こうした会話は寧ろ慣れているのである。


「――? なんだ? お前今、話を誤魔化したのか?」


 ルサナが話を()()()()()()も、ハイバはしっかりと食らいついてくる。この生真面目さが本当にクセになる。


 出逢ってもう八年の時が経つともなれば――


「貴方は霊峰でも一番大きくて小さい猫だったでしょ。そんな貴方だから似合ってると言っているのよ」


「あー、成程。だからあの時、俺は此奴を連れてきたのか。やはり放っておけなかったんだな」


 ――会話の精度に拘らなくとも、不思議と意味が通じる瞬間は出てくるものだ。


「あの時って、もしかして霊感応の?」


 ハイバは頷き、こう続ける。


「あと少しで赫焉ノ龍に(まみ)えることが出来そうだった」


「ごめんなさい、私が邪魔をしてしまったのよね」


 ルサナの謝罪には、しかしハイバは柔らかく否定した。


「俺がそうだと思っただけで、実際の所は、世界の霊脈に漂う数多の残滓の一つに過ぎなかったかもしれない。近付けば寧ろ、掻き消えてしまっていたんじゃないかな」


「そう」


 ルサナは、ハイバの龍に逢いたいという夢に理解を示してはいない。それは彼にも伝えていることである。


 原初、世界は形定まらぬ混沌であったが、やがて滾る内部から膨大な霊力の化身たる赫焉ノ龍が生まれ、昇り、その飛翔と共に天空が生まれ、裂けた混沌からは大地が拡がっていった。


 天地の存在に依って世界は形を得たが、赫焉ノ龍は拡がった世界の中に在ることで初めてその身の孤独を悟り、哀しみ、慟哭し、その涙は雨となって世界を呑み込んだ。


 雨は、しかし世界に芽吹く命の温床ともなり、濡れた大地から神々が生まれ、神は世界に霊脈が巡る理を作り、霊脈の育みから数多の生物が誕生し世界を彩ったのだ。


 ……これが世界の成り立ちを示す伝承であるが、これにはすっぽりと抜け落ちてしまっている点が存在している。


「天地創造の果てに、龍は何処へと消えたのか。貴方はそれが気になって仕方ないのよね」


 ルサナは呆れ半分にハイバに問うた。好いた男の描く夢を馬鹿になどしたくはないが、それでもハイバが龍を目指す理由の、その余りの途方も無さがいけないのだった。


「彼の龍はたった一人の哀しみの中で、世界に多くの命を生み出したっていうのに、その龍がいつの間にか姿を消していて、誰からも慰めて貰えないなんてことになっている。そんなのあんまりじゃないか」


 いったい何処の女が大切な男の――伝承の龍の頭を優しく撫でてやりたい――などという夢を本気で応援するというのか。そんなことで自身の命を危険に晒せるというなら、その優しさはこの私にこそ向けてくれと、ルサナは心の底からそう思う。


 しかし。


 ()()()()()()()()()()()()()――神でさえ畏れ故に何も語ろうとせぬ龍のことを、彼はまるで友について語るかのようにする。


 そしてそういう時は決まって、その眼の煌めきが静かに増しているのだ。彼が龍へと思いを巡らせた時点で、感情の波が伝う精神の糸は既に切れ(キレ)て溢れているのだと、彼女は知ってしまってもいる。


 故に。


「そうね、あんまりよね」


 もう過去何度も、ハイバの龍語りには流し気味の相槌で返してきていた。えらいもので、過去何度も繰り返す内にハイバも()()()()()としてしまっている。


 ルサナは最終的には、この飽きすら内包して続くハイバとの繋がりそのものも、彼がくれるものの一つと捉え好んでいた。


「……胡霊が来てるな」


 真っ直ぐに前だけ見て言うハイバの後ろ姿を、ルサナは満足げに見つめる。彼との旅をこの先、広大な大地にて繰り広げられるのだと。


 ――ドグスドイ、だ。ルサナよ、下界では先ず神ドグスドイをその手で(くだ)せ――


「――ッ!」


 彼女の脳裏に、語り掛けてきた黎妙神アズヴィーラの声。


「聞いてるのかルサナ。俺達の真下から胡霊の気配がしているぞ」


 ハイバの言葉に、目一杯の意識を向ける。神の声は消える。


「大丈夫、直ぐに仕留めてみせるわ」


「いや俺がやる。お前は少し休め」


 ヘルメルスとの戦いの疲れを気遣っているのだと直ぐに理解するが、それはルサナに後ろめたさを生じさせることに繋がった。


 それでも――


「……任せる。そういえば、貴方の戦いを直に見るのは久し振りね」


 ――ハイバが持つ力の強さを、彼女は誰よりも信じていたのだ。

『一番辛い状況の中それでも一番めっちゃ頑張った奴に、例え近付くことそのものがヤバくても優しくしてやりてぇ』


ハイバのこの夢に魅力を感じるか否かは、これはもう各々の読者さんに委ねてます。神代も賛美が集まるものとして書いてなどはいませんので。


じゃあなんでそんな夢にしたのかと問われたら、それは、ハイバという男を『ルサナを救う為だけの装置』としてこの物語に据えることだけは絶対にするまい、と強くそう思っていたからです。


なので、彼の夢はあくまで彼だけの身勝手なものという側面が強く出るものとして劇中でも描いていますし、神代はルサナの人格も尊重しているから、彼女も普通に彼の夢には難色を示します。それが自然な展開だから。


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