其ノ十五 幇陀神への糸口
ハイバらがフィリットの町での騒乱を沈めてから、一晩が経った。
彼とルサナは町の住民から歓迎――されたというには御幣がある、若干心の距離を置かれた対応を受けはしたものの、寝食には困らぬだけの時を過ごす事は出来た。
暴徒の首領格であるレギとラスフェリの両名に関してはというと、此方も生存はしている。
本来は罪人用の、腕に巻き付ける仕組みの拘束具。
そこにハイバらが霊峰ガダより旅立ちこの町に辿り着くまでの九日間で拵えた、対象の霊力を抑え込む効果を有する護符を仕込み装着させた上で、監禁に適した部屋を宛がわれたのであった。
――ルサナと一夜を共に過ごした部屋で、ハイバは今、その彼女と朝食を摂っている。
「やはり、ちゃんとした部屋で寝られるのは気分が良いな。取れ切れなかった旅の疲れも吹っ飛んだようだ」
「……そう。流石の貴方もずっと野宿では判断が鈍るし、思わず私に手を出してしまいそうになる程、理性が消えてしまいそうだったのね」
「そんな話はしてない。俺の理性を愚弄することは赦さんし、勝手にお前の夢物語を展開することも赦さんからな」
此方のツッコミにも「ふぅん……」と、物憂げな様子で視線を横に向ける始末のルサナ。しかしこういう時の彼女には、あまり曖昧なことは言わない方がいいとハイバは知っていた。
「お前、少し位は地に足を付けた考え方というものを心掛けろ。そんな浮世離れした表情しか出来ない内は、あのアディンという子供からもずっと畏れられたままになるぞ」
「私は別に構わないわよ。もう常人からはそういう風にされるものなんだって、それを受け入れる覚悟を決めたから」
私は黎妙神の意思を覆す者、人になどは弱い所を見せないわ――とでも言いたげにしている彼女。気高くはあるが、ハイバは――可愛げ無いことこの上ない――と辟易した。
「そうかよ。俺は人々から畏怖ではなく、敬愛の心で迎え入れられるお前の方が素敵だと思えるんだがな」
言いながらスープを口に含む。
「――はえっ? ま、まあ、人々の心を掬い上げてみせる程度のこと、出来ないような私では無いけれど、ね?」
ルサナが急にしどろもどろな口振りになった。
「ああ、努力は常に惜しまないでくれ」
そんないじらしい彼女には、ハイバはほんの少しだけ、悪戯っぽく励ましの声を掛けるのである。
……彼には、彼女と寝食を共にする内に感じたことがあった。
彼女の、ルサナの此方に向けてくる素直さそのものには見るべき所がある。端的に言うなら、可愛らしいと感じるのだ。
それが彼女の、人としての魅力であるというのなら。その良さは多くの者に対しても発現されて然るべきと、ハイバはそのように思う。
それがきっと、ルサナの精神を黎妙神から遠ざける事にも繋がるだろうから。
※
朝食を済ませた後、ルサナはハイバと共に暴徒の首領格である二人の元に赴いた。
鉄製の扉を開ける。
中は窓も無く、簡素で殺風景。最低限のものは置かれているが、常人ならきっと何日も此処で過ごしたいとは思わないだろう。
「よお、ご両人。そろそろ歯医者の面を拝みに来る頃だと思ったぜ」
暴徒のリーダー・レギが、椅子に腰掛けた姿勢で荒い言葉を発してきた。『この程度の環境では心は折れないぞ』という気概が容易に見て取れる。
ハイバと戦った女戦士ラスフェリの方は、ベッドに寝転がった状態のままにこやかな顔を向けている。
「入らせて貰うぞ」
ハイバが先んじて進む。ルサナは二人が醸し出す品性の悪い空気に辟易しながらも、やがて部屋に入るのだった。
「要件は分かってるぜ。お前達は俺らから、ドグスドイ様の事を聞きたいんだろ?」
一晩監禁されながらも――町の者はハイバの言葉通り、あくまで客人扱いという体裁を保てていると、故に幇陀神の怒りの報いは受けないと、そう自身らの心を自身らで騙している――血色は良く堂々とした話し振りのレギ。
「でなきゃあ、この町にとって余所者のアンタらが俺らの処遇に口出しする道理が無え」
彼は今、ルサナらに値踏みするような目線を向けて話している。
……実際、このレギという男の言ってることは当たっていた。昨日の騒乱の後、彼らが始末されても逃げられても此方としては困ったのである。
幇陀神ドグスドイとの縁、それは彼の神アズヴィーラの真意を紐解く糸口とも成り得たが故に。
ルサナはレギに対し、ここで一度はっきりした言い方をしようという気になった。
「口調は悪くとも、思考は澄んでいるという訳ね。安心したわ、話をするにも互いの知性が近しい位置に在らねばならないから」
「そりゃあどうも。アンタ程の高い霊力を持ってる人に認められるってのは、俺も気分が良いってもんだ」
レギは此方の言葉を嫌味だ、とは受け取らなかったようである。
話の本質が分かる。確かに賢き者であるらしいと、ルサナもその粗野な所作に惑わされること無く、彼と対話する意思を固めた。
「そーだよおねーさん。お頭はね、アタシらの里の若い衆でも一番アタマが良いんだ」
ラスフェリが上体を起こし、頬杖――腕の拘束具は肘から手首までを封じるもの故に、この所作は可能だ――を突いて話に割り込んでくる。
「でもアタマが良かった所為で、小っちゃい頃は大人からやっかまれて酷い仕打ちを受けたりもしてねー。だから昨日もさ、町のガキんちょにだけは優しくしてたんだよ」
「ほう。なら戦いの後、止めを望むアディンに何やら含みのある目を向けていたのは、そこに繋がっているということか」
ハイバが自身の気付きを口にする。レギは「ふん」とそっぽを向くのみであったが。
「そーゆーのは甘さにも繋がるから、アタシは止めてほしーんだけどね。それでお頭がピンチになったらアタシが困るし」
ラスフェリはあっけらかんとした風で言ってのける。ルサナも――まあ、その気持ちは分からなくもない――とその言葉を流した。
「だってお頭が先陣切って物資を里に持ち帰ってるからこそ、里の大人も、ドグスドイ様を降臨させて世界を滅ぼそうなんて大それた考えを思い留まってくれてんだから。マジでお頭に居なくなられるワケにはいかないのよ」
「おいラスフェリ、その話をするのは此奴らの出方を窺ってからだと言ったろうが!」
怒るレギに、しかし彼女は涼し気な顔をする。侮っている、というよりは――
「仲が良いのね」
――ルサナには、そう、彼女が彼の度量に甘えているように見えたのだ。
「だ、誰がこんなワケ分からねえ女とッ!?」
「あらっ。おねーさん、アタシが思ってたより結構話せそーだねぇっ」
両者がちぐはぐな反応を見せる所まで含めて、ルサナは初々しさというものを想起するに至った。
「大人、だからね。それよりも――」
しかし二人の調子に合わせてあげるのはここまで。彼女は、肝心要な内容について触れていく。
「幇陀神ドグスドイには、現世に顕現する術があるのね?」
神の降臨。それが起こるというなら、例えアズヴィーラの意思が無くとも放っておくことは出来ない。
レギとラスフェリ、そして幇陀神ドグスドイのことが見え始めた回でしたね。
今はまだ糸口。ここからどんな流れとなるか乞うご期待!
……ハイバとルサナの仲も、少しは進展してそうかな?
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