其ノ二十四 信仰、信念、信頼
ラスフェリ達四人はドグスドイの里に向かうべく、フィリットの町を出ようとしていた。
だがそこに一組の男女が立ち塞がる。
「あらっ、アタシらに何か用かなー?」
「俺達は、昨日お前達の仲間に連れ去られたアディンの親だ!」
男の方が叫ぶ。成程、この二人は夫婦という訳だ。
「そーなんだ。その節はアンタらの息子さんがアタシの手を短剣で刺してくださりと、お世話になりましたー」
夫婦に向け悪びれず、軽薄な調子で言い放つ。ラスフェリは冷静に、彼らの此方に対する憎しみの念を捉え、そしてそれを煽ったのである。
「それはあなた達がこの町を襲ってきたからでしょう! 子供に、あんな危ない事をさせてっ!」
彼女の挑発に乗せられた妻が、激昂の感情をぶつけてきた。
「へえ、見てたんだー。助けには入ってこなかったみたいだけどねー」
ラスフェリが返した言葉に、妻は押し黙る。
「あの子はまだ小さいんだ! だのに二度も争いに巻き込みやがって!」
夫が――恐らくは慌てて――捲し立てるように放った言葉。これには、レギが反応する。
「二度ってのは、二日前彼奴が俺らに切れてきた事も入ってんのかぁ? 何手前らの都合の良いように記憶を捻じ曲げてんだよ、あの時俺らは彼奴には手を出してねえだろうが」
レギが眉間に皺を寄せて前に出ようとしたが、ラスフェリは、それを制するのだった。
「ここはアタシに行かせてくださいな。ハイバにーさん達も、どーか頼みますー」
レギが「お前は、本当に痛めつけたりはしてなかった」と憤りの中で言ったが、それにはただ「分かってますから」とだけ返す。彼の思いに感謝しながら。
ハイバ達は特に何も言わなかった。やらせてくれるということだと、ラスフェリはそう受け取った。
「ありがとーごっざいまーす」開いた手の指をこめかみに添える所作で微笑み返し、夫婦に向き直る。
「何か話があって来たんでしょー。早く言いなよ」
最後、声色を沈めてみせた。脅しではない、『この先自分が言った言葉には責任が伴うぞ』と覚悟を促したのだ。
「お前達が来た事で、あの妖術師は現れたんだろうが。その所為でアディンは酷い目に遭った、そう思ったらもう我慢出来なくなったんだよっ!」
「あの子が苦しむ原因を作ったあなた達が、大したお咎めも受けないままこの町を出るなんて、そんなの許せないのよっ!」
ラスフェリは鼻で笑う。
「で、アンタらはどーしたいのさ」
「なっ」呆気に取られる夫婦だったが、彼女は尚も言葉を重ねていった。
「アンタらが今言ったのは、自分達はこー感じたっていう気持ちでしょ? 気持ちはさー、アンタらの勝手にしたらいーだけの話じゃん」
肝心なのは、アンタらがアタシをどーしたいのかっていう行動の方だよね――深く差し込むような口調で、そう告げた。
謝罪させたい? 棒で打ち据えたい? それとも命を奪いたい? 幾つか想像出来たが、此方からは言わない。相手が自分の口から真に望んでいることを言ってこなければ、この会話に意味など無いからだ。
「――くっ! 此奴恥ずかしげも無く言いやがって!」
「この町の人達に対して済まないとか、そういう気持ちにはならないの!?」
「町の人達? アンタら二人がこの町の代表みたいな言い方してるねぇー」
ラスフェリは周囲を見遣る仕草をしてみせる。民衆は今この場のやり取りを見守っていたが、しかしその表情は、夫婦を応援している風には見えなかった。
付かず離れず、されど『余計なことはしてくれるな』と願っているかのような、そんな顔だ。
「関係無い人らを巻き込むのは良くないよー。自分ら二人の怒りだけじゃアタシを抑え込める力が足りないって踏んだんだろーけどさ、だからって大人数が自分達に同調してるなんて嘯くのは悪手ってやつさ」
その言葉は、真を突いていたのだろう。息巻くようにしていた夫婦が、言葉に詰まっていたのだから。
「……は、ハイバ様、それにルサナ様もっ、どうかこの悪辣な娘に罰を与えてくださいっ」
言うに事を欠いて、己の感情の主導権すら他者であるハイバ達に委ねようとする夫婦。
――この人ら結局、何しに出てきたんだろーなー。アタシまだ、どーしたいかの行動の部分も聞かせて貰ってないんだけどねぇー……――
ラスフェリには、最早飽きれの感情しか無かった。しかし、ハイバ達が考えを語るのは決して邪魔はするまい、と自身の立場を弁えてもいた。
ハイバは。
「断る」
短く息を吐きそう答えた。
「な、何故っ!?」夫婦は驚愕に打ち震えている。
「このラスフェリがお前達の心を見て会話を続けているからだ。話の筋を捻じ曲げようとしているのでも無い。ならばお前達も存分に、自身の主張をしてみせればいいだけの事。俺が手出しをする理由は無い」
――さっすがハイバにーさんだよー――ラスフェリは彼の言葉に、此方の心根を見て判断しようとしてくれている姿勢に感嘆した。
その上で。この夫婦に対し、一番言ってやりたいことを口にする。
「要するにさ、アンタらには自分らを支える信念ってのが無いんだよ。だから行動することの、自身に圧し掛かる責任を背負い込むことさえ出来やしない。そんな人ら相手には、アタシだって簡単に折れてやる訳にはいかないんだ」
ラスフェリは、気丈な面持ちでそう告げていた。夫婦をやり込めようという意思は無く、ただ、誰かと相対するのであれば、其処には覚悟が伴わなければならないのだと示す為に。
勝つにせよ、負けるにせよ、最後の時まで他の誰でもない己として立ち続ける覚悟を。
夫婦は、心折れたようだった。「ぎ、ぎょぅ……」と凡そ人とは思えない奇声を上げたが、その直後、憑き物が落ちたような表情となっていた。
……ルサナが、ふと夫婦に尋ねた。
「一つ聞いていいかしら。貴方達夫婦にとって、己が信じる神というものは存在しているの?」
穏やかな雰囲気で放たれた問い。ハイバが彼女を見遣ったが、ルサナは軽く微笑みで以て返していた。
ラスフェリには、それが『心配しないで』と優しく彼に告げているように見えた。
「か、神、ですか?」
「ええ。是非とも、教えて欲しいわ」
穏やかに、人らしく、されど人らしく在るが故の、有無を言わせぬ暗黙の威圧。表には出さぬそれは、幽玄とした佇まいで大気に放つ圧力とはまた違う凄みを齎せる。
「ぐ、ぐむぅ……そ、そんなものは御座いません。俺達は、神などという別次元のものとは、え、縁が無いんです……」
夫が、動揺した様子で答えている。それはルサナの、一人の人間としてのルサナの気勢に吞まれてしまっているが故だ。
「そう。高次の存在に思いを馳せぬというのは、世界に向けての畏怖の念を、学ばずにいる事。それが良い事か悪い事かは私にも分からない。ただ、それであるなら、己が何を信ずるのかは己で定めなくてはならないと思う」
歩き出し、ラスフェリよりも前に位置したルサナが、夫婦と真っ直ぐに向き合っている。
「う、うう……」妻もまた、震えていた。
二日前には強大な霊気の波動を町中に放っていたルサナだが、霊気を出さずとも、彼女という存在の力は大きかったのだ。
――ほんっとーに、強いおねーさんだなー――
ラスフェリは、心の中でそれを認めていた。
「貴方達夫婦は、あのアディンの事をどれだけ信じていたかしら? 彼もまた一人の人間、例え幼いとて自身の行動を、きっと自分の心で決めていた筈。それをどれだけ見定めることが出来ていた?」
夫婦に説いて聞かせるルサナ。その言葉は重く、されど澄んだものだと感じられる。
「私はあの子を助けに行くわ。助けられるかは分からないし、貴方達に約束もしないけど、けれど……」
枯れた土に微かに水が染み出るような、そんな強さで、彼女が語る。
「アディンという存在の事を、しかと心で感じてあげて。きっとそれが、正しさという観念に寄り添う視野を貴方達に齎す筈だから」
夫婦は最早、物言わぬ状態であったが。
しかし最後に「はい……」と応えたのだった。
ルサナの後ろ姿を、ハイバとレギが見つめている。
「凄えな、あの人」
「ああ、俺もそう思う」
――アタシもだよー――
ラスフェリは一人微笑み、或る一つの目標を心に生じさせたのだった。
神代的にめっちゃお気に入りの回になったかもしれません!
これまで積み立ててきた、この作品で取り扱ってる観念を一つ形に出来たような、
そういう充足感がある回なんです。正しく今回のサブタイトルに集約されてる観念です。
達観した神的な思考と、エモーショナルな人の思考。その狭間を垣間見るってのが、この物語のテーマの片割れですが(もう一つは? 決まってんでしょ、愛です!)、
今回ラスフェリとルサナの両名が見せた観念は、常人のそれに比べると、可哀想さに寄り添うものでは無く、
見る人によっては辛さも伴う、ドラスティックな賢さが内在するものになっていたかと思います。『理解は出来る、けど納得出来るかはちょっと持ち帰って、家で考えさせて』位の塩梅でそうなってるかなと。
……人が信じるに足るものとはどれ程のものぞ、そういったことを測る尺度の一つとして、この作品では神や説法という概念を取り扱っていますが、
神代的には、やっぱめっちゃ繊細にやらなきゃいけないよなっていうことを思ってます。
安易に『人は人同士で優しく痛み無く繋がる事が重要で、時に厳しくもある神や説法など要らん!』とする訳にもいかないし(なら最初から神なんて出すなって話でね)、
それもあるから、主人公に当たるハイバとルサナの言うことであっても、民衆に対し単に優しいだけのものにはしていません。優しさと厳しさを表裏一体のものとして描いています。
(これはスイートよりビターの方が展開として好きとかいう事では無く、真面目にこの作品のテーマに取り組んだら自ずとそうなった、ということです)
読者さんも、もし『一回持ち帰らせて』という描写に当たった場合は、
正しさという観念に寄り添う視野であれこれ考えて、それがご自身の糧になりそうだったら糧にしてみてください(可能な限りの謙虚姿勢)(いやそらもう、読んで貰えてるってだけでも有り難い話ですぜへへへ(手揉み手揉み))
最後に。
「ぎょぅ……」この台詞、神代は真面目に大分好きです。一発で『あ、やっぱコイツ様子がおかしかったんだな』と分かるので。
説いて聞かせる事の対比として出てくる言葉であり、弱き者がその弱さを嘆く行為をも作中で過剰に持ち上げさせない事へと、繋げられますからね。
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