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其ノ十九 激昂の裏

 ルサナは激しい形相で、霊気の防護壁に阻まれた黒蛇を睨みつけた。


 その正体を、禍々しき波長を纏った霊威であると見抜く。純粋な霊獣では無い、何か作為的な力で在り方を歪められた、性質としては胡霊に近いものであると。


 ルサナは黒蛇の身体を、弾ける霊気を纏うその手で掴む。


「我が魂への愚弄、決して許さぬッ!」


 頭部を、強き力で締め上げる。彼女の手から迸る霊気と、黒蛇の禍々しい気とが、激しくぶつかって爆ぜる。


 脳裏に黎妙神アズヴィーラの声が響く。


 ――これは最早霊獣では無く、邪霊と呼称されるべき存在だ。神の時代の後、人同士の争いの時代が訪れたが、過剰な力を欲した者らは神が伝えた霊術の規範を外れ、自らの(よこしま)さを体現する妖術を編み出した――


 ――本来自然と共にある筈の霊術を、より相手を苦しめる力とする為に歪めた? 人が? まったく度し難いわね!――


 この純然な怒りの感情は、紛うこと無きルサナ自身のそれである。神の分身としてでは無く、人として、同じ人の忌むべき所業に心奮わせていたのだ。


 アズヴィーラは、その霊気への冒涜とも言うべき妖術に対し……本来は無垢たる霊威であった筈の黒蛇が内包する哀しさに対し、怒りも、憐憫(れんびん)の情も持たない。


 此奴(こいつ)とは、この神とは、決して相容れぬとルサナは断じる!


 彼の神はルサナの脳裏に語る。


 ――お前の感情は純真で美しいな。それでこそ、私が宿るに相応しいぞ――


 ――貴様のッ! 思い通りにはならぬッ!!――


 ルサナは神の意思に激昂した。最早、目下の脅威である黒衣の妖術師の事は認知から外れる程に、ただ、神のみに。


 神を狙って穿つ意識で、強大な霊破掌を眼前の禍人まがつひとに放つ。霊気は黒蛇を一瞬で呑み込み、そのまま(よこしま)なる禍人――ルサナの認知を外れた妖術師――を浄化せんとした。


 その素顔を隠していた頭巾(フード)が吹き飛ぶ。


 ※


 ルサナの霊破掌が黒衣の妖術師を穿つ中、ハイバは、彼女の初動の遅れに戸惑いを覚えていた。


 ――ルサナが即座に反応出来なかった……?――


 あのアディン少年が放った、此方(こちら)に危険を知らせる声。あの時確かに、彼よりも彼女の反応は遅れていたのだ。


 彼女が今反撃に転じているのは、結果に過ぎない。最初に黒蛇の霊威がルサナを襲った時、下手をすれば命に係わる痛手(ダメージ)を負っていたかもしれないと、ハイバは肝を冷やしたのだから。


 だがそれ以上に、彼の心は吸い寄せられる。


 霊破掌の光の照り返しを受けて、より鮮明に映った彼女の顔に、表情に。


 何故なら。


 激しく怒っている筈の彼女の()()が、ハイバには、酷く怯えを纏ったものに見えたから。


 ――ルサナの心が、小さく震えている?――


 ……相反する二つの感情。だがこれは、彼だけが気付き得る事実であった。


 この女は、時に果てしなく無遠慮に、俺の心を搔き乱す。()()けてこようとする。それ故に、このルサナが強引に心を近付けてくるが故に、俺には此奴の心の形がはっきりと分かるのだ。


 そして、震える彼女の心から感知する。黎妙神の存在を。意思は感じぬ、声も聴こえぬ、だがそんな事は彼の知った事では無かった。


 ――お前か。この女に、ルサナに、こんな辛そうな顔をさせているのは!――


 霊破掌を撃ち終えたルサナに、無意識的に「俺が行く」と伝えていた。


「ハイバ……」


 過度に力を放出し、(くずお)()ける彼女の、小さな声。返事は待たず、ハイバは黒衣の妖術師に駆け出した。


 頭巾が取れた妖術師は、白髪の老婆の素顔を露わにしていた。()()()()と見開かれた目は、しかし強き生気を漲らせている。


 自身に霊気の障壁を張り、ルサナのあの霊破掌を堪え切ってみせたのだ。それだけで強者であると分かる。


「くぅっ、仕留め損なうとはのう」


 妖術師は吐き捨てるように言いながら、ハイバに向けて霊気弾を撃つ。


 ハイバは避けず、防がず、激突するかに見えた刹那、左手に現した片刃剣でそれを斬った。


「なぁんじゃとうッ!?」


 驚愕する妖術師。ハイバは構わず突き進む。


 霊気を斬るなどという行為は、生半可な技量で出来る芸当では無い。


 霊気の性質を見切る心眼。剣に己の気を乗せて斬る為の、一切の力を霧散させぬ呼吸を操る(たい)の力。それらが揃い初めて可能となる技の領域。


 ハイバは短く息を吹いた。


 今のハイバには『斬れる』という確信が有った。何故そう感じたかについての、思考を巡らせることはしなかった。


 ただ一心に。


 ――ルサナとこの妖術師を、これ以上は僅かであろうと接触はさせん――


 ルサナをあの怯えの感情から守護(まも)りたい、その思いだけで動いていた。

ルサナとハイバの、感情の昂ぶり。そしてその裏側にある、思い。


特にハイバのそれがここまで多めに出たのは、今回が初めてですね。


今回二人は直の会話を一切交わしていないんですが、それ故に、所謂ハイバからルサナに向けての矢印というものが垣間見れた回になりました。


アズヴィーラの存在の輪郭も、少しずつですが出てきています。


そして、老婆の妖術師もこれまたアクが強そうです!


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