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ひふみの無理やりキス事件から三日が経とうとしている。

わたしたちは家が近所なこともあり、毎日なんとなく一緒に登校していた(厳密にはわたしが家を出るとなぜかひふみも全く同じタイミングで出てくる。ひふみ曰く幼馴染の勘らしい)が、あの日以来ひふみは学校を休んでいる。おばさんに理由を聞いてみたが、おばさんにも理由はわからないらしい。

わたしが帰ったあとからずっと部屋に閉じこもっていて、声を掛けても出てこないそうだ。食事もろくに取っていないらしく、おばさんの心配そうな表情が思い出される。原因はまず間違いなくこの前の一件だろう。こっちが被害者とはいえ、昔からおばさんにお世話になっている身としては、なんだか申し訳なさを感じる。それに、ひふみがどういうつもりであんなことをしたのか、問いたださなければならない。無理やりキスされたときはとても腹立たしかったけれど、なんだかんだで翌日には一発殴ってそれでチャラにするつもりだったのに。予想外にひふみが引きずっているようで、本当に変なところで強引なのにメンタルが弱い男だ、あいつは。

本日の授業を全て終えたわたしは真っ先にひふみの自宅へと向かった。

ひふみの家のチャイムを鳴らすと、おばさんは留守のようで応答はなかった。


「お邪魔しまーす……」


勝手知ったる大崎家とばかりに、返事の返ってこない家のドアを開ける。よしよし、ひふみの靴があるってことはまだ部屋で閉じこもってるんだな。流石に誰もいない家に上がり込むのは気が引けたので良かった。わたしはひふみの靴の隣にローファーを並べて脱いで、家の中へ上がり込んだ。

ひふみの部屋は二階にある。わたしが来たアピールをするためにわざと階段を音を立てながら登っていく。いつもならどんな巨体の怪獣が来たのかと思ったとか、無駄に嫌味を言われるけど今日は気にしない。そんなこと気にしているようでは、これからの話はできないだろうから。

階段を登り終えてすぐ正面にひふみの部屋はある。わたしが小さい頃に作ってあげたファンシーなネームプレートはひふみにはえらく不評だったけれど、なんだかんだでそのまま使っているのだ。色褪せたそのプレートを見ながら、部屋の扉をコンコンとノックする。いつもは勝手知ったるといった感じでノックなんてしないけど、この前の前科があるし部屋に入った瞬間に襲い掛かられでもしたら、今度こそひふみの大事な部分が死んでしまうことになるだろう。


「ひふみー。いるんでしょー? 入っていい?」


部屋の中からひふみがなんだかもにゃもにゃ言っている声が聞こえるが、いつも以上に声に覇気がないせいで何を言っているか全く分からない。けれども部屋のど真ん前に構えて今にも襲い掛かってくるといったことはなさそうだった。


「何言ってるか聞こえないよー!」


面倒臭くなってわたしはそのままドアノブを回すと、それはいとも簡単に開いた。

どうやら鍵は掛けてないみたいだ。


「ひふみー?」


そのまま扉を開けて中の様子を伺う。部屋の中は、まだ夕方だというのに遮光カーテンがびっちりと閉じられたままで薄暗い。目を凝らしながら部屋の中を見回すと、ひふみのベッドの上にふとんを被ってこんもりとしたひふみ山が出来上がっていた。どうやらあの中に籠城しているらしい。


「ねえってば。中から出てきてよー! おばさん、心配してたよ」


ひふみの部屋の中に足を踏み入れて、そのベッドの上に出来た山を軽く揺さぶりながら話しかける。出てくる気配はなく、また中でもにゃもにゃ何かを言ってる声が聞こえる。


「え? なんて?」


よく聞こえないので、シーツ山に耳を近づける。


「このクソビッチ、男たらし、淫乱、痴女……」


どうやらひふみは布団の中で、わたしに対しての怨嗟の言葉を吐き続けていたらしい。自分がわたしにしたあの所業も忘れてこれは逆ギレにもほどがあるし、ひふみのその言葉にカチンときたわたしはひふみが被っていた布団を力任せに引っぺがした。


「いい加減にしろ、このもやし男!」


ひふみのささやかな抵抗を感じながらも、布団はあっけないほどにわたしによって引っぺがされてしまった。当たり前だ、ただでさえもやしなのに数日ご飯も食べずに部屋に引きこもっていたというのなら、3食昼寝おやつ付き生活なこのわたしが負けるはずがない。


「……なにしにきた」


ひふみはまるで外敵から身を守るアルマジロみたいにぎゅっと丸まって布団の中にいた。あの日から着替えることもしてないのか、三日前と同じ白いポロシャツに黒いカーゴパンツという服装のままだった。動く気力もないのか、丸まったまま目だけをぎょろりと動かしてわたしを見た。そのやつれきった風貌はまさにゾンビだ。生きるゾンビとタグを付けてSNSに投稿してやったら、少々話題になるのではないだろうか。


「あのさ! まずはわたしに何か言うことあるんじゃないの?」


ベッドの上に丸まったひふみの横に仁王立ちして腰に手を当てて、精一杯怒ってますアピールをする。当のひふみはどこ吹く風。相変わらずその濁った眼だけをぎょろぎょろ動かしながら、心底バカにしたように汚い笑みを浮かべた。


「……お前に言うことなんてねえよ。どうせ、あのちゅーの意味も分かってねえくせに」

「そりゃ分かんないよ! 言葉にして言ってくんないと何も分からない!」

「ほらな。お前は人の気持ちを慮るとか、行動の意味を読み取るとか、全く出来ねえ女だもんな。だから、この前の国語のテストで13点なんて馬鹿みたいな数字取れるんだ」

「そ、それは今関係ないでしょ!? そうだよ、わたしバカなんだから、ちゃんと言ってくれないとわからないんだって!」


わたしからの言葉を受けてさらに小さく丸まるひふみの隣に勢いよく腰かけると、反動でベッドが揺れる。ひふみ産シーツも小さく揺れる。わたしはそんなひふみにシーツ越しに触れ、優しく撫でてみる。押してダメなら引いてみろ作戦だ。


「ね、ひふみ。言ってよ。なんで私にキスしたの?」


現状わたしが出せる最高の猫撫で声でたずねると、ひふみが耐えかねたようにシーツをめくりあげ、ガバッと立ち上がった。ぼさぼさの前髪の隙間から血走った眼がわたしを睨みつける。


「……なんでちゅーしたかって? お前のことが好きだからだよ! バカで能天気で気遣い力0でゴリラでガサツだけど、好きなんだよ! お前のことが!」


愛の告白をされている筈だが、それを上回る量の悪口が聞こえたのは気のせいだろうか? 


「……は?」


思わず低い声が出てしまったが、ひふみは気にした様子もなく言葉を続ける。


「お前をあのポッと出のチャラ男に渡したくなかったから……。あいつとお前がイチャついてるとこなんて見たくねえし、だったらその前に夕の処女だけ貰って、あとは絶縁しようと思ってた。俺の片思い歴15年の分だ、そんくらい貰ってもいいだろ? でもそれもゴリラ女のせいで失敗だ」


心の底から悔しそうに唇を噛みながら、ぶつぶつと呟いている。あのひふみがわたしを好きだと言った? ひふみが勝手にキス事件が発生したあとでも、そんな考えはいまのいままでわたしの脳裏に少しも浮かんではいなかったので、面食らってしまう。


「好きって……ラブの好きってこと、だよね……?」

「それ以外のなにがあるんだよ。そうじゃなきゃあんなちんこ硬くなんねえだろ。

 ……まあお前に膝蹴り食らったせいで二度と使い物になんないかもしれないけどな」

「それは急にサカったあんたが悪いんでしょ! っと、そうじゃなくて……!」


危ない、危ない。またいつもの流れで言い合いになってしまうところだった。


「一旦タンマ! ちょっと自分の気持ち、整理するから。そのまま待ってて」


途端に唇をゆがめて皮肉な表情を浮かべるひふみ。


「ふん、整理したからって何になる。どうせお前はあのチャラ男とちちくりあって……」

「マジで黙ってて!」

これ以上の憎まれ口を聞かされる前に、ひふみの口を両の掌でふさぐ。ひふみの告白に返事を返してやろうとしているのだから、少しは黙っていてほしい。

「むぐ……」


うるさい口をふさぎながら、睨みつけるとひふみはおとなしくされるがままになっている。大きく息を吐きながら、わたしは目を瞑った。


考えろ、考えろ。わたしはひふみのことをどう思っている?

いままでは弟のような兄のような、近しい、まるで家族のような存在だと思っていた。

でもどうだ? いきなりキスをされて驚きはしたが、嫌悪感はみじんもなかった。

あの時怒ったのは、そうだ、初めてキスをされて、それ以上もされそうになって。わたしの意見なんて全く聞き入れてくれずに、いきなり今までの幼馴染みという関係を破壊されそうになったのが怖かったのだ。

瞼を開けて、ひふみを見ると、さきほどまでの睨みつけるキツイ眼光はそのままに。まるですがるように瞳を潤ませながら、それでもなおキッと睨みつけている。

ああ、かわいいなあ。

……ん? いまわたしはひふみを可愛いと思った?

こんなひふみを可愛いと思い、どれだけひふみの憎まれ口に苛立っても、離れる気にはならない。キスだってイヤじゃなかったし、セックスは……どうだろうか。なんとなく想像はしてみるけど、なにぶん経験がないのだから、裸の男女が抱き合っている、それ以上の何かは出てこない。でも、多分これもイヤじゃない。

ということはそういうことなのではないだろうか。わたしの単純な頭ではそれ以上言語化できる気がしないが、多分、わたしもラブ、ってやつなんだと思う。


「多分、わたしも好き、なんだと思う。……気付くの、遅くなってごめんね?」


上目遣いでひふみを見つめる。いつもよりも潤ませた瞳もサービスで。わたしからしてもあざといを狙い過ぎたくらいだったけれども。


「んぐ……可愛っ……! ゴホッ! そんなあざといの、通用すんのオレくらいだからな……!」


ひふみにはバツグンの効果だったようだ。まるで飛び掛かるような勢いで唇を合わせるひふみの首元へ、両腕を巻き付けて受け入れる。お互いが初めて同士なのだから、キスの流儀なんて知るもんかとばかりに、唇と唇を食み合い、舌をこすり合わせる。不思議だ。なんだかずっと昔からこうなることが決まっていたかのように、ぴったりと重なり合うのがすっごく気持ちいい。

夢中でお互いの唇を貪りあう。呑み切れない唾液が口端をつたっていく感触さえ、気持ちいい。つ、と唇を離す。思わず下げた視線の先、先程まではうんともすんとも言わなかったひふみのひふみが、うっすらと小山を築いていた。


「よかったね、使い物になりそうだよ」


シーツ越しにその小山を撫でる。少し大胆かもしれない、頭の端にそう羞恥心が浮かんだ気がしたが、今はそれよりもひふみに触れたい気持ちの方が大きかった。頭上で小さく息をのむような吐息が聞こえた。


「こンのクソビッチが……もう殴られたって止まってやんねえからな……!」


熱っぽくギラギラした眼光でわたしを睨みつけてくるひふみを、望むところだと言わんばかりに睨みつけながら、その唇にかぶりつく。そんなわたしを受け止めながら、ひふみはぐいとそのままベッドへわたしを押し倒し、ふたりは荒々しく互いの唇に噛みつきあったのだった、ずっと、ずーっと。

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