其ノ二十三 四つ巴に組む者達
ハイバはレギ達に、昨日起きた妖術師サザベクとの一幕を話した。
「サザベクか、婆がしゃしゃり出やがって。それにあの子供を攫っていっただと?」
子供――アディンの事である。
「どういう奴なんだ? 戦ってみて、かなりの手練れであるのは分かったが」
最終的には此方が勝ったが、決して侮れない相手だったとハイバは思う。
あの黒蛇の霊威が有する力の鋭さ、ルサナの霊破掌を耐え切る護りの厚さ。瞬時に戦法を土塊操術に切り替える機転の良さなどは、間違い無く強敵の部類である。
「或る時ふらっと里に流れ着いてきた、元気なばーさんでねー。薬とか作れたりするから、大人達も受け入れてんの」
レギの後ろに控えるようにしていたラスフェリが、微笑み掛けるようにして言ってきた。
「おいラスフェリ、勝手に話してんじゃねえよ」
「アタシはハイバにーさんと話してるんですよ。お頭だって好きにしろって言ったじゃないですかー」
ハイバは二人の棘のあるやり取りに、若干の違和感を覚える。
「喧嘩をするな。これからの旅はお前達が先導となるのに、いがみ合われては先行きが不安だ」
ルサナも彼に続く。
「そうよ。何か言いたいことが有るというなら、それはきちんとお互い言い合わないといけないわ」
そう言い放つ彼女だったが、微かに浮かない様子でもあった。それは自分の所為でもあると自覚するハイバではあったが、それでも――
「此奴の言う通りだ。せめて旅に支障が出ないようにしろよ」
――と、表情を動かさずに言い切ったのだった。
「お、お前らの雰囲気も変に見えるんだが、俺の気の所為ってことでいいか?」
レギが様子見している風な尋ね方をしてきたが、それにも堂々「俺には何のことを言ってるのかさえ分からん」と、完全に彼の懸念を遮断してみせる。
……自分とルサナの問題に関して、ハイバは決して目を背けたりはしていない。
彼女に『他者から畏怖の念ではなく、敬愛の気持ちで迎えられるようになれ』と言った事。それで彼女に無理を強いていた事を、重く受け止めてはいる。
しかし、だからといって直ぐに『あの言葉は無かったものにしてくれ』と覆すのは、それこそルサナの意思を尊重せぬ一方的な行為に当たると、一晩掛けてそう思い直したのだ。
彼にとってはただ無理をしてるように見えたことでも、彼女にとってはきっと、初めて頑張ろうと自身で取り組んだことなのだから。
故に今はまだ、彼女を見守ろうと決意したのである。
ルサナが浮かない顔をしているのは、彼女自身の心が、己の迂闊さでアディンを拐かされたと、そんな自分を許せないと憤りを感じているからだ。彼女のその気持ちも、ハイバは無いものとはせず受け止めている。
レギとラスフェリの両腕に施していた、拘束具を外してやった。
「ふぅ、これで背中が痒くても壁に擦りつけずに済むぜ」
「頼んでくれたら、アタシが掻いてあげたのにさ。アタシがお頭にして貰ったみたいにねー」
「掻き合いっこなんて、そんなのなんか子供みてぇだろうが」
「アタシは寧ろ大人っぽくていいと思いますけど?」
「言ってることは分からなくはないが、それを他人が聞いている場で言い触らしているのは、どちらかといえば子供の仕草だな」
最後の言葉はハイバが放ったものだ。彼は落ち着き払い、レギを挑発するラスフェリを諫めていた。
彼女は「あらっ?」と目を丸くするが、気を悪くした風では無い。寧ろ愉しげな面持ちで、ハイバへと身体を近付けていった。
ルサナの眉がぴくりと動いて、短く「やめなさい」とだけ告げたが。
「じゃあハイバにーさんが、アタシに大人の女ってのを教えてくれますー?」
当のラスフェリはまるで気にせず、更に間近に迫るのだった。
レギは特に気にする風でも無く、彼女の好きにさせている。
ハイバは見抜く――此奴、この女を俺に押し付けて肩の荷を降ろそうという腹積もりか――と。
この二人の男女間感情に何か縺れがあったとしても、其処にわざわざ立ち入ろうとする酔狂さを、彼は持ち合わせていない。
「無理だな。俺もまだ道半ば、だ」
素面で言い切る。
「――っ! ハイバにーさん、すっごく優雅っ!」
ラスフェリが何やら目を輝かせていたが、無論ハイバは何の意図も持ってはいない。
もう堪らぬといった風で彼女が腕を絡めて来ようとしたが、それに対しては――
「ひぇぶっ!?」
――無言でその顔面に裏拳を撃ち込むことで、防御してみせたのだった。
「気安さが身体を通じて伝搬してくるのが嫌なんだ。だから俺に触れるな」理由を説明してやる。
ルサナが瞳を閉じて、幽玄に語った。
「だからやめろと言ったのよ。私でさえこの人の身体に触れることを赦されぬのに、貴女如きにそれが叶う道理がある筈無いでしょう」
その言葉にハイバは、彼女が此方に向ける、或る種の絶大な信頼をひしひしと感じた。最早慣れたものとして。
ただ、ルサナは「けれども……」と続ける。
「この人に好感を抱き、その想いを言葉で紡ごうとする行為は、私が赦しましょう。この人が、ハイバが想い焦がれるに足る人として世界に在ってくれるのは、私にとっても嬉しい事だから」
瞼を開き、仄かな、されど温かい熱――人間の女としての心の熱――が湛えられた表情で語った彼女……。その柔らかな姿にハイバは……。
――此奴、ここまで俺のことが好きだったのか……。言葉に出されなければ、分からなかった……――
初めて彼女の想いを、彼を彼たらしめる心の中心で受けたのだ。とても温かなそれを。
「――くぅっ。にーさんって蹴りもそうだったけど、拳もがつんと心に来るなぁー」
ラスフェリが涙目でそう宣い。
「おい、少し上向いてろ。鼻血が服に付くぞ」
レギが呆れた顔をしながら、彼女の顎を手で持ち上げてやっていた。
四人それぞれに考え方の個性がある、というのを改めて押し出した回でした。
(わちゃわちゃ展開。神代はこういうのも結構、書くの好きです)
前々回でハイバとルサナに『何か上手くいかない……』という苦悩が生じはしましたが、
元来、男女間感情はそうした縺れも混みで進展していくものだと思いますので、
この先も温かく見守ってみてくださいませ!
……レギとラスフェリは、なんか微笑ましい感じで今後に続きますよー
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