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私には持病がある。
いつから患っていたのか、正直自分でも覚えてはいない。
気付けば、現在の症状が現れていたという感じだった。
だからと言って決して病弱な訳でもなく、身体は至って健康。どちらかというと、精神的なものからなのかも知れなかった。
その名も『睡眠時遊行症』。
俗に言う『夢遊病』と呼ばれているものである。
昔、一度だけ病院へ連れられて行ったことがあった。
でも、子どもには稀にある症状だと言われたのみで特に治療や解決策を見出すことが出来なかった。成長すれば落ち着いてくるだろうとのことだったが、それはある意味病院側の『投げ』でしかない。
そう。
私は十六歳になった今でも症状は落ち着いてなどいない。
毎日という訳ではないが、夜な夜な徘徊を続けている…らしい。
己の知らぬところで。
それも、夜の街を…。
東から昇る朝日が窓辺に暖かな光を注ぐ。
そんな中、未だ真新しい制服に身を包んだ少女は手慣れたように首元のネクタイを締めた。
中学時代はセーラー服だった為、ネクタイは高校の制服で初めて結び方を覚えたのだが、毎日のように結んでいればすぐに慣れるものである。
それに、少女はこの高校の制服をとても気に入っていた。ネクタイを締めると、どこか気も引き締まるような感じがするからだ。
「よしっ」
鏡に映った自分の姿をチェックすると、少女はひとり頷いた。
そこには絵に描いたような、いかにも真面目そうな少女が映っていた。
二つに分けた三つ編み。
そして、大きめレンズの茶ぶち眼鏡。
ある意味、地味な女学生の典型のようなスタイルだが、少女はこの姿を割と気に入っていた。
少女の名は、如月紅葉。高校一年生。
4月生まれの彼女は、先日十六歳になったばかりだ。
時計を確認すると、いつも家を出る時刻が迫っていた。
紅葉は机の横に置いていた鞄を手に取ると、慌てて自室を後にする。
そして、いつも通り母の寝室をそっと覗くと。
「行ってきまーす…」
夜勤帰りで既に眠っている母を起こさないように小さな声でそれだけ言った。
紅葉の家は現在母子家庭で、母は毎日夜勤で仕事に行っているのだ。
朝方帰って来た母と共に早めの朝食を取り、母は就寝。そして自分は学校へ。そんな生活をするようになって、もうすぐ一年が経とうとしていた。
しっかりと家の施錠をして通りへと出ると、いつも通りキィ…と音を立てて隣の家の門から出てくる少年の姿が目に入った。
「圭ちゃんっ」
紅葉は軽く手を上げると、その人物の傍へと歩いて行く。
少年は目の前まで紅葉が来るのを足を止めて待ちながら、
「おはよう、紅葉」
そう挨拶をして笑顔を見せた。
「おはよう」
そうして二人は、それが当たり前のように並んで歩き始める。
彼の名は、本宮圭。紅葉の隣の家に住む同級生だ。
紅葉と圭は、いわゆる幼馴染みというやつで、この家に引っ越して来た幼稚園時代からの付き合いである。
小中学校は勿論のこと、高校も偶然同じ学校に通うことになり、時間が合えば、こうして一緒に登校したりもしている仲だ。
実をいうと、紅葉は圭が家を出る時刻を把握していて、敢えてこの時間に合わせて出ていたりするのだが、そこに特別な含みはなく『折角同じ学校に通っているんだし一緒に行こうよ』的な至って軽いノリでしかなかったりする。
それでも圭も嫌な顔などを見せることはないし、二人にとってこの距離感が普通なので、居心地の良い時間に変わりはないのだ。
「でも、まさかこうして毎日、また圭ちゃんと学校行けるなんて思ってなかったよね」
紅葉が嬉しそうに笑顔を浮かべると。
「そうだね。歩いて行ける距離だし、何だか中学の延長みたいな感じで高校生っていう実感もイマイチ湧かないけどね」
そう微笑みを返してくれる。