「ずっと、愛していました。勇者さま。」
勇者が魔王を倒した。
そのことを聞いて私は信じられませんでした。
勇者が魔王を倒したなんて。
ずっと、ずっとあり得ないと思っていました。
彼のそばにいて、彼を応援し続けていたのは他でもない私であるのにも関わらず。
はじめて勇者と出会ったときから、勇者が魔王を倒すことができる日なんて来ないと思っていました。
勇者は魔王を倒すことができないまま、ただ安らかな死を迎えると勝手に思っていました。
魔王を封印している間に、年をとり、穏やかに私のそばで死んでいくのかと思っていました。私をたった独りぼっちにしてしまうことを悔やみながら、私に看取られて彼は死んでいくだろうと思ったのです。
だけれど、勇者は魔王に勝利したのです。
信じられませんでした。
でも、確かに魔王城の扉が開かれたとき、確かに魔王は死んでいました。
封印ではなく、死。
それは、この世界に平和が訪れたことを意味します。
勇者が生まれてから、魔王との闘いの日々が続いていました。
そして、魔王の死によって世界は平和になったのでした。
「勇者、よくやりましたね」
私は勇者に声を掛けます。
思えばいままでずいぶん厳しいことを言ってきました。
魔王を倒す存在に育てるため、彼が勇者と名乗っても何者にも馬鹿にされないようにするため。
私はたった5歳で出会った彼にさまざまなことを求めていたのです。
だから、今日こそは彼に優しい言葉をかけよう。
今までの厳しさの理由を打ち明けよう。
そして、これからは彼にとって穏やかな日々を送れるようにしよう。
私は聖女ではなく、ただの女となって彼に尽くそう。
今までつらかった彼の人生をあたたかく幸せなものにしよう。
家に帰ったら彼の好きなスープを作ろう。
今夜は彼が初めて魔王を倒した年に仕込んだワインを開けよう。
毎朝、焼き立てのパンの香りで彼を目覚めさせよう。
私は彼とのこれからの日々、してあげたかったことで胸がいっぱいになります。
平和な世の中になったのですから、これからは彼は彼自身のためにいきることができるのです。
そして、私も国のために祈り勇者を支える聖女としてではなく、ただの一人の女としての日々が始まります。
「勇者様、おめでとうございます。これでこの世界は救われました」
私は勇者の前に行って、正式なお辞儀をしました。
少々かしこまりすぎているかもしれないと思いつつ、これも決まりですので。
きっと、昔の勇者ならいたずらっぽく、「別人みたい。いつものとおりでいいよ」なんてからかってくるでしょう。
だけれど、今日の勇者は何も言いません。
最近、口数が少なくなってきてはいましたが……。
「……勇者様?」
私が勇者の方に触れようと手を伸ばすと彼はくずれおちました。
彼は息絶えていたのです。
そう、魔王を倒したのは勇者ではなかったのです。
正確には魔王が死んだから勇者が死んだ。
勇者の寿命がきたのでした。
「どうして……」
そんなこと聞かなくても分かっています。
人間の百年の寿命なんてあっという間なのです。
不老不死の私にとっての時間と生きている人間の時間は違う。
幼かった勇者とであってから、あれから九十五年もの歳月が流れていたのです。
最近の勇者の認知は壊れはじめていて、自分を子供と勘違いしていたのも見てみないふりをしていました。
魔王を倒す、その日までは……。
そう思って私はすべてを見えていないふりをしました。
勇者も魔王もこれから百年間は生まれません。
私はまた、この世界で独りぼっちになりました。
「愛しています……勇者様」
私はこれからの百年を人間でないたった一人の存在として生きるのでしょう。
そして、次の勇者が生まれても、もう彼に恋しないと決めています。
「ぼく勇者、五歳」
どこからかそんな声が聞こえたような気がします。
だけれど、それがあれから百年たって生まれた勇者の者なのか。はたまた、私の記憶の中にある死んだ勇者のものなのか私にはわかりませんでした。
ただ、私、不老不死の聖女ができるのは、再び勇者が生まれたら今度こそ彼の寿命以外の方法で魔王を倒すことを祈るだけです。
次の勇者となるものの人生が幸せであるように。
ずっと、愛していました勇者様……。