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「ぼく、勇者。5歳」

「ぼく、勇者。5歳」


 はじめて勇者に出会った時のことは今でも覚えています。

 とても可愛らしい男の子でした。

 トウモロコシの穂みたいな色の髪に空のように青い瞳。頬は子供らしく桃色。

 この世界の未来が絶対素晴らしいものになると信じて疑わない瞳をしていました。

 子供に与えられるべき幸福が与えられた子供らしい子供。

 可愛らしいけれど、普通の子供というのが正直な感想です。

 だけれど、この子供が勇者であることを私は確信しておりました。


 勇者というのは魔王を唯一倒せる存在です。

 この世界には不可欠であり、彼の存在は絶対なのです。

 逆にいってしまうと、勇者の存在によって魔王が誕生します。

 勇者は寿命よってしか死ぬことはない、魔王に対抗できる唯一の存在です。


 そんな過酷な運命を目の前の子供が負うことになると思うと心に鉛の塊を流し込まれたような気持になりました。

 彼が勇者であることは確かでしたが、私がここで神の加護を授けなければ彼は普通の子供として人生を歩むことができるのです。

 普通に学び、成長し、仕事をもち結婚する。やがで子供が生まれ、その成長を見守り、孫が生まれ、年老いて死ぬ。

 誰もが平凡だと思うけれど幸せな人生を手に入れることが今の彼ならばできるのです。

 そう思うと彼が非凡なる存在であることを示す儀式を行うことにためらいがありました。


 だけれど、彼は紛れもなく勇者でした。

 彼が存在する以上は魔王も存在します。

 不老不死の聖女として私が行うべきことは、彼に神の加護を授ける儀式を行い、魔王討伐に向かわせることだけでした。


 最初は勇者も非常に弱い存在でした。

 当然です。子供なのですから。

 どんなに特別な星のもとに生まれたとしても、子供であることには変わりがないからです。

 そのため、普通の人と同じく努力を重ねます。

 剣と魔法の稽古、それに勇者として正しく強い心を持つための鍛錬。

 私はそれらを彼に叩き込みました。

 それが不老不死の聖女としての役目でした。

 聖女といえば、勇者の認定と勇者パーティーの回復役とか思われがちですが、それだけではありません。


『不老不死の聖女』これが私の二つ名です。

 不老不死と聖女なんてあまり結びつきがよくない言葉かもしれません。

 呪われている。

 これは誰かに言われた気がするし、それよりも私自身が感じているものかもしれません。

 私だって、もともとは普通の人間でした。

 不老不死なんて人の理に反しています。

 そんな私が勇者を見出し、側にいてもいいのでしょうか。何度も数えきれないくらい自問自答してきた疑問です。

 だけれど、私ができることと言ったらこれくらいだし、これは私にしかできないことなのです。


 ああ、話が逸れてしまいましたね。

 勇者の話を続けましょう。


 最初は勇者も幼く十分な力を持っていませんでしたが、それは魔王も一緒でした。

 勇者と魔王は対になる存在。

 勇者が幼ければ、魔王も未熟です。

 えっ、そんな魔王ならば誰か力を持った大人が討伐すればいいって?

 そこは勇者が寿命でしか死なないのと同じで、魔王も勇者の手によってしか死なないのです。

 どんなに未熟な魔王であっても、偉大な戦士や魔術師では魔王に傷一つつけることはかないません。


 幼い勇者は魔王を倒すべく修行に励みました。

 きらいなピーマンを克服した日のこと。

 はじめてのファイヤーボールが打てた日のこと。

 聖剣を伝説の岩から引き抜いた日のこと。

 それらは今でも目を閉じれば瞼の裏にはっきりと浮かぶくらい私はよく覚えています。

 忘れることなんてありません。

 でも、一番覚えているのはそれらの嬉しい瞬間、私に「お母さん、できたよ!」と間違って呼びかけてしまい耳まで赤くする勇者の恥ずかしい姿です。

 勇者は本当によく努力を積み重ねました。


「お母さん、できたよ! みて!!」


 ああ、もうっ。ほら、今でもこうなんですもの。

 気づくとあとで恥ずかしさで真っ赤になるのは間違いないので、今のは聞こえなかったことにしておきます。

 勇者はとってもいい子だけれど、すこしだけおっちょこちょいなところもあります。

 だけれど、そんなところも愛おしくて仕方がないのです。


 勇者の笑顔は本当に可愛らしいのです。

 寝顔も笑顔も、拗ねたときの表情も……すべてが大好きです。


 私は勇者にあった日から、彼のすべてを尊く感じておりました。

 これは私が聖女であることと関係があるのかもしれません。

「母性みたいなものですかね……」人に聞かれたら、そんな風に答えることにしています。


 でも、勇者のことを母親のように見守ってきたつもりです。

 ときに厳しく、ときに優しく。

 魔王を倒すとか、世界平和とか、そんなことよりも気が付くと勇者のためを考えていました。


 勇者との日々は楽しいものでした。大変なこともあるけれど、毎日があっという間にすぎていくのです。時を短く感じるのは人の人生の中でも楽しい瞬間というのでしょう。


「大丈夫? 忘れ物はない?」


 私は勇者の装備の最終確認をします。

 鎧に剣に解毒剤に回復薬。

 一通りきちんと手入れをして準備をしておくのだが、忘れてしまうことがあるのが子供というのはとても不思議です。


「大丈夫。僕、勇者だもん」


 勇者は元気いっぱいに返事をしたけれど、お守りを忘れてました。

 これは、はじめて魔王の城に挑んだとき手に入れた指輪です。

 魔王の城には何度も向かってきました。

 勇者が強くなれば、魔王も強くなります。

 魔王と勇者の力は互角で、魔王をしばらくの間封印することはできても、倒すことはできません。

 封印が解けるたびに勇者は魔王のところに向かい再び封印するということを繰り返してきました。

 でも、勇者の封印も強くなり、はじめてのときなんて一時間で封印が解けてしまったのに、いまでは前回いつ魔王城にいったか思い出せないくらいになりました。

 勇者の成長を思うと鼻が高い気持ちになります。

 だけれど、勇者はまだ魔王を倒せていませんでした。

 今日もこれから魔王城に向かいます……けれど、きっと勇者は魔王を倒せないでしょう。

 でも、疲れて帰ってきた彼をねぎらってあげたい。そう思った私はこう言いました。


「帰ってきたら、ケーキを焼くね。そういえば勇者の誕生日って今日だったね」

「うん! ぼく、勇者。5さい」

「もうっ、あなたはもう5歳じゃないでしょ」

「あっ、そっか」


 勇者は確実に強くなっています。

 もしかしたら、今度こそ魔王を倒せる日がくるかもしれない……今日はなんとなくそんな予感がするのです。

 なごやかな会話をしながら私は不思議な寂しさに襲われました。

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