君の気に入は何処?
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
注意事項2
純喫茶を語る上で、そろそろ歴代の洋書を読まなければならないと思いながら、また心が折れるのだろうなと思います( '-' )
――紅茶が好きです。珈琲よりも好きです。でも紅茶の善し悪し、味の違いは分かりません。だから何時も純喫茶に訪れると、オリジナルブレンドを注文して、相性を推量るっています。
彼女はそう言って、俺を此処ではない世界へと連れて行ってくれた。
最初の店は赤く、茶色く、沢山の個性溢れる絵が飾ってある店だった。最近読んだ本、聞いたBGMのせいだろうか? 吸血鬼ドラキュラの城の一部のような高貴な雰囲気が漂っていた。
珈琲はバランスの取れた味だった。正統派を地で行く様な深い味わい。飲む程に世界に没入して、飲み終わる際には何時も夢見る瞳で微睡んでいた事を覚えている。
「沢山、純喫茶を回ったんだ。でも総合的に見ても此処が一番好き。雰囲気もさることながら、醍醐味は此処を出た後にある。出た後も、ずっと珈琲の余韻があるの。ずっと口に残って、唾液と溶け合って、何時までも何時までも口腔が甘いの」
二番目に訪れた場所は、道端を歩いていたら、突然現れる看板が特徴の店だった。内装もそれに違わず。幻想的少女趣味でとてもメルヘンだった。不思議の国のアリスの登場人物達が、陰ながらに此方を見詰めている場所だった。
珈琲の味はそんな愛らしい店内に反し、珈琲特有の苦味を全面に押し出していた。まるで不思議の穴の様に何処までも深く、重く。一口二口飲んだ後に、颯爽とミルクを入れた事は記憶に新しい。
「メルヘンで可愛いでしょう? 此処のお店。此処の特徴はお好きな子を指名して、去るまでの間、ずっと私達の相手をしてくれる事にあるのよ」
彼女は指名した愛らしいカップをしげしげと眺めると、満足そうに指先で撫でる。不思議の国の少女にでもする様に。
三番目に訪れた場所は灰色と、くすんだ光の灯る店だった。落ち着いた色合いの調度品が、昭和の隠れ家のような空気を出していた。その仄暗い空間、隣から漂う煙草の香り、そして換気扇のぶぅぅぅん……と言った音も相まって、彼女は奇書の一つであるドグラ・マグラを例にあげていた。
「私、此処の純喫茶の雰囲気がとても好きよ。『純喫茶は、クラシックを流している』という思想を此処に来てひっくり返された。何よりもこの換気扇の音が良い。他で聞いたら耳障りかも知れないけれど、此処のBGMはこれでなくちゃいけないの」
珈琲の味は最初に訪れた店と真反対を行く程、個性に溢れていた。最初に苦味がガツンと来る。その後に仄かな甘さと酸味が口に広がる。珈琲が持つ全ての個性をこれでもかと言うほど分からされる。そんな味だった。
四番目に訪れた店は、ログハウスの様な深い焦げ茶と、劇場で使用される様なワインレッドが特徴の内装だった。画像で見た時に感じた雰囲気とは大分異なる。ドイツの路地裏の様な、されどもアメリカのシアターの様な、何とも一口に言い表すには難しい光景だった。静かに流れるアコーディオンの曲がそれに磨きを掛けている。
「……此処は来る事に印象が変わるの。全体を見回した時と、個々に目を向けた時の印象がまるで違う。同じ場所なのに不思議でしょう?」
珈琲の味は最初の店同様、バランスの取れた味だった。癖がなく、ミルク無しでもカップが傾く。強いて違いがあると言うならば、後味を残さないところだろうか? 喉を下った後に、水で口を潤すと、ほろりとした苦味が溶けて消えていく。味を確かめる為に、またもう一度。完飲後にただ『美味しかった』という記憶しか残さない。それ程までに儚い味だった。
最後に訪れたのは、剥き出しの赤煉瓦と二つとない木目が特徴の場所だった。派手さを抑えたさ柔らかで暖かな照明と、大量のレコード、そして飾られた洋酒の空き瓶が風情を醸していた。四分の二拍子のバンドネオンが陽気で甘い音を奏でる。
珈琲の味もそれに類似して甘かった。一口飲む程に『苦い』という言葉が霞ゆき、芳醇な甘さが口に広がる。苦味を感じると即刻ミルクやら砂糖をで味を弄る彼女が、今回は黙ってカップを傾ける。
「甘いね……。苦手な人でもミルクも砂糖も入れずに飲み干してしまう。やっぱり良いね。純喫茶を巡るのは。新しい発見が幾度となくある」
古書の匂いに混じって、深く甘苦い香りが漂う街。彼女はくるりと小さな世界を巡った後、大きく深呼吸をした。
「この街の空気は、何処の喫茶店とも相性が良いの。絶対に純喫茶の香りを害さないの。ところで……君の気に入りは何処?」
「俺は……」
目に入る純喫茶は一通り行ったので、区切りとしての総まとめです。何処も個性があって面白いです。
最後の気に入りが明かされていないのは、読者様によって選ぶ回答が違うからです。
彼女の台詞しか描かれてないのもそのため。
沢山連れ回させて戴きました。
一番目の喫茶店を久しぶりに訪れて思ったこと。
飲めば飲む程に深みにハマる。
スポーツ選手のゾーンに似た環境を覚えます。
それは喫茶店を出た後も。
ずっと口の中が甘いんです。
だから飴でも舐めるように、口の中を弄り回してます。
四番目は一番目と味が似てるんです。
バランス型で砂糖、ミルクなしでも喉を下る。
それだけ美味しいのに、何故か記憶にあるのは、『美味しかった』という感想だけ。
露と消えゆく儚さが良さであり、悲しさでもあります。
最後に訪れた場所も飲みやすくて美味しかったので、一番目と比べてみました。
此方の方が苦さ控え目で甘い。どれだけ飲んでも甘い。
後にも先にも飲んだ感想が
『甘い……ふふふ……』
と思わされるのは此処が最後じゃないかな。
拘りが見えてとても楽しいです。