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其ノ七 説得するに足る……

 ルサナの頼みに、ハイバは少し考えた後こう答えた。


「世界を直に見て回るのも悪くないし、お前の霊感の高さは俺の役にも立ってくれると思う」


 ――此奴(こいつ)は、俺のことが好きなんだよな。何故好きなのかは未だに分からないが――


 答えを言うまでに考える必要があったのは、ルサナのこの思慕の念に気付いているその上で、上手く一定の距離を置く回答を整える為だ。


「――! 貴方はきっとそう言ってくれると思っていたわ」


 これを迷い無く了解の意思だと汲み取ってきたルサナに、言葉選びの甲斐があったかは不明である。


「……私には、貴方達二人の関係が分かりません。今の若人は皆そのように開けっ広げなのですか?」


 ヘルメルスは最早頭を押さえて問うてきた。先程まで苛烈な戦いを繰り広げていたであろうルサナの態度の変化に、眩暈を起こしていたのかもしれない。


 当のルサナはここでは何も言わず、ただ此方(こちら)の横顔を見つめてくるのみ。


 ハイバはここではっきりルサナに視線を合わせたが、それでも彼女は何も言わず、あろうことか儚さという幻惑を纏って見せてきた。


 ハイバは()()()と睨み付けるようにする。……しかしやがて根負けし、ヘルメルスへの返答をすることにした。


「俺が親友から聞いた話では、自分の在り方に関して、他者と折り合いを付けることに()()()()()()が生じる奴は多いらしいです。特定の相手と密接な関係を結ぶかどうかという局面が訪れた際、互いによい着地点を見つけ出すのが難しく、その為に自ら対話に挑むのを放棄する選択を取りもするのだとか」


 ハイバは淡々としていて、感情に少しの波も生じない。強いていえば、やや退屈さを覚えていた位か。


「ハイバ、私は貴方の気に障ってしまったのかしら?」


 ヘルメルスが微かな困惑を見せた。きっと顔にも出してしまっていたのだろう。


「いえ。ただ、選択という言葉も便利に使えたものだなということを思って、其処に勝手に腹を立ててしまいました」


「巫女様、ハイバは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、其処に一人生真面目に疑念を抱いているだけなのです。ですから、どうかお気になさいませんよう」


 ルサナがハイバの気持ちの注釈を入れていたが、ハイバは今この場に於いては彼女の言うままにさせた。


 ヘルメルスは一瞬何かを言い掛けて止め、そして逡巡した後で言葉を紡いだ。


「いや、此処で()()()()()のは無理があるでしょう」


 そうかな?――とハイバは思う。あくまで他の同年代の者について問われたから自分の見解を伝えたまでに過ぎないと。


 好き嫌いの感情も抱きはするが、それを同年代であるというだけの相手に押し付け『だから変われ』と迫るなどは決してしないのだ。


 ただ。


「とにかくハイバ。貴方は自身とルサナの関係を特殊なものだと、そう認識していると捉えてよいのですね?」


 声色重く放たれたこのヘルメルスの問いには、軽い気持ちで臨むことが出来なかった。


「ハイバ、貴方は其処のルサナの事をどう思っているのです?」

 

 念を押す彼女に対し、ルサナの方が先に反応する。


「そのようなことは、誰かに問われて答えるものではありません」


 しかし――


「私はハイバに問うています。これは大切な質問です、何故ならこのルサナという存在は紛れも無くアスリルの未来に関係を持つからです」


 ――ヘルメルスの有無を言わせぬ表情が、ルサナの言葉を退けていく。


 ……ハイバは、此処で特に冷静に言葉を選ぶ。


「……俺を一番困らせる面倒な奴です。でも此奴(こいつ)と問答をしていると、俺の中の世界が、俺一人で考えるのとは異なる拡がり方を見せるんです。矛盾を孕んでいると自覚はしてますが、此奴は鬱陶しい奴でも、此奴の刺激が生じさせる俺の精神世界は不思議と悪いものじゃない」


 ゆっくりと、しかし真っ直ぐと見据えてそう語った。


「だから、此奴の存在が消えてしまうことには一抹の寂しさを覚えます」


 ハイバはそこで話を締め括り、後はヘルメルスの受け取り方に任せるままにしたのだ。


 一つ深い溜息が目の前で起こり、そして……。


「いつでも本気、ということですか。今のアスリルでも、まこと希少な存在よね」


 熟れた野生のオーラが瞳に纏い、強き声の()が放たれる。


「ハイバ、貴方にこの霊妙神の寵姫を託します。二人で、下界に降りなさい!」


「巫女様……!」


 ヘルメルスの言葉に、ルサナが驚きの声を上げた。これは巫女である彼女にとって、明らかに自ら神を背信する言葉だったからだ。


 だがヘルメルスは、こうも続ける。


「ルサナ、しかし覚悟しておきなさい。彼の神の御意思はきっと貴女を掴んで放さないでしょう。或いは貴女にとって、早くに神と一つになっていた方が幸福であったと、そう思い知る事にもなり兼ねないのですよ」


 彼女の言葉には、忌みの感情ではなく、寧ろルサナを思う気持ちが深く籠められていた。


 ルサナはそれを理解したのだろう。心静かに、その言葉を胸に刻むようにしている。


 その上で、こう言い切ってくる。


「私は何処までも、彼の神には抗い続けるつもりです。例え未来が絶望に(くら)かったとしても、それは望むところというものですわ」


 それはルサナという女の、信念の言葉だった。


 ハイバは黙した。ここで何か言葉を被せるのは無粋であると理解したからである。


 彼女の意思を受けたヘルメルスが、張り詰めた表情を解き、ふと笑い掛ける。


「私はもう、貴女達と同じような無軌道な振舞いをすることは出来ません。しかしだからこそ、道なき道を往く若人を送り出す者になってみたいと思います」


「……きっとそれは、よい御年の召され方でありましょう。ヘルメルス様」


 ルサナの、絞り出されたその切り返しは、されど一切の棘は無く。優しく掌を、ヘルメルスの心がある場所へと(かざ)していた。


「貴女のような大変に手の掛かる()を頂いて、私の人生でもこの二十二年は、本当に甲斐のあるものでしたよ」


 ヘルメルスは呆れた仕草を取りつつも、感じ入るようにそう返したのだった。

雨降って地固まりました。決め手は、ハイバがびっくりする位言葉を取り繕わなかったことですね。


この作品では、説法を説く的な要素も入れています。


これはファンタジー作品なのでリアルの神や仏の教えとは切り離して捉えて欲しいんですけど、


所謂、人同士の俗世間的な範疇に会話を収めようと動くのは、彼らの神の眷族という出自を鑑みた際、逆に無理筋なんですよ。


だから時には『説こうとする』行為が、彼らの中で重要になる。『説くこと』が最終目標ではないから、説けない場合は普通に決別もしますけど。


説得に先ずは耳を貸せた巫女様も実はかなりナイスでした!


※ルサナはハイバへの距離感を至極真っ当なものと考えています。よっぽど自信があるんですね


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