其ノ十四 その精神性に掛けて
突如此方の戦いに割って入ってきた――というより吹っ飛ばされてきた――青髪の青年に、ハイバは若干驚いた。
「ぐ、うう……」
生きている。此奴はさっき、他の暴徒らに指示を出していた男だ。
「お頭ァッ、大丈夫で――がふっ、げほっ……!」
男を挟む形で向かい合う女――確かラスフェリといったか――が、男に声を掛けようとして血反吐を吐く。
「おい下手に喋るな。その横腹の傷、塞ぐのにまだ時間が必要なんだろうが」
「な、なんでアタシのこと、気遣ってくれるの?」
ラスフェリの疑問に、ハイバは事も無げに答える。
「人のやる事だ、そりゃあ時に悪事も働くだろう。人なんてものは不確かであることが当たり前。……だからこそ、戦う相手にも、この心に僅かな慈悲を持って向き合わねばな」
流暢な話し方。気取らず、変な背伸びで偽善の心を発現させるのでもない。
「おにーさん、アンタ――」
倒れたままの青髪の男が、呻くように此方に問い掛けてきた。
「ふん、んだよそれ。テメエが信じてる神の教えってヤツかァ?」
難癖。しかし。
「いや、俺が自分で悟るに至った思想だ」
ハイバは堂々と言い切ってみせた。清々しい程に、真っ直ぐに。
「テ、テメエのかよッ……!?」
男が怒り任せに強引に立ち上がろうとし、また、ルサナが此方に合流する。
「……その女、眩梦人ね」
「ああ、もうじき傷が塞がる」
それから――
「そ、そんな悪い奴ら、早く息の根を止めてくれよ!!」
――先程からずっと硬直していた、威勢のよい少年がここで意識を取り戻した。
だが少年のこの言葉には、ハイバ、ルサナ、青髪の男、ラスフェリの四人共が四者四様といった風に溜息を吐くのだった。
「断る、この戦いの大勢はもう決しているからな」
一番に、ハイバが口を開いた。
「なんでだよっ、こいつらは町の人を襲ったんだぞ! 大勢傷付けたんだっ!」
少年は、それでも『此奴らには悪事の報いを受けさせるのが当然だ』という態度で言い返してくる。
ハイバは彼に、ゆっくりと自分の考えを語って聞かせる。
「いいか子供。先ず、お前の思いを手前勝手に相手に押し付けるのはよくないことだと知れ」
「えっ」
そして次に、ルサナも彼に説いていく。
「戦い合って、敵も死を覚悟して、その果てに命の火を潰えさせるというなら、それは止む無きこと。とはいえ相手の力量の見極めが叶わず、不必要に己の力を行使し相手を殺す結果となるのは、私達の望む所では無いのよ」
ハイバやルサナにとって、ただただ殺生を目的に力を振るうというのは、自身の高い精神性に穢れを生む行為として憚られるのだった。
「――ッ!?」彼女の言葉に少年が息を呑んだ。ハイバは、そっと彼を見遣る。
ルサナの眼がすぅっと細められ、少年の精神を射抜くように見据えていく。
「神が、蟻の群れを躍起になって踏み潰そうとするかしら? 神が、人の命の火を吹き消すのに適切な力の量を、知らないなんていうことがあるかしら? 私は、精神の位で神に及ばぬなどという無様を晒すつもりは無いの」
幽玄として、苛烈。『彼の神には決して負けぬ』、彼女の強い思いがハイバにはしっかりと理解出来たが。
だが常人である少年はルサナの圧力に慄き、引き攣った顔で「あ、あひぃぃぃッ!?」と叫んでしまうのだ。
「ルサナ、それ以上はこの子供には難解過ぎる。此処はもうアスリルの里じゃないんだぞ」
ハイバはこうなるであろう事も見抜いた上で、『見兼ねた』という体裁で彼女と少年の間に割って入った。
「……分かってはいるけど、流石にこうまで人々に畏れられるのは心が傷付くわ」
ルサナは少年だけでなく、周囲の民衆に対しても言っているようだった。――ハイバは、改めて彼女が自分を旅に連れて行きたがった訳を察した。
「本当にな。俺にはただの面倒な女にしか見えないのにな」
軽口を言って、彼女の心を和ませようとしたのであるが。
「ハイバっ! 有難う、私嬉しい……」
彼女の、その水が滲み出るかのような反応は、完全にハイバの意図の範疇を超えており――。
「そ、そうか」
彼は、軽く頭が痛くなった。
――な、なんでそこまで感じ入るんだよ……。一体何故俺の言葉が此奴の心にこうまで響いてしまうのか、俺には全く分からん……――
「い、イチャついてんじゃねえよクソがッ」
息も絶え絶えに立ち上がった青髪の青年が、憎々しげに此方を睨んできていた。まあ、分からなくはない。
「おいテメェ、俺と戦え。その女より、テメェの方がなんかムカつくぜっ!」
戦意猛々しく叫ぶ彼。しかしその威勢は、傍に立つラスフェリに依って阻まれてしまう。
「お頭、アタマ冷やしてよぉ。今のこの状況でアタシらが敵うワケないじゃん、あのおにーさん物凄く得体が知れないんだよっ!」
もう横腹の傷がかなり塞がっている。今では青年の方が満身創痍、といった具合であった。
だが此方はルサナも加えている。ハイバが言った通り、勝負はもう見えていたのだ。
「お前、何言って――」
「実際に戦ったアタシには分かるよ。あの人、底の知れなさは隣のおねーさんと同じかそれ以上だ」
青年の言葉を遮り、ハイバの眼を見て彼女が語る。
「だってあの人、優しさと戦意が地続きなんだ。だから戦う前にわざわざ殺気を漲らす必要なんて無いし、その上でいざとなれば殺す気が無くても敵を殺せるっていう、そーゆー人なんだよ」
彼女の額から汗が滲んでいる。ハイバには、彼女の表情に恐れと、そして微かな恍惚が見て取れた。
「……くっ」
青年は暫し躊躇った末に、観念したようだった。ラスフェリの見極めは、彼にとって信用出来るものだったらしい。
「分かったよ。ほら、其処のガキが言ってたみたいに、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
そう言って、静かに少年の方を見遣った。
「……ッ! これでようやく皆の恨みを――」
少年の、民の仲間を思う気持ち。だがここに来て、なんとその民達から反対の声が上がったのである。
「駄目だ! この人らを殺せば、この町はきっと幇陀神の報復を受ける!」
「そうだ! そんな事だけはあっちゃならねえ!」
口々に必死の訴えをする彼ら。その様子に、ハイバはこの町に来て初めて、素直に驚きの感情を露わにした。
「ほう。流石にルサナの気迫でも、異なる神への畏れを押し流せはしないんだな」
あくまで、ふと出た言葉というだけだ。だがその言葉を受けたルサナは、微かに俯くのだった。
「ふ、複雑な気分だわ。私という存在にも限界はあると知れたのは、その、安心もするけれど、でも何か釈然ともしないっていう……。ねえハイバ、私の言ってること変だって思う?」
「……なッ!?」
不意に飛び出た彼女の、甘えたような表情から出た問い掛け。それはハイバを、大層焦らせる事になった。
――ほんの些細な呟きに過ぎなかったのにっ。此奴、まったく本当に面倒が掛かる!!――
ハイバはその軽口を言ってしまった自分にもいらつきつつ……。
それでも、その高い精神性で今の状況を見据え、自身の、眼の煌めきを爆発させて――
「分かった、この場に居る全員よぉく聞けっ! この俺ハイバが提案してやる、このお頭って奴とラスフェリという女、この二人を町で預かれ! 飯さえ食べさせれば、きっと神も文句は言わないだろう!」
――半ば強引に、己の勝手を通すように、されど現状考え得る妥協点を説いてみせたのだった。
ルサナの問いへの答えでは無かったかもしれない。だがそれはこの際どうでもよかった。
彼女の心に掛かった靄を兎に角晴らさねば、このまま此方に寄り掛かられてしまう。それは何としてでも避けたかったのだ。
ハイバにとっては、今この時が『いざという時』に相違なく。ラスフェリが言った通り、確かに瞬時に、やるべきことをやり抜いた。
「お、おお……」民衆が、ルサナや幇陀神の時ともまた異なる、血色を伴った表情で圧倒されていく。ハイバの瞳力が、彼らの精神を引き締めさせる。
「他の暴徒の生き残りは逃がせ! 大勢抱え込んでも、町にとって負担なだけだろう! 分かったら返事をしてみせろッ!!」
「は、はひぃっ――!!」
気圧され、叫ぶ民衆。
……その中にあって、当の青年は舌打ちをし、ラスフェリはその彼の肩に手を置き微笑んでみせ。
そして少年は、今は『何が何だか分からない』と混乱の最中にあった。
ルサナはといえば。
「流石ハイバね。一瞬で、この場の空気を支配してしまったわ」
彼の立ち回りに自身の悩みも忘れたようで、優しげな微笑みを浮かべているのだった。
最後にハイバのフェーズが来て、これにて新章の導入部は終了です。
ハイバやルサナの言う不殺の精神は、相手にも人生があるとか可哀そうとかで殺したくない、というものではありません。
あくまで二人の人生の歩みに依って培った精神の賜物であり、言ってみれば、二人それぞれの都合という側面が強いです。実際暴徒の中には命を無くしてる者も居ますから。
要は二人の考えを生き残った敵側が、『こういう奴に出逢って運が良かった』と取るか『舐められてる』と取るかどうかの問題で、それをも二人は相手に強要しないっていう。
神代的には、各キャラのやり取りで【完全にこっちの思う通りになる奴なんて居ない。だからこそ、それぞれ自身が己の意思で相手とどう向き合うか】が大切かなって風に思ってます。
勿論これはエンタメなので、読者さん的には一番は楽しみながら、『こいつはこう考えるか。成程な―』って感じで読んで貰えたら嬉しいです!
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