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「え?彼女っ?」
圭は思わぬ言葉に目を丸くした。
「あの妙に真面目そうなコだよ。三つ編み眼鏡の」
両手で二つ丸く輪を作って眼鏡のように顔に当ててこちらを覗いて見せる友人に。
そこまで言われて、やっとそれが紅葉のことを言ってるのだと理解した。
「ああ。紅葉は幼馴染みだよ。家が隣同志なんだ」
「おさななじみ?」
「うん」
「ただの?」
「ん?…うん。まぁ…」
すると友人は口を尖らせて、いかにも不服そうな顔をした。
「何だ、つまらん」
「つまらんって…」
(何を期待してるんだか)
そう思いながらも、ははは…と乾いた笑みを浮かべる。
「まあなー、お前の好みがあーいうタイプなのかってちょっとびっくりしてた位だし。そうだよなー、流石に違うよなー」
勝手に納得している。
そこへやっと担任が教室へと入って来て皆がバタバタと席に着いた。
その友人も慌てて前へと向き直る。
そんな様子を静かに見つめながら、圭は頬杖をついた。
(好みのタイプ…ね)
好き放題言ってくれるものだ、と小さく溜息を吐く。
幼馴染みの紅葉は、確かに学校では如何にも冴えない感じの女の子だ。
良く言えば『真面目』そう。
悪く言えば『地味』とも言える。
でも、それがただのフェイクであることを皆は知らないのだ。
(実際、知らなくていい。誰も…。僕以外は…)
自分は紅葉程に美しい人を今まで見たことがない。
こればかりは主観によるものだが、それ程に自分は紅葉に長い間心惹かれていた。
だから、ある意味紅葉が自分の好みのタイプだと言っても過言ではないのだが、学校での紅葉は普段の様相とはかなり違ったものになっているので、あまり声を大にしては言えない複雑なところでもある。
長い睫毛に縁どられた二重瞼の愛らしい大きな瞳を隠す、分厚い眼鏡。
学校の友人たちは知らないことだが、実は…これはいわゆる伊達眼鏡というやつで度は入っていない。紅葉の視力は元々悪くはないのである。
髪型については、校則で肩を越える髪は結わかなくてはならない決まりなので、髪の長い女子は皆結んでいるものなのだが、敢えて真面目そうなイメージを持つ三つ編みを選んでいたりする。
何故、紅葉がそんな変装まがいなことしているのか。それには理由があった。
それは、紅葉のある『病』がキッカケだった。
紅葉は俗に言う『夢遊病』持ちだ。
夢遊病とは、睡眠中に発作的に起こる異常行動のことで、無意識の状態で起き出し、歩いたり何か行動を起こしたりする。そして後に再び就眠するのだが、その間の出来事を本人は記憶していないのだそうだ。
紅葉には幼児の頃から、その気があった。
それは幼児にはよく見られる程度のもので、布団から起き出して家の中を歩き回る等、カワイイものだった。
だが、それが成長するにつれて行動範囲が広がって行ってしまった。
外へ出て行くようになったのだ。
本人は眠っているのに、まるで起きているかのように普通に外へ出て行ってしまう。
流石にこれは問題だろう。
夜遅くにフラフラと一人歩き回る少女の姿は流石に人の目を引く。
何より、この周辺は昔から治安が悪く、様々な事件や被害報告が出されていて自治体をはじめとした付近の学校などでも、それらの被害から子どもたちを守るとの名目で地域パトロールなどを強化してきた。
そんなパトロール要員たちに度々目撃された紅葉の姿は、ちょっとした噂になってしまった程だった。
通常大人たちに見つかれば、そのまま保護されることになる。
だが、紅葉は一度足りとも保護されることはなく、身元が割れることもなかった。
何故なら…。
追い掛けると逃げるのだそうだ。そして皆が煙に撒かれたかのように、その姿を見失ってしまうのだという。
だからこそ、その少女がいったい誰なのか。何者なのか。色々な憶測を呼び、噂が広がっていったのだ。
「どうしよう、圭ちゃん」
当時、紅葉は心底困った様子だった。
それは当然だ。まさか、巷で噂になっている人物が自分だなんて思ってもみなかったんだろう。
何しろ記憶がないのだ。本人は眠っているのだから。
たまたまフラフラと外へ出て行く紅葉を僕が見つけたことで、それが発覚したのだけなのだ。
「どうしようって言っても…。紅葉の夢遊病は今に始まったことじゃないしね…。治せるならとっくに治してるもんね?」
「うん」
「それこそ、家のドアを開けて出て行けないように何かで厳重に固定するか…。紅葉自身を固定するしかないんじゃないのかな?」