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眠り姫は夜を彷徨う  作者: 龍野ゆうき
風のウワサ
6/49

1−6

「これを機に警察もここぞとばかりに今までの事件やなんかの立件に動き出すらしいぜ」

「入院中なら逃げられることもないってか。ま、今まで散々手を焼いてたみたいだしな。これで少しは平和になると良いんだけどな」

「夜道とか、うかうか歩いてらんなかったもんなー」


実際、絡まれたり金品を巻き上げられた被害者の多くは学生で、泣き寝入りしてしまう場合が殆どなので事件にさえならないものが多いという話を聞いたことがある。

そのグループが原因かは不明だが、先日同じ塾に通っている別の高校の男子生徒がやはり帰り道に絡まれ、暴行を受け、かなりの怪我を負っていた。圭にとっても、もはや他人事の話ではなかった。


(ホント、これで少し落ち着くと良いけど…)

横で聞きながら圭は小さく息を吐いた。

自分も気を付けなくてはならないのは勿論なのだが、実はそれ以外に少し気になっていることがあった。

(紅葉…。もしかしたら、あいつ…。また…)

紅葉が例の夢遊病を発症しているかも知れない。

こればっかりは治る治らないではないのだが、ここ最近は外を出歩く程の症状はなく、落ち着いていたというのに。

(まだ確証はない。けど、あの後ろ姿はちょっと…。似すぎていたよな…)



先日、塾が終わって同じ塾の友人たちと話しながら建物の外へと出た時、何気なく向けた視線の先。遠くを歩いている人物の後ろ姿に圭は目を見張った。


(あれは…紅葉…?)


確信は持てなかったが、その後ろ姿はあまりにも似ていて。

友人と別れたその足で慌てて後を追ってみたものの、もうその人物は周辺には見当たらなかった。

その後、一旦塾の駐輪場まで自転車を取りに戻り、家に戻って紅葉の家のドアを確認してみると、とりあえず鍵は閉まっていたのだけど。

鍵が施錠されているということは、多分紅葉は家にいる筈だ。

だが、自転車を取りに戻った分のロスもある。その間に家に戻った可能性も捨てきれないと思った。


(でも、眠っていても帰宅してしっかり鍵を掛けられるということは、外出する時も普段のように鍵を掛けて出たりするのかな?)

そうなると、家のドアを確認するだけでは紅葉の在宅を確かめることにはならないのかも知れない。

(…分からないな。紅葉の夢遊病は特殊だからな…)

本人に聞いても、きっと有力な答えは出てこないだろう。

(でも、夜の女の子の独り歩き自体危ないことだし、やっぱり心配だよ)

それが本人の意識のないところでなら尚更だ。何かあってからでは遅いのだ。

(せめて、おばさんが家にいてくれたらな…)

いつも気付ける訳ではないにしても、少しはストッパーになってくれるのだろうけれど。

それでも夜勤で家を空けている紅葉の母親の苦労は近くで見ていて痛い程に知っているから無責任なことは言えない。


(言えるハズがない…よな)


それはきっと、紅葉も同じ想いの筈だ。

(そういう色んな苦労やストレスとかも少なからず影響してるんだろうな…)


紅葉の父親は紅葉が小学生の頃、交通事故で亡くなった。

彼はタクシーの運転手で、夜勤で夜の街を走っていた際に自損事故を起こしたのだという。

だが、それはあくまでも表向きの話であり、実際は街に寄り集まっていた何者かの妨害を受け、それを避けようとしたことで事故に遭ったらしいとのことだった。

だが目撃証言はなく、街の至る所にカメラが設置されているとはいえ妨害した犯人の特定は難しく、その手のいざこざは日常的に至る所で行われており、警察の方でもお手上げ状態だったのだそうだ。


その事故をきっかけに紅葉の生活や環境はガラリと変わった。

当然だ。母子家庭になってしまったのだから。

(紅葉の夢遊病が酷くなったのも、確かおじさんが亡くなった後のことだったハズだ。亡くなってすぐとかではなかったかも知れないけど…)


紅葉自身は何も言わない。

でも、自分は紅葉の内情を知っている数少ない理解者であるという自負はある。

だからこそ、少しでも力になってあげられたら…と思うのだ。

紅葉が困った時には、いつでも手を差し伸べられるように。


(それでも、夜な夜な就寝中に動きだすのだけは予測がつかないからな…)


どうしたら彼女を守れるのだろう。

いつだって感じている歯痒さ。


(いっそ、紅葉に発信機やGPSでも埋め込んでやりたい位だ。そうすれば、いつだって傍に駆けつけられるのに…)

発想がだんだんと危ない方へ向かっていってしまいそうだ。

(ま、悪い奴等はいなくなったというし。これで治安が少しでも良くなってくれれば、それだけ気掛かりは減る訳だし…。良い傾向ではあるよな)

紅葉の夢遊病そのものが治る可能性には期待出来ないだけに、周辺の環境は何より重要だ。


(でも、こないだのあれは…本当に紅葉だったんだろうか?)


夜風に長い髪をなびかせながら、人のない暗い夜の街へふらりと消えていった、その後ろ姿を思い出す。

もしそうだとしたら、家からは随分と離れた場所まで出歩いていることになる。

(紅葉自身は良く眠れてるって言ってたけど…。無性に眠くなるとも言ってたし。やっぱり怪しいよな…)


ひとり小さく息を吐き何気なく時計に目をやると、そろそろ一時限目のチャイムが鳴る時刻だった。

圭が机の中から次の授業科目の教科書等を取り出し準備に取り掛かっていると、再び横で話している友人たちの声が耳に入って来た。


「でもさ、これで解決って訳にはいかないんじゃねぇの?」

「は?何でだよ?」

「だってさ、ファントムを全滅させた強い奴等が今度、この街で大きな顔してのさばる可能性だってあるじゃん?そいつらが正義の味方とは限らないだろ?いままでだってグループ同士の抗争はあったらしいし。たまたま、今回ファントムが負けたってだけじゃん」

「あー確かに…。でも、そうなると今までよりもっと厄介なんじゃ?」

「だよな?キリがないぜ」


そんな物騒な会話に。

圭は頬杖をつくと、再び小さく溜息を吐くのだった。


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