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STORIES 057: あの声を思い出せますか

作者: 雨崎紫音
掲載日:2024/03/31

STORIES 057

挿絵(By みてみん)



その日、僕は…


ショッピングモールで買い物を済ませ、次の用事へと向かうため、車に戻ろうと急ぎ足で歩いていた。


もう陽が傾いていたし、立体駐車場は少し暗い。

平日の夕方だったが、それなりに混み合っていた。


自分の車を停めた場所を思い出しながら歩く。


.


近くのSUVの辺りでは、数人の男女がしゃがんだりしながら話し込んでいる。


柄が悪い感じではないけれど、なんとなく嫌だよね。

それで、サッと横を通り抜けようとしたとき…

驚いて思わず立ち止まりそうになった。


「えー、そんなことある訳ないじゃない」


ありふれた会話の、どこにでもあるセリフ。

ただ、その女性の声が…


むかしよく聞いていた声に、あまりにもそっくりだったから。

振り返って顔を見てみたかったけれど…


思い直して足早に立ち去った。


なんだか、それはやってはいけないことのような気がしたから。


.


あの頃、付き合っていた彼女の声。


振り向いたら、そこに本人がいるのではないかと思えるくらいに似ている。


もちろん、そんなわけはない。

遠い記憶の中の、もう30年近く前の声なのだ。


そして、どんな偶然であっても…

彼女はそこにいるはずがない。


どこか、僕の知らない遠いところで暮らしているだろうから。


.


誰かの声。


仲の良い友達とか、離れて住む両親とか、好きなアーティストとか…

何人かを思い浮かべて、その声を思い出してみて欲しい。


意外にハッキリと思い出せるんじゃない?


さらに昔の記憶を遡って、子供の頃の学校の先生とか、隣の席だった同級生とか、初恋の人とか…

そういうのはどうだろうか。


声の記憶というのは、かなり記憶に残るようだ。


僕は、驚くほどの人数の声を、頭の中で再生できている。

ただしそれを表現したり、説明したり、真似したりするのは非常に難しい。


頭の中では確かに存在しているけれど、それをアウトプットするとなると術がない。


.


明るい声 沈んだ声

怒った声 悲しい声

親しげな声 よそよそしい声

甘えた声 冷めた声

愛らしい声 憎らしい声

凛とした声 面倒臭そうな声

艶かしい声 恐ろしい声

澄んだ声 ハスキーな声

心地よい声 聞き苦しい声


雰囲気は伝えることができる。

けれど、声そのものを言い表すことは、何と難しいことだろう。


優しく、少し舌っ足らずなあの子の声も。


記憶の引き出しから引っ張り出して、僕の脳内でだけは再生できる。

まぁ、そんなことできても…

意味なんてないのだけれど。


僕は、自分の声は全く好きじゃない。


でも、この声と話し方を好きだと言ってくれる、特異な人たちもいるんだよね。


声って不思議。


.


いつも見かけるだけのあの人は、いったいどんな声をしているのだろう。


あなたの歌声を、いつか聞いてみたい。

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