菊池はお片づけを教えてもらう。
ここは、妖精さんが住む島。
お空にぷかぷか浮いていて、島にはお星様の形をしたお花がゆらゆら揺れて、ハートの形をした木の実がなっていたり、綿菓子のような雲が浮いていたり。
そんな島に住む妖精さんたちは、色や形が違っていても、みんなウサギのように長いお耳が生えている。
島を散歩していた、ひょろんとした形のうさぎの妖精さんと、たまご型ボディをしたうさぎの妖精さん。
「ねぇ、うふ」
たまご型ボディの妖精さんが、ひょろんとした妖精さんに声を掛ける。
「なーにー? どうしたの、えっぐ」
うふと呼ばれた妖精さんは体を傾けて、返事をする。おそらく、首を傾げている。
えっぐと呼ばれた妖精さんは、たまご型ボディから生えている小さな手を、パッと大きく広げて言葉を続ける。
「また、ふたりでお手伝いに行かない?」
「いいねー! 一緒に行こう!」
うふは両手を上に上げて、ぴょんぴょん跳ねて賛成してくれた。
妖精さんたちは、困っている人を助ける事が大好き。
ありがとうの気持ちを体全体で受け取って、心を満たすと、妖精さんの住む島の食べ物はうんと美味しくなる。
ありがとうの気持ちを受け取るのも、とても嬉しいもので、笑顔になってくれる人がいるから、お手伝いを頑張るのだ。
困っている人のところへは、島の真ん中にある桃色の湖に飛び込めば行ける。
そして、妖精さんは基本ひとりで行動するが、うふとえっぐはとても仲良し。
前に困っている人を、ふたりで助けてからは、時折一緒に困っている人のお手伝いに行くようになった。
力を合わせれば、出来ることも増える。
「よーし、それじゃあ」
うふはキリッと凛々しい顔を浮かべて口を開く。
「えっぐのおうちで、ご飯食べてから行こう!」
「そうだね!」
妖精さんはお手伝いに出掛けると、食べ物を食べる必要はなくなるが、すみかであるこの島にいる時は、お腹が空くし、1日の終わりには眠くなる。
日の出と共に目を覚まして、夜には星を眺めたりもするが、きちんと寝床に入る。
日中は遊んだりお散歩したりと、ゆったり過ごしている。
なので、お手伝いに出掛ける前の今は、お腹が空いている。
お手伝いに向かう事に決めたうふとえっぐは、まず腹ごしらえだー、と片腕を大きく上げる。
えっぐのお家でご飯を食べて、季節の挨拶とお手伝いに出掛ける内容の手紙を友達に送り、出発準備は整った。
島の真ん中にやってきて、手を繋ぐとふたりは湖に飛び込んだ。
そしてたどり着いた場所は、なんとも視界が騒がしい場所。
ちいさなアパートの一室が、ゴミで溢れている。
「わぁ! きたなーい!」
うふが遠慮なく感想を口にする。
「うふ、ダメだよ……。事情があるかもだし!」
えっぐは慌てて注意するが、汚いのは汚いのだ。いわゆる汚部屋。
「うるさいなぁ! って、だ、誰?!」
ゴミだらけの部屋に居た住人が、うふとえっぐの声に反応したけれど、ひとり暮らしの自分の部屋に声が響く事がおかしくて、大きく体を揺らして、恐る恐る振り向いた。
「うふだよ!」
「えっぐです」
誰、と訊かれたので、名前を告げる妖精さんたち。
部屋の主は、髪は伸びっぱなしでボサボサ、服はヨレヨレで、清潔感ゼロな見た目ながら、異臭は放っていないようだ。
「え……? な、ゆるキャラ?!」
「うふたちね、お手伝い妖精なの!」
「困っている人を助けるのにやってきたんだ」
どう見ても困った部屋にいる人間へ、うふとえっぐは期待の眼差しを送ってしまう。
「え、えーと……?」
「おなまえは?」
返答に困っている人間へ、うふが体を軽く横に倒して首を傾げてる風なジェスチャーをとって質問だ。
「え、えっと菊池……です」
「菊池、よろしく! うふたち何をすればいい?」
「お部屋の片付け……からだよね、これ」
えっぐはさっきから部屋を見回して、散らかり果てている惨状を眺めていた。
「え、えっと……片付けって、どうやっていいのか、わからなくて……」
ゆるキャラとはいえ、意思疎通ができる者がいるので、菊池はしどろもどろながらも、汚い以外の似合う言葉が見当たらない部屋を見せた事が申し訳なく、遠慮がちに口を開く。
「お片づけ、知らないの?」
えっぐが訊ねると、菊池は頷く。
「全部、おかーさんがしてくれていたから……。でも、おかーさんたち1年前に交通事故に遭って、死んじゃったんだ……」
話を聞くと菊池は専門学校の1年生らしく、この春から独り暮らしを始めた。
高校3年の時に両親が亡くなり、遠方で暮らす年の少し離れている姉が、菊池の進学に関して色々手を貸してくれて、アパートは借りてもらったし、費用の面は全部姉がなんとかしてくれるようだ。
「だけど、ひとり暮らしを始めてから、何をどうするのかわからなくなっているうちに、こうなっちゃった……」
ボサボサな髪の隙間から、半べその顔が見える。
「じゃあ、えっぐたちでお片づけ教えようか?」
えっぐの提案に、菊池はパッと顔を上げる。
「おしえて! ……ください!」
えっぐは大きく体を傾けた。しっかりと頷いているようだ。
「まずー……」
初めにすることをと、えっぐが見回す。
うふがハッと気づいて、とある方向に手をシュッと手を向ける。おそらく指差しのような状態だ。
「板!」
うふが指し示したのは、ゴチャゴチャしたミニテーブルに乗った、タブレット端末。
「い、いた? あぁ、タブレットね」
菊池がうふの示した物に気づき、タブレットを持ち上げると、テーブルにある物がガラガラと床へ落ちる。
えっぐがパタパタ手を振って口を開く。
「その板で、この地域の『ゴミの分別』を調べて!」
「は、はい! えぇと、湖論市……ゴミ分別っと」
湖論市はゴミ処理場の焼却能力が高いらしく、分別は厳しく細分化されていない。
一般ゴミと、ビン・カン・ペットボトルが分けてあればいいようだ。
自治体の名前が入ったゴミ袋を買わなくてもいい。
それらを読み上げた菊池。
「えーと、それじゃあ、菊池のお家にゴミ袋はある?」
えっぐの質問に、菊池は頷いた。
物で溢れたカラーボックスのひとつから、未開封の45リットル用ゴミ袋が引っ張り出された。
「えっと、この辺の物、全部捨てよう」
「えーーーっ!!」
えっぐの提案に、菊池は驚きでのけぞった。
「だって、大事な物ってその辺にポイポイ置かないよね?」
「うっ……」
えっぐの言葉が刺さる菊池。
うふが、えっぐのたまご型ボディをさすってなだめる。
「えっぐ、落ち着いてー。菊池はお片づけを知らないんだから、まず必要が必要じゃないかを判断する訓練からしないとダメだよー」
「ハッ……! すぐにお部屋きれいにしたくて、焦っちゃった。ごめんね、菊池」
「う、ううん。えっ……と、うふ……だっけ?」
「なーにー?」
「必要と必要じゃない判断って、なに?」
菊池の質問にうふが大きく頷いて、床にあるゴミを手に取った。
アーモンドチョコレートの食べ終わった空箱である。
「これ、いる?」
「ううん。食べ終わったやつだから、ゴミ」
「普段ゴミはどうしてる?」
「ゴミ箱に前入れてたけど、誰もいないし、いっかなってその辺にポイってやるようになった」
その言葉に、えっぐが悲しそうな顔をした。
「菊池がいるよ」
「え?」
「菊池がいるんだから、菊池のためにきれいにしなきゃ」
自分を大事にしない人のように、えっぐには映ってしまい、今にも泣きそうな顔である。
「わ、わかった! これからは、ちゃんと私のために片付ける」
「うん!」
そして、床に落ちている物を、ひとつひとつゴミかゴミじゃないか判断してもらい、どんどん捨てていった。
「わ、部屋の床が半分以上見えた!」
「ゴミ袋いっぱーい」
捨てる事に慣れてきた菊池。
ふっと部屋を見ると、床が見えていた。
うふがパンパンになったゴミ袋を、玄関の近くに運んで笑う。
「明日、ごみ収集日だから、朝になったら捨ててくる」
「「うん!」」
そして、まだまだ捨てていく。
「菊池ー、この本は〜?」
手帳を捨てていいか、えっぐが訊ねると、菊池は中身をパラパラ見た。
「これは、しまっておく」
「あとで、置く場所決めようね」
「うん」
いきなり片付ける場所は、汚部屋内にはないのだ。
あとで片付けるエリアに、取っておく物を置いていく。
捨てない物は大事な物。なので、うふもえっぐも菊池も、丁寧にあとで片付けるエリアに置く。
――ぐうぅぅ
菊池のお腹の虫が泣き叫んでいる。
「あ、ご飯まだ? ごめんね、気づかなくて」
えっぐが謝ってくるが、お片づけを手伝ってくれている親切な妖精さんが謝る必要はないと、菊池はこっちこそごめんと謝る。
「菊池、ふだん何食べてるのー?」
「えっと、スーパーのお弁当とか……レンチンで食べられる冷凍食品とか……」
うふの質問に答えるも、うふがしょんぼり顔だ。
「冷蔵庫開けていーい?」
「いいよ、あんまり物はないけど」
冷蔵庫や引き出し棚の中は、勝手に開けない妖精さんたち。キチンと断りを入れる事で、菊池も気持ちよく答えを渡せる。
「わーーー!! お野菜が枯れてる!!!」
うふがびっくりして飛び上がる。
ひとり暮らし用には大きめな冷蔵庫だが、冷凍庫には冷凍食品が入っていて、レンチンで食べられるものがごっちゃり入っているものの、野菜室には、枯れた野菜が入っているだけだった。
料理をしていないのも、よくわかる。
腐るどころか枯れるとはどういうことだ?! と、うふは驚いてしまった。
菊池はレンチン冷食ご飯を自分の分と、うふ・えっぐ分用意して、少しだけスペースのできたテーブルにのせ、腹ごしらえを提案したきた。
妖精さんたちは食べる必要がないけれど、出されたものはありがたく頂いた。
「ありがとー!」
「ありがとう、菊池。ご馳走になるねー」
バリバリと音のする袋から、ほかほかのご飯が出てくることに、うふとえっぐはびっくりした。
「作ってからお皿や保存袋に入れるんじゃなくて、袋に入ったもので売ってるんだねー?」
「うん。いろんな種類のご飯や味があって、毎日同じものを食べるってわけでもないんだ」
「でも、これお野菜ないよー」
うふは野菜不足を指摘すると、菊池はバツの悪そうな顔をする。
「野菜の調理、わかんなくて……」
家事をしないままひとり暮らしになったが、ご飯は作れなくとも買えるし、お風呂は元々家でも使っていたから大丈夫。
しかし、片付けと料理はできないまま。
「じゃあ、えっぐたちが簡単なご飯教えるねー」
「えっ、料理もできるの?」
「うん。ちなみに、うふは美味しいパンを作れるよ!」
「えへへー」
「すごいね……」
菊池は素直に感心する。
「ごちそーさまでしたー!」
「ごちそうさまでした」
うふとえっぐは、食べ終わったプラ容器を台所に持って行って、汚れを洗い流す。
菊池もそれを真似した。
「この捨てるお皿も、洗っておけば、ゴミの出し忘れが起きても異臭を放つことないよ」
「わかった」
えっぐは、日常のちょい工夫を、細かく丁寧に教えてくれる。
「一度に覚えようとすると大変だから、自分が便利だなって思ったものだけ、とりあえず覚えてね」
そして、詰め込み教育や無理強いはせずに、菊池のペースを大事にしてくれるえっぐ。
「うん、ありがとう」
ご飯を食べてから、また片付けを再開すると、日が沈みきる頃には、7割の床が見えた。
「菊池ー、この家、調理で食べれる食べ物ってあるのー?」
「えっと、袋麺くらい?」
「お米はー?」
「レンチンお米なら」
棚の中から、レンジで温めたら食べられるパックご飯が出てくる。
えっぐはうーんと考えて、作れるものと食材を考える。
「食べたいもの、あるー?」
「ご飯と、お味噌汁と……あと、卵焼きが食べたい……甘いやつ」
えっぐの質問に、菊池は寂しそうな顔をしながら答えた。
「えーと、そうしたら、お味噌とお豆腐と、たまごとお肉とレタスとハムとカニカマ買ってきてー」
「あ、待って。メモするからもう一回お願い」
うふが冷蔵庫にある調味料を見て、他にも必要なものを頼む。
菊池はスマホでメモをとり、明日買い物にいくことを決めた。
「あー……うふとえっぐも一緒にスーパー行く?」
「いいのー?」
「でも、周りの人間、えっぐたちが見える人少ないんだ。だからこうやってお話しているところ見られると、菊池が、変な人扱いされちゃうかも」
妖精さんが見えない人と見える人、どちらかといえば見ない人だらけだ。
なので、今までの経験で見えない人が多く、お手伝いをしている人が訴えても、鼻で笑われることが多かったことを伝えた。
「あ、それなら大丈夫だよ、任せて!」
菊池は何かを思いついたのか、ニシシと笑いながらえっぐを撫でた。
お買い物に一緒に行けるとのことで、うふはぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
えっぐは撫でてもらって、頬を桃色に染めてにっこり笑った。
一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで眠った。
そして、翌朝ゴミを捨てて、冷凍庫からクロワッサンを取り出してレンジで温めた物を食べ、再び部屋の片付けを再開。
「菊池ー、お掃除道具どこー?」
えっぐが訊ねると、菊池はすすーっと目を逸らす。
「えっと……トイレとお風呂のしか……ない……」
トイレを掃除するのは、小学校の頃、放課後の掃除で行なったので、掃除する場所だというのはわかるし、両親が健在の頃、お風呂掃除はいちばん最後にお風呂を使った人がするルールだったので、風呂掃除だけはしていた。
といっても、浴槽しか掃除をしていないので床はピンクの水垢、蛇口はカルキのカスだらけ、壁の隅に至っては黒い斑点が少々見える。
「板でお掃除道具調べよう」
えっぐの提案に、菊池は頷いた。
タブレットで『一人暮らし、部屋の掃除道具』などの言葉を入れて、出てきた画面をスクショした。
タブレットとスマホがリンクしているため、保存したデータは外出先でスマホから確認できる。
そんな説明を妖精さんたちに菊池はする。
うふとえっぐは、うんうんと頷いて菊池がお掃除もちゃんと覚える気があるようで、満足そうな顔を浮かべる。
「お掃除道具売ってるお店、行けそう?」
えっぐの質問。菊池は大きく頷く。
「近くにドラストあるからすぐ行ける」
菊池は小さなバッグに財布とスマホを突っ込んで、玄関扉に掛けてある自転車と家の鍵を手に取り、うふとえっぐを連れて家を出た。
自転車のカゴにえっぐを入れて、後ろの荷台エリアにうふを乗せ、うふにはしっかり掴まるよう言い、自転車を漕ぎ出した。
びゅーんと走る器具にえっぐは驚いて、しっかりとカゴのフチを掴む。
菊池にしがみつきながら、うふは周りの流れる景色を楽しんでいた。
そして、ドラッグストアに着くと、菊池はスマホを取り出して耳に当てながら、えっぐ・うふと会話する。
これで、ひとりごとを言っているが、誰かと会話しているように周りには見える事を伝えると、えっぐは小さな手でぱちぱちと拍手を送る。
掃除道具を買って自転車の前カゴに入れると、えっぐの入る場所がない事に気づいた菊池は、えっぐをサドルに乗せて自転車を押して帰ろうと思った。
「あ、それなら、うふ早く飛べるから、えっぐを持って菊池の隣飛ぶね!」
「え、飛べるの?!」
「うん」
「さすが妖精……」
菊池の持つ妖精のイメージは、透き通った翅でふわふわ飛ぶものである。が、うふは背中からハート型の羽を出してえっぐを持つと、シュバババっという音が出そうな雰囲気の飛び方をする。
風は感じないものの、ハート型の羽から何かが出ているのだ。
アニメで見るロボットが飛ぶ時に出るアレに見えるが、菊池は「妖精さんだ。人間の常識とは違うよね」と思考を麻痺させて、自転車を漕ぐ。
帰宅すると、まず床用ウエットシートを取り出して、玄関から上がる部分を拭くようにえっぐが伝える。
使い捨て雑巾の役割だ。
雑巾は小学生の時に掃除で使っているので、同じ要領で床を拭く。
「げっ……」
ウエットシートを返してみると、黒い色がついている。今までろくに掃除をしていないのだから当たり前だ。
玄関から始まり、菊池とえっぐはリビング方面へ、うふは台所方面へウエットシートで床拭きをする。
そうして、拭きあげられた床は、気持ち輝いているように見えた。
「そっか、掃除の道具もそうだけど……調べればよかったんだね……」
スマホやタブレットを持っているのに、生活方面には活用していないことを菊池は反省する。
「板、すごく便利だから、困ったこと調べて、自分にできそうなこと見つけるといいよ」
しょんぼりする菊池に、えっぐは慰めつつアドバイスを送る。
「うん……」
床をある程度拭き、次は棚の中の仕分け。一個一個引き出しや棚の一角を整えていく。
また、ゴミ袋がたくさん出てきたものの、ごみ収集の、時間は過ぎてしまっていた。
次のごみ収集日にしっかり捨てる事を、うふとえっぐへ菊池は宣言する。
次に、スーパーへ行き、食材を買ってきた。
鍋や包丁やまな板などは、姉がある程度揃えてくれたらしい。
うふはスツールを借りて踏み台にして、ご飯支度を始める。
えっぐは踏み台を使っても、台所の作業台に届かないため、きれいに片付けたミニテーブルを作業台として使わせてもらう。
お味噌汁とサラダを、えっぐが菊池に説明しながら作る。
家庭科の授業で、ぼんやりとそんな事したなぁと思いながらも、あの頃は親がいたので、困る事になるようには思えず、真剣に覚えてはいなかった。
今度はきちんとメモを取り、時に絵を描いて切り方のメモをしたり、と真剣に聞いている。
「お店には、お味噌汁のお湯入れてすぐ作れるやつも売っていたから、それでもよかったかもね」
「ううん、えっぐが作ってくれるお味噌汁、覚える」
「うん、わかった」
うふは卵焼きを手際よく作り、生姜焼きもササっと作ってしまった。
その日の夕飯は、とても温かくておいしくて、少し懐かしいもので……菊池は涙を落としながら食べていた。
翌日菊池は学校へ行き、夕方帰ってくる。
その後、ゆっくり片付けを一緒にやって、お夕飯の一品を、辿々しい手つきながら作る。
そんな事を繰り返して2週間が過ぎる頃、すっかり部屋は綺麗になっているし、台所に調味料が増え、作れるおかずも増えていった。
そこから2週間が更に経つ。
一緒に生活をして、生活を習って覚えてで1ヶ月経った。
夕飯後の片付けをして、ノンカフェインの紅茶で一息つく。
「ありがとうね、うふ。えっぐ。私ひとりじゃ今だにゴミだらけの部屋にいたと思う……」
「ううん、菊池が頑張ったからだよー!」
「うん。えっぐたち、困っている菊池のお手伝いできたかな?」
「もちろんだよ! ほんとに、ほんとにありがとう!」
菊池は部屋をきれいにして、少しだけ自炊もするようになり、掃除も覚えて、そのあと美容室に行って身なりを整えた。
ボサボサの髪は、美容師さんのおすすめでパーマをかけて、長さはミディアム。カラーも少しだけ入れて、すっかり明るい雰囲気になった。
プチプラファッションながらも、少しだけ服を買い、さらに雰囲気は明るくなった事で、学校でも友達が揶揄いながらも、明るく話しかけてくれるそうだ。
「うんうん、菊池が明るくなって、うふ嬉しいー」
「笑顔でいる事増えたもんね! えっぐも一緒にニコニコしちゃう」
妖精さんたちはほんわか笑顔を浮かべ、菊池もにっこり笑う。
「それじゃ、うふたち帰るね!」
「え?」
「菊池、きちんと自分を大事にしてね!」
「ちょっ?!」
妖精さんたちは、光のなかへ消えてしまった。
「まだ、お礼できてないのにーー!!」
ありがとうの気持ちをめいっぱい受け取った妖精さんたちは、前を向いて自分を大事にする事を覚えた菊池を見て安心したので、これ以上お手伝いは必要ないと思って帰ったのだが、そんな説明を受けていない菊池は、小さなアパートの一室でぼーっとしてしまう。
それから、コップを片付けてひとりベッドに入り眠る。
いつもは、うふとえっぐがいたし、それが日常になっていたため、大きな寂しさを覚えてしまう。
「大丈夫。うふとえっぐから、卒業したって事は、私は大丈夫って事だよね……。自分を大事にする……うん、きっとそれがお礼になるんだよね……」
――数年後
ニュースサイトのトップ記事の見出しには、『片付けのプロ、収納アドバイザー菊池。予約3ヶ月待ちの人気。片付け術の極意を教えてくれた』と、書かれてあった。
ニュースサイトに掲載されている、エプロン姿の菊池の写真。
そこには、ヒョロんとしたうさぎさんと、たまご型ボディのうさぎさんが刺繍されていた。