2−2
まさか、最近また症状が出てるなんて思ってもみなかった。
朝起きれば眠った時と同じ布団の中なので、こればっかりは仕方ないのだけれど。その行動を気付く者は他に家にいない訳だし。
(でも、流石に駅前って…。あんなに遠くまで行けちゃうものなのかな?…眠っているのに?)
まるで他人事のように考える。
自宅から駅前までは普通に歩いても二十分は掛かる。
その距離を眠りながら歩いて行って、また自宅に戻ってくる。そんなことが果たして可能なのだろうか?
(うーん…。ないわー)
通常なら有り得ないだろう。そう、通常なら。
でも、自分の場合はその『通常』が通じない。それは今までの行動を目撃されていることで明確なのだから仕方ない。
(でも、それなら今朝のこの疲れも夜な夜な歩き回ってて身体が休めてないってことなのかもなぁ)
そこだけ妙に納得出来てしまう。
(でも…。怖いな…)
考えれば考える程に、怖い。
制御がきかない自分の無意識下の行動。
もしかしたら、本当は自分でない『何か』に身体を乗っ取られているんじゃないか、とさえ思ってしまう。
何か自分とは違う、別の『意思』を持って動いているようで。
(逆に、それはそれで怖いんだけど…)
紅葉は自らの思考に小さく溜息を吐いた。
(でも、圭ちゃんが見た私に似た人っていうのは、多分…本当に私なんだろうな。…圭ちゃんが私を見間違うハズないもの)
それは確信だった。
友人と前を歩く圭の後ろ姿を遠く眺めながら思った。
(私だって街で圭ちゃんを見掛けたら、例えそれが後ろ姿であっても見分ける自信、あるもんね)
その位、自分たちは一緒にいたのだ。それこそ小さな頃はずっと。まるで家族のように。
(でも、今は…昔ほど距離が近い、とは言えないかな)
偶然同じ高校へ通うことにはなったものの、校内で見掛ける圭の隣を歩く友人は自分の知らない者が断然増えた。
昔なら、その友人の輪の中に自分も一緒に入っていたのに。
生活環境が変化し大人へと成長していく過程で、幼い子どもの頃のままでいられるとは思わない。
圭と自分の関係は、ただ家が隣同士というだけなのだから。
それこそ、その距離感を間違えたら、また思わぬトラブルに巻き込まれ兼ねない。
圭自身は何も言わない。自分が隣を歩くことも許してくれている。今のところは。
(でも、それがいつまでも続くなんて思ってちゃダメだよね)
気付けば、前を歩く圭の周囲には同じクラスの者たちなのだろう。いつの間にか数人の男女が加わり、皆で会話に花を咲かせているようだった。
遠く感じる、距離…。
そこに思わぬ寂しさを感じてしまうのは、身体が怠くて気持ちがマイナスに働いてしまっているからだろうか。
(しっかりしろ、もみじ!まずは自分の行動をしっかり把握しておかないと)
余計な感傷に浸っている場合ではない。
とはいえ、夜の行動に関しては自分ではどうすることも出来ないのだけれど。
ただ漠然とした不安だけが胸に燻ぶっている。
何だか、嫌な予感がした。
(そもそも何で駅前にだなんて…)
そこまで足を運ぶ理由が、どう考えても見つからなかった。
自分は普段から、あまり駅前まで足を運ぶことがない。
よく母親に頼まれて買い物へ出掛けることがあるのだが、駅前の商店街まで足を伸ばさずとも近くにスーパーがあるので、そこで事足りてしまう。
ましてや電車に乗って何処かへ行くということは本当に稀で。
それなりにメインの大通りは知っているが、少し横道に入れば知らない所ばかりなのだ。
そんな慣れてもいない場所を眠りながら歩いているなんて、ちょっと客観的に考えてみても普通じゃ有り得ない。
(我ながら厄介な症状だよね…)
思わず途方に暮れるように空を仰ぎ見た。
綺麗な抜けるような青空に遠く僅かに白い雲が浮かんでいるだけで快晴と言っても良い程の天気だった。
斜め上から降り注ぐ眩しい朝日が何処か疲れた身体にエネルギーを与えてくれているような感じがして、紅葉は不意に足を止めると、それらを吸収するようにひとつ大きく深呼吸をする。
その時、横を抜いて歩いて行った同じ制服を着た二人組の会話が耳に入って来た。
「…ホントにたった一人でだぜッ。マジで凄かったんだって!」
一人の男子生徒が何か興奮気味に話している。
「へぇーっ。やっぱそいつが今までの奴らもやっつけてたんかな?巷では『掃除屋』とかって呼ばれてるらしいじゃん?」
「ああ。絶対昨日の奴に間違いねぇよッ。あんなスゲー光景は見たことねーもん」
(…掃除屋?)
その聞き慣れない言葉に内心で首を傾げた。
そのまま立ち止まっていた足を再び動かすことで自然とその二人組の後をついて行く形になる。その為、会話の続きが自然と耳に入ってきた。
「さながら痛快な映画のアクションシーンみたいだったぜッ。でもな、驚くトコはそこじゃねぇんだよッ」
「どーいう意味だ?」
「それがな、その掃除屋って実は…。女かも知れねぇんだ」
(……えっ?)
紅葉は思わず瞳を見開いた。
「はぁっ?冗談だろッ?!」
「いや!それがマジなんだってのッ!」
まるで凄い秘密を知ってしまったのだとでも言うように、その男子生徒は興奮冷めやらぬ様子で言った。
「顔までは見てねぇんだけどさ、髪がスゲー長かったんだよッ」
(…長い、髪…?)
無意識に空いた右手で胸の前に垂らした三つ編みを紅葉はそっと握りしめる。
「いや、髪の長さだけじゃわかんねーだろ。長髪の男かもしんねぇじゃん?今は男だって珍しくねぇぞ?」
「まぁそうなんだけどさー」
「だって、あのファントムを潰した奴だろっ?それが女のワケねェじゃんっ。それも一人で?流石に有り得ねーって。実際女だとしたら、どこの厳ついゴリラだよッって感じ!」
そう言ってゲラゲラと声を上げて笑った。
一方の『掃除屋』を目撃したという男子生徒の方は「別にそんなゴリラでもなかったし…」とかブツブツ不満そうに何事かを呟いていたが、その話はそこで終わってしまったらしかった。