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其ノ十八 二人のひと時。二人の違い

 時刻が朝から昼に差し掛かった頃。


 ルサナはハイバとの町歩きを、そのゆったりと流れる時間を楽しんでいた。


 レギ達から幇陀神の信徒が集う里の事を聞いた後、二人はこの先の旅路に役立つ道具があれば良しとして、フィリットの商店街へ出向いていたのである。


 雑貨屋では――


「霊力を封入する用の護符などは無いの?」


「わ、私どもは霊気というものには()()()縁が無くて……」


「干した薬草なんかはどうだ? うん、どうやら有りそうだな」


「あら良いわね。煎じてお茶にしたら素敵」


「店主、大人二人……いや四人が飲んで三日は保つだけの量を見繕ってくれ」


「は、はい。毎度有難う御座います」


 ――その目利きで店内で最高品質の薬草を入手。


 食料屋では――


「魚の干物を四枚くれ。ここぞという時の御馳走に使わせて貰う」


「ハイバ、そこまでの施しをあの二人に与える必要は無いと思うけど」


「これはあいつらの里への旅路とは関係無く、今後の俺達の愉しみに充てる用だ」


「そっか。私は一枚でいいから貴方は三枚食べて」


「いいのか? それは心が弾む思いだ」


 ――獣の肉と違い、野生のものを獲るのに難儀する魚をハイバが多めに獲得。


 服屋では――


「こ、これが今の時代の地上の縫製(ほうせい)技術なの!? 見た目が華やか、手触りも良い!」


 ――神の分身たるルサナが新しい下着を、神々しいものを見る目で見つめ、即決で購入を果たす。尚この時ハイバは『その買い物には付き合えん』と店の外で待っていた。


 買い物が終わって、歩き疲れから少し気持ちが緩んできた頃。


 全体的な成果としては、()()()()という所であった。


 俗っぽい品にはお互い興味が無いし(ルサナにとって下着だけは勝負事のように真剣だったが)、本当は護符など霊気を通わせる触媒が在れば良かったのだが、それも品質に目を瞑って(ようや)く僅かに手に入ったのみ。


 今後の旅は少しばかり厳しいものになるかもしれない、そういう予感が生じていく。


 それでもハイバと共に見知らぬ店を巡る行為そのものが、ルサナの心には大きな潤いとなっていた。


 初めて訪れた土地、其処で見るもの。


 玉石混交とはよく言ったものだが、その品質を自らの目で見て手で触れ確かめる作業というのは、存外にそれ自体が楽しいものだったのである。


 この楽しい時を一人きりでは無く、好いた男と共有出来た。こんな幸せは他に知らぬと、ルサナはそう言い切れる。


「思っていた以上に大した品が無かったな。これも時代の変化ってやつの影響なのか」


 当のハイバは、彼女の心が躍る在り様に気が付いていないようであったが、別に怒りなどはしない。


 買い物での彼との触れ合いは秘め事の様なもの。それを自身の心の糧に出来れば良いのだ。


「今は多くの神が姿を隠すか、世界に悪意為す禍神(まがつかみ)と化してしまっている……。霊脈の力を教え伝える存在が居なければ、人がそれを操る術を忘れてしまうのも無理からぬこと」


 なんだかやり切れないわね――ルサナはその言葉を、ハイバへの返しの()めとした。


 本来はこのルサナこそが己の身に、世界で最高格に位置する黎妙神アズヴィーラを降臨させ、その威光で以て人々を救う運命だった。


 だが彼女はその言葉を口にした時、全く悪びれはしなかった。罪悪感など露ほども無かった。


 ルサナは思う。私は私として考え、痛みを負い、この心身を削ってこの世に生きている、と。


 ルサナは他者の生き方そのものに口を挟まない。その者はその者の痛みの末にその者だけの人生を歩んでいるのだから、その思いそのものを理不尽に捻じ曲げたりしようなどとは決して思わない。


 同様に、彼女の人生で彼女が何を尊ぶかは彼女自身が決める。その点に於いて、彼女は誰にも邪魔はさせないと強く思い結んでいる。


 ルサナの、そんな思いを余所に、ハイバがふと語っていく。


「神が教え導かなくなったとしても、それで霊脈そのものがこの世から消える訳じゃない。胡霊や禍神に対抗する術は、例え細くとも人の間に受け継がれている筈だ。もしそれすらも無いようなら、既に人という種は世界から見て、淘汰される対象にまで堕ちてしまっているんだろう」


 それは、ルサナの(げん)以上に冷淡に聞こえる言葉であった。


 しかし、ルサナは彼のそんな言葉に温かみを感じていた


 ルサナの思考は苛烈だが、それは――神は神、人は人、自分は自分――というように、それぞれに違いがあることを認めている思考である。


 だがハイバの思考は、世界を基軸として、(あまね)く全ての存在が繋がりを有していると、その見えざる糸が彼には()えているかのようにして語られるのだ。


 其処に存在する、口調の温かみをルサナはずっと前から知っている。


 故に、達観し、世界のあらゆるものから距離を置いているようにも受け取られる彼の眼は――


「ハイバ、今とっても優しい眼をしてる」


 ――ルサナには大きな拠り所として、信じるに足る強き眼差しとして映るのであった。


「えっ」彼が意外だという表情を向けるが、それでも。


「だからこそ、俺が何とかしてやらなきゃなっていう――そんなこと考えてそうな眼なのよ」


 半ば無意識的に、優しげな表情となって、ルサナは告げた。


「いや、違うさ。俺は――自分の未成熟さを棚に上げ馬鹿な真似を仕出かす奴らが現れた時は、全員真正面から()()()()()()()()――って、そう思っていたんだぞ?」


 ハイバは無気(ムキ)になって否定してる、という風でも無かった。かといって彼の言う愚かな者達のことを、疎ましげにしてもいなかった。


 ルサナが、微笑む。


「思いが行き所を無くして暴走をして、誰にも手が付けられない。もしそうなってしまっても、貴方に真っ向から怒って貰えるのなら、その者達はきっと幸せだわ。放っておかれたままでは無い、ということだもの」


 ルサナは、ハイバの物の考え方が自分のそれとは異なる角度を有していることを理解している。


 そこに彼女は安心を得るのである。心を重ねられれば、二人分の大きな心となれるようだから。


 そっと、彼の心に寄り添う。


 故に。


「ルサナさん危ないッ!!」


 遠くから飛んできたその少年の言葉に、ルサナは即座に反応することが出来なかったのである。


「後ろだルサナッ!」


 ハイバからの咄嗟の助言で、(ようや)く自身に迫る危機を察したが――もう遅い。


 黒蛇を象った霊威が彼女を襲う。背中から心臓の位置、その一点を食い破らんとする勢い。


 だが刹那。


「くっ!?」


 強大な霊気の防護壁がルサナの背後に展開して黒蛇を阻んでいた……。


 ――妖術の類が神に通る筈が無い。そうだろう、ルサナよ――


 あの声が、黎妙神アズヴィーラの声が、ルサナだけにしか届かない声が、脳裏に響く。


 ――だ、まれッ!!


 屈辱と怒り、選りに選って最も手助けされたくない相手に命を救われた事実に、彼女の心は激しく憤るのだった。

ハイバとルサナのデート回、でした。


こういうシーンは、なるべく多く入れたいですね。ここ最近で登場人物が増えてきましたが、


この物語の主軸は、やはりこの二人ですので!


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