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「それは確かにそうだね。でも、圭ちゃん、ブレザー姿すごく似合ってるよ。見た目はすっかり高校生しちゃってるかも」
中学の時は学ランだったので、これはこれで新鮮だと思う。
どちらかと言うと圭ちゃんは童顔で大人しいイメージの男の子で、『カッコイイ』というよりは『カワイイ』タイプなのだけど。制服が変わり、ネクタイを締めているだけで何だか大人っぽく見えるから不思議だ。
紅葉が素直に思ったままを口にすると、圭は少しだけ照れた様子を見せて笑った。
「ありがと。紅葉だって似合ってるよ。その制服」
「えへへ」
二人して褒め合い、互いに照れて…。傍から見れば何ともこそばゆい会話ではあるが、二人は大抵いつもこんな感じで、のほほんとしているのが常なのだ。
「そう言えば、紅葉…」
「ん?」
暫く歩いていて、何かを思い出したように圭が口を開いた。
「最近、良く…眠れてる?」
「うん?寝てるよ?」
首を傾げながら質問の意図を探るように見上げると。
言外に「何でそんなこと聞くの?」と、問われている気がしたのか圭は慌てるように笑顔を見せた。
「ならいいんだ。別に深い意味はないんだ。ただ…」
「…?」
「最近、割と早い時間に紅葉の家の電気が消えてたからさ。早く寝てるのかなって思っただけだよ。昨日も僕が塾から帰る頃には消えてたみたいだし」
「あ、うん。確かに、この頃は早く布団に入っちゃってたかも」
記憶を辿るように人差し指を顎に当てて言った。
「何か、無性に眠くなるんだよね。最近…」
「…無性に?」
「うん。授業中は流石に居眠りしないように頑張ってはいるけど…。自分でも気付かないうちに疲れが溜まってたりするのかなって」
言いながら首を回してみると、小さくコキコキ…と骨が鳴った。
「高校に入って環境が変わったことで精神的な疲れがあったりとか?」
「うーん。自分ではそんなに感じないけどね。あ、それとも…」
「…それとも?」
何故だか、さっきから圭ちゃんが妙に心配気な顔でこちらを見つめてくるのに気付いていた。
さり気なさを装ってはいるけど、何かを気にしているのは見え見えだった。それなりに長い付き合いは、伊達じゃないのだ。
(でも、圭ちゃんのことだから…。また、要らぬ心配をしていそうだなぁ)
それこそが彼の優しさなのだと知っているけれど。
紅葉は、安心させるように冗談めかして笑った。
「春だから、かもね?」
自分の眠気を季節のせいにするのも何だとは思うけれど。
(実際、春って眠くなるものだし)
すると、圭もつられて破顔した。
「何だか野性的でいいね。紅葉らしいよ」
「ちょっと圭ちゃん!それって、どーいう意味っ?」
二人して笑い合う。
その後は、自然と別の話題に変わってしまったのだけれど。
この時、何故圭が突然そんなことを言い出したのか。
何を気に掛けていたのか。
紅葉は、後々知ることになるのだった。
学校へと近付くにつれて徐々に同じ制服を着た生徒たちが周囲に増えていく。
紅葉と圭は一緒に登校してはいるが、途中でどちらかが友人に会えた場合は、その場で別行動することにしている。
今日は圭が前を歩いている友人を見つけたようで、その場で「またね」と互いに別れた。
それを提案したのは紅葉からだったが、圭も特に異論はないようだった。
それは敢えて『二人』に固執する理由が元々ないことと、周囲に色々勘ぐられたくないというのが要因の一つであった。
いつか圭ちゃんにも彼女とかが出来るかも知れない。
そうなった時に自分が邪魔な存在にはなりたくない。
圭には話していないが、それが紅葉の本音だ。
普通に二人が幼馴染みであることは友人たちは既に知っていることだし今更隠すつもりはないが、そこを過剰にアピールするつもりもないのだ。
実を言うと、それには中学時代に圭を好きだという女子に逆恨みされ、トラブルに巻き込まれたことが根底にあったりするのだが、そんな事実があったことを圭は知らないし、紅葉自身も話すつもりはなかった。
それでも家族のような存在である圭との時間は、紅葉にとって大切で貴重な時間に違いなくて。
せめて圭ちゃんに特別な人が出来るまでは…。
(この僅かな登校時間位はひとり占めしても、いいよね?)
紅葉が教室へと到着すると、既に多くの生徒たちが登校してきていてクラス内はとても賑やかだった。
ちなみに圭は隣のクラスである。