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其ノ十六 クラウレが動く

 霊峰ガダ、黎妙神アズヴィーラの眷族アスリルの住まう里。


 皆が憩いの場とする広場で、今日も子供らが戯れる。その活気ある様を、クラウレは離れた場所で一人見つめていた。


 ――信奉する神の分身たる姫様が去っても、あの年頃の子らには関係が無い、か――


 クラウレの胸に一抹の空虚さが生じる。まるで自分だけが、小さな事に拘っているようだと。


 そんな彼女の元に、とある客が訪れた。


「カーネイか。胡霊討滅から戻っていたんだね」


 背後に立つ彼――カーネイに対して向き直り、その姿を視界に入れる。


 銀色の長髪に、見栄えのする赤の羽織り衣。切れ長の眼には、聡明さと不遜さが溶け合う妖しい光が宿っていた。


「お前を誘いに来た。あのハイバからルサナ姫を救出する仲間としてな」


 突然の申し出にクラウレは眉を顰めた。同時に――この男ならば言い出しそうなことだ――とも思い至る。


 彼はクラウレの幼馴染であり、その思考の傾向を或る程度は測り知れたのである。


「先ずは、理由を聞こうか」


 静かな口調でカーネイの言葉を促す。


 クラウレも大人だ。各個人のやる事には、それぞれの責任が伴うものと割り切りが出来ている。


 ただ其処に、ハイバへの侮辱が含まれた場合はその限りでは無かったが。


「あやつが我らの姫を連れ去ったと聞いた。姫を(かどわ)かすなど霊妙神様への冒涜も同義――その罪は本来、万死に値するものだろう」


 冷静な語りの中に籠められた、深い怒り。同世代として長く関りを持つ間柄として、彼の感情を悟る。


 だがクラウレは、それでも涼しい顔を装った。カーネイが二人の旅立ちをそのように捉えることは、確かにアスリルの民として最もではあったからだ。


「巫女様からは、姫様は自分の意思でハイバと共に下界に降りたってお触れが出てたんだけどねぇ。やはり受け入れられはしない、か」


 ――民の皆。我らが姫ルサナの意思を尊重し、その為すことを信じてこの先の日々を過ごすように――


 これは巫女ヘルメルスが里の者を集め語った時の、その最後に添えられた言葉であった。


 憂いの色一つ見せずに語り切った彼女の、神の巫女としての責任感。その心中に存在するであろう、姫ルサナ自身への思いとの葛藤は、クラウレをしても推し測れるものでは無い。


 しかしカーネイは首を横に振る。巫女よりも、自身の仲間の情報の方が信頼に値する――と言い切るのだった。


「隻腕の巫女様の言うことを、鵜吞みになど出来んよ。その腕を落としたのが他ならぬ姫であり、御二人の戦いの最中に()()()が介入したと、友の皆が霊視で見ている」


 彼の眼が鋭さを増し、絶対の自信に彩られた口調で断言していく。


「要はハイバが姫を(たぶら)かし、巫女様を襲わせたのだ!」


 ……クラウレは、此処で呆れの表情を取った。


「言うに事欠いて、彼が企んだなどと」


 ゆっくりとカーネイに近付いていき、身の丈では自分に勝る彼の胸ぐらを掴み、射抜くような視線をぶつける。


「いいかカーネイ! ハイバはね、人との営みに於いて()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな意識を持ち得やしないんだよッ! 彼が見ている世界はもっと超自然的な概念であり、その視野の中には、俗人の狭量な思惑が入り込む余地も無いんだッ!」


 生来の美しい顔立ちを遠慮無用に歪ませ、怒りの感情を歯で噛み締める。


「ならばあやつに、姫を我が物にする野心は微塵も無いと?」


 カーネイは彼女の変容を物ともせずに問うた。威風堂々とした様、しかしクラウレはこの男の不遜さをこそ見極めていた。


 真面な話は通じない。だからこそ、此方も生の感情を押し出していくのだ。


「自分が心から手に入れたいと思ったものなら、策など弄せず真っ直ぐに、何物をも蹴散らして奪い取りに行く。それが僕の知るハイバという男」


 この時。ハイバに付いて語る内、彼女は自らの心に熱が(おこ)っているのを感じた。


「彼はね、姫様の事なんて本当は構いたいとは思ってないのさ。ただ……」


 その熱が彼女の思いの純度を高め、そして、一つの気付きを生じさせる。


「或いは心に異物が紛れ込むことで、本当に、自身の精神が磨かれるというのなら……」


 問答の最中に、カーネイのそれとは異なる思いが芽生えたのだった。ハイバに向けての、クラウレだけの思いが。


 ――そうだ思い出せ。あの日、ハイバと最後に言葉を交わした時、彼が言っていたことを――


「ふん、どうしたクラウレ? 己の考えは言葉にしなければ相手には伝わらないぞ」


 カ-ネイはあくまで不遜に、彼女の言葉を促していく。


 聞く耳を持たないのではない。この男は、何を聞いても撥ね退ける自信が有るから、此方に言わせているのである。


 しかし。


「……分かった、カーネイ。僕も下界へ降りよう」


 クラウレは、彼との問答を止めた。


「やる気になったのか? 何よりだ、お前も過去あやつから手酷い目に遭わされているものな」


 彼は今のクラウレの思いを知ろうとはしていない。自分にとって都合の良い過去の要素を抜き出しているだけだ。


 だがそれで全く構わない。


「勘違いするなよ、僕はお前の考えに賛同した訳じゃない」


 クラウレは自身の思いを反芻するように目を閉じ、そして普段の落ち着いた様子に戻って語る。


「彼が、ハイバが本当に黎妙神に抗い抜くつもりが有るのか否かを確かめる。その為に僕は、彼と敵対する道を選ぶんだ」


 カーネイは暫し何も語らず、クラウレの表情を見据えていた。やがてふと笑うと、不遜な雰囲気は鳴りを潜め、やや悪戯っぽい顔を晒すのだった。


(ようや)く動くか。お前は昔から腰が重い女だったが、しかしそうやってやる気を見せている方が魅力的だぞ」


 ――それはお前が望む僕の姿、というだけのことだろうが――


 彼のその如何にもな理解者面(りかいしゃヅラ)に、クラウレは嫌悪を隠さない。


「精々僕を役に立つ道具として使ってくれ。僕もキミをそう扱う」


 彼が真に大事に思っているのは唯一人だけ、それをクラウレは知っている。


 ――なあハイバ。キミの周りには、いつだって厄介な奴しか居ないよ――


 同じく、だ。彼女にとっても、大事な者は一人だけだ。


 ――僕も、キミにとっての異物となる。いいよなハイバ――

久々登場、クラウレです!


ただ彼女には何か、彼女だけの思いがある様子。


そんな彼女と、そしてカーネイ。二人の介入によって物語は果たしてどうなるのか!?


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