其ノ十七 アディンの一歩
フィリットの町、今は昼――。
少年アディンは一人、当て所も無く歩いていた。
「はぁ……」昨日起きた町の危機、そしてその中で自分がした行動を思い返し、溜息を吐く。
――俺、間違ってたのかなぁ――
自分はただ、暴徒から蹂躙される町の皆の為に怒り、反抗の意思を示しただけだった。
なのにその町衆から余計な事をするなと疎まれてしまうなどとは、思いもしなかったのである。
周りを見渡す。昨日あれだけの事があったのに、皆もう普段と変わらない暮らしに戻っている。
自分達で解決した訳でもないのに、あのとても強い来訪者の二人――ハイバとルサナというらしい――が解決してくれたに過ぎないというのに。
その彼らが町を去ったら、その後はどうやって外敵の侵入を阻むつもりなのか。そういうことを考えはしないのか。
「取り敢えず、ハイバさん達に謝ってこようかな」
色々考えた末にアディンは、現状一番話が出来そうなのは彼らっぽいと判断した。此方の意見を取り入れてくれるかどうかは分からないが、少なくとも話す事そのものをあの二人は拒絶しない……そんな気がしたのである。
ただ一つ問題なのは、どうやら彼らはこの町よりも、暴徒の主犯格であるあのレギとラスフェリの方に関心が有りそうだということ。
渋る町の大人から聞き出したのだが、彼らは朝早々にレギらの捕らわれている――皆は客人扱いと言っているが、あの密室に鍵付きで入っているのはどう考えてもそうだろう――部屋に赴いたのだという。
流石にその場に行くのは許されないが、時間的にもう話は終わって、二人は町の何処かを歩いていたりはしないだろうか?
淡い期待を胸に、改めて昨日の二人の様相を脳裏に浮かべる。
「……あのルサナさん、尋常じゃない位怖かったんだよなぁ。何とかしてハイバさんの方とだけ話が出来ないもんかな」
やや小狡いことを考えるアディン。だが自らの内にある畏怖をしっかりと受け止めている辺り、その性根そのものはまだ見るべき所があるだろう。
子供でありながら痛い思いをした経験に依って、自身の小ささを顧みることが出来るというのは立派なものだ。
大切なのは其処から変に捻くれてしまわぬよう、先達が教え諭してやること。だがこれが狙ってやれるようなことではなく、まこと人が健やかに育つというのは難しいものである。
――大人達は逆らうなって言うだけで、俺の意見に耳を貸してくれすらしない。あの暴徒らが怖くて怯えながら言うならまだ分かるけど、まるで逆らわないことが正しいことみたいに、逆らわない自分達は偉いんだとばかりにふんぞり返ってるから性質が悪い――
アディンには、町の大人のことがこう見えている。
暴徒を前にしては本気で怖がっているのに、目の前から消えれば『あれは相手をやり過ごす為の術だったのだ。どうだ、暴徒をやり過ごした俺達は凄いだろう』と、自らの恐怖を嘘にして誤魔化し、そのまま現実と自身の心にも目を背けてしまっているのだと。
後に残るのはただ己を飾り立てるだけの虚栄の心。それがこの町の大人の正体だというなら、アディンは、そんな大人らと同じにはなりたくないとそう思う。
ならば、自分は皆とは違う行動をしてみせねばならないか。
「うーん、ううーんむっ!」
屈んだ姿勢で両膝をぱんぱんと叩き、背筋を伸ばして今度は両の頬をぱしぱし叩く。
「――よし。正々堂々、真正面から会いに行くか!」
小さき身体に大きな決意。アディンはあの強き来訪者二人に、話をしに行くことを決めたのだ。
「おっ」
思いは縁を運ぶものなのかもしれない。アディンが会いたいと願った矢先に、ハイバとルサナが揃って道を歩く後ろ姿が見えたのである。
――やったぁ!――心が躍る。それに今ルサナはハイバに顔を向け何か話しているが、その表情は和やかそうに見え、昨日の人間離れした怖さは消え優しいお姉さん然としていたのだ。
今ならきっと話し掛けられる。アディンは駈け出そうとした。
しかし同時に視界に映った。彼の直ぐ前方に居た、全身褪せた赤の衣を纏った何者かが、二人に向けて何か唱えている様を。
禍々しい気配。その足元から蛇のような影が現れ、ルサナの方へと伸びていく。
嫌な予感が、走る。
「ルサナさん、危ないッ!!」
アディンは考えるより先に目一杯の叫びを上げた。
今回はアディン少年の回でした。
頭の中で色んな思いがバシバシと壁にぶつかっては跳ね返っていく、みたいな思考は少年の年頃ならではかな、とも思います。
レギらが暴れ回ってた時は『此奴らをやっつけたい』の気持ちが膨張し、一晩経てば或る程度は熱情が収まるというのは、
その未熟さ故の危なっかしさではありますが、だからこそ先達が導かねば、という意識を忘れずにいるのが大事なんだなと思います。
こーしろあーしろと強制はせず、でも未熟さはきちんと指摘する。両方やらなくっちゃあならないのが大人のツラい所ですね。
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