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(そんな人がいるんだ…)
街にはびこる悪を殲滅する『掃除屋』と呼ばれる人物。
質の悪いグループ相手に、たった一人で立ち向かっているだなんて正直驚きだけれど。
(でも、なんだろう…。すごく共感出来る…)
一人では何も出来ない癖に集団になると妙に強気で、悪いことや人に迷惑を掛けることに何の躊躇もなく逆に愉悦に浸っているような人たち。
そういう人たちは、ハッキリ言って嫌いだ。
そういう輩は決まって、まるでその行いが格好良いとでも思っているのか、わざと表立って自分たちの存在を誇示しようとする。
正直、そんな人たちとはどんな関わりさえも持ちたくないというのが本音だ。
でも、その反面。
居なくなればいいと。この手で消し去れるものなら全て殲滅してしまいたいとさえ思う激しい感情が己の中にあることを自分は知っている。
そこには過去の出来事が尾を引いてることは明らかなのだけれど。
父の命を奪った事故の経緯が…。
(お父さん…)
第三者の手によって事故に追いやられたことは明白なのに、結局犯人逮捕には結びつかなかった悔しい過去。
どんなに酷い悪党でも、必ずしも正義の鉄槌が彼らに下される訳ではないのだという苦い現実を知った。
(でも…。この気持ちは、ただの復讐心…なのかな…)
少なくとも『正義感』なんかではないことくらい解っている。
力に力で返せば、それは彼らと何ら変わりないのかも知れない。
けれど…。
国の治安を守る警察でさえ彼らに手を焼き、抑止することが出来ず、法的に罰することが出来ないというのなら、そういうやり方も在りだと思うのだ。
(これって、私…。ちょっと危険思考かな…)
思っているだけで自分に何が出来る訳でもないのだけれど。
それでも…。
もしも自分にも、そんな圧倒的な力や行動力があったなら…と、思わずにいられない。
(こんなこと圭ちゃんに話したら、また怒られちゃいそうだな…)
『相手への恨みや復讐なんかに走ったって良いことないよ。紅葉が傷付くだけだ』
あの事故の後、気持ちが昂って相手への怒りが抑えられず泣き叫ぶ私に圭ちゃんが言った言葉。
圭ちゃんなら、きっと今でもそんな風に自分を叱ってくれるんだろう。
悪いことをする人たちは当然、許されるべきではないとは思う。
けれど…。
(でも…いい加減、私も成長しなくちゃね)
紅葉は気持ちを切り替えるように頭をぷるぷると軽く振ると学校の門をくぐるのだった。
そんな紅葉の数メートル後方を歩いていた、ある人物の傍へ一人の生徒が足早に歩み寄ると、自然な仕草でひっそりと耳打ちをした。
「昨夜、また出たそうですよ。例の…」
「ああ。掃除屋だろう?聞いた」
つまらなそうに前を向いたまま男は応える。
「今回は目撃者が多数いるそうですよ。その中にウチの生徒もいるらしいです」
「へえ…」
その人物は、その言葉に僅かに目を見開くと不敵な笑みを浮かべた。
「そんじゃあ早速、情報収集しねぇとな」
「そうですね」と相槌を打ちながら男の半歩斜め後ろをキープしながら歩いていたその男子生徒は、周囲に視線を配りながらも再び口を開いた。
「でも…その掃除屋って、いったい何者なんでしょうね?巷ではどこのグループにも属してない一匹狼だって噂になってますけど。でも、もしそれが本当だとしたら相当な手練れですよ。昨日やられた『FLAME』のメンバーは十数人現場にいたらしいじゃないですか。それを一人で伸しちゃうっていうのは流石に簡単に出来ることではないですよ」
声のボリュームは相変わらず控えめだったが、何処か興奮気味に話すその生徒に、前を歩いていた男は振り返りもせず鼻で笑った。
「それはまた絵に描いたような、すげぇ武勇伝だなァ」
顎に手を当てると唸るように呟く。
「桐生センパイ。…実は結構、楽しんでたりします?」
その桐生と呼ばれた男は、その後輩のツッコミに破顔した。
「はははっ…まあな。何にしても面白くなってきたじゃねぇか。その掃除屋とやらが単なるヒーローごっこに興じているだけのおめでたい奴なのか、新たな勢力に変わる危険人物となるのか、まだ判断し兼ねるけどな」
「そうですね。とりあえず、早めに目撃者にアクセスしてみますね」
「ああ。立花、頼むな」
その立花と呼ばれた生徒は、小さく頷くと「また放課後に」と声を掛けて一礼すると桐生を追い抜いて小走りに駆けて行った。
その後輩の後ろ姿を見送りながら桐生はひとり小さく呟いた。
「早く、その面拝んでみたいぜ」