ティエラへ向けて
俺はゴブリンを潰した、頭上から伸びる具現化された油圧ショベルのアームを見上げる。
見れば、アームは何もないところから出現していた。
正確には、まるで空間が歪んでいるような場所からアーム伸びている。
どんな原理なのかは分からない。
だが、とりあえず部分的な具現化が可能であることが分かった。
一か八かではあったにしても、ゴブリンを倒すことができたのも大きい。
これでとりあえずは、見限られることは回避できただろうか。
俺は反応を見ようと、二人のいる方へと振り向く。
レナンは興奮しているのと、驚いているのとが入り混じったような表情で、具現化されたアームを見つけめいる。
だが、アクネルさんは燃えるような赤い瞳で俺を睨んでいた。
アクネルさんがこちらへと近づいてくる。
「貴様……!私がゴブリンに近づいた途端にいきなり能力を発動させるとは、一体どういう了見だ!!」
「いや、ほんとすいません!決して、狙ったわけじゃなかとですけどね?!」
アクネルさんに怒鳴りつけられ、俺は必死に弁明を試みる。
だが、アクネルさんの怒りは収まるところを知らず、さらに加速する。
「貴様が苦戦しているようだからと、ゴブリンの片足でも切り落として戦いやすくしてやろうと思っていたのに……!」
「あ、そうだったんですね!それは本当に、すいませんでした!」
アクネルさんから出た意外なセリフに、俺は深々と頭を下げる。
どうやら見限られたわけではなかったようだ。
少し厳しそうに見えるが、もしかしたら意外と優しい性格なのかもしれない。
「まあいい。それで、どうして急に能力を発動したんだ?さっきまで逃げてばかりだったのに」
俺の謝罪が届いたのか、アクネルさんの口調から怒りの感情は消えていた。
どうやら許されたようだ。
俺は顔を上げると、アクネルさんを見る。
「実は自分の能力について、まだよく分かってなくてですね。さっきはこれの全体図を具現化しようかしよったんですけど、何故か思った通りのものが頭の中に浮かんでこなくて。そしたらアクネルさんが動いたんで、こりゃあ見限られちゃまずいと、焦って浮かび上がってるもので一か八か具現化しようとしたら、まあそれができたって感じですね。自分でも自分の能力が分かっとらんとですよ」
「そうか。まあよく分からなかったが、この世界で生きていくのなら能力は使いこなせるようにならんとな」
「ほんと、頑張らんとですよ」
「あぁ、期待しているぞ」
そう言うと、アクネルさんが俺に微笑みかけてきた。
いや、アクネルさん優しすぎるやろ!
ちょっと怖いおねぇさんだと思ってたら、この慈愛に満ちた微笑み。
ほんと、さっきの攻撃が申し訳なってくる。
「ねー!アクちゃんとバエちゃん、話し終わったー??」
ふと、頭の上の辺りからレナンの声が聞こえてきた。
見上げると、いつの間にかアームの上に腰かけていたレナンが、脚をぶらぶらとさせながらこちらを見下ろしていた。
「ああ。終わったぞ」
アクネルさんがそう答えると、レナンがアームの上に立ち上がると俺の横に飛び降りた。
一切の衝撃がなかったかのように華麗に着地して見せると、好奇心に満ちたレナンが俺を見上げる。
「じゃあ次はレナンの番!ねぇバエちゃん!これ何!?」
「ん?ああ。これは油圧ショベルっていう、ショベルカーやバックホウとも呼ばれる機械のアーム部分だな。俺たちの世界ではこれを整地したり、地面を掘ったりする時に使うんだが、分かるや?」
「ユアツショベル……。初めて聞いた!やっぱり別世界からくる人間の能力は変わってるんだね!ねね!他にはどんなことができるの?」
「他かぁ……」
レナンにせがまれ、次は重機化でもしようかと思ったところで、アクネルさんが口を開いた。
「レナン。確かに珍しい能力で、色々みたい気持ちもわかるが一度ティエラに戻ろう。ここは最早、初心者のための森じゃないからな」
「あぁー……そうだね」
レナンは露骨にテンションを落とすが、納得したように頷く。
だが、何故かレナンのテンションが元に戻った。
「じゃあ、ミラさんのお店に行こうよ!」
「ミラさん?」
俺がつぶやいた、独り言のような疑問にレナンが得意げに答える。
「うん!ミラさんの作るごはん、すっごくおいしいんだよ!」
「ごはんってことは、飯屋なのか?」
「めしや?レストランだよ!」
「ああ、うん。そうか」
どっちも同じような意味だが、指摘することでもないし黙っておこう。
「じゃあ、そのレストランに行くのか」
「まあ、そこならゆっくり話もできるだろう。とりあえず出発するぞ。こうしている間にも魔物が近づいてきているだろからな」
そう言うと、アクネルさんが森の中へと歩き始めた。
「それじゃ、ミラさんのお店にしゅっぱーつ!」
レナンが俺の腕をつかむと、そんな元気な掛け声とともに歩き出す。
そんな時だった。
ふいに、とあることに気づいた俺は歩みを止めると、それがあるはずの場所に振り返る。
アームは、何処だ?
気づけば、俺が具現化した油圧ショベルのアームが忽然と姿を消していたのだ。
これは油圧ショベルの全体像を具現化した時もそうだった。
あの時も、目を離している間に消え去っていた。
一体どこに?
「バエちゃん?」
突然立ち止まった俺に、レナンが不思議そうに見上げる。
「ああ、何でもない」
こうして、俺は再び歩き始めるのだった。
森を抜けると、だだっ広い荒野が広がっていた。
地平線の先まで何もなく、見えるものと言えば遠くに見える山脈ぐらいだ。
「えっと、アクネルさん?そのティエラという場所まではどうやっていくので?」
「ん?歩きだが?」
「因みに距離は?」
「知らんが、だいたい一時間ぐらいだな」
「うせやろ」
俺はアクネルさんのその答えに少しだけ絶望する。
二人は慣れてるのかもしれないが、文明の発達した世界で生きてきた俺が今更一時間も歩けるわけがない。
まあ歩けないこともないだろうが、単純にめんどくさい。
どうにか楽にならないかと考えていると、俺の頭に一つの考えが浮かんできた。
そうだ。今の俺には可能じゃないか。
そうと決まればと、俺はアクネルさんに一つの確認を取る。
「えっと、そこまでの道のりは平坦なんですかね?」
「ん?まあそうだが、何でそんなことを聞くんだ?」
不思議そうに首をかしげるアクネルさんに、俺は小さく笑いかける。
「ちょっと試したいことがありまして」
「なになにー?」
「まあ、待ってなぁ」
はしゃぐレナンにそう言うと、俺は早速イメージを始める。
広めの荷台に、後部座席含めての5人乗りの車内、四輪のタイヤ。
こうして具現化させたそれは、工事現場に行くときには重宝される、Wキャブというトラックだ。
俺はそれに近づくと、助手席と後部座席の扉を開ける。
「さあ、どうぞ」
「乗っていいのー!?」
「乗らんと始まらんからな」
「分かったー!」
レナンは元気に返事をすると、助手席へと乗り込んでいく。
「さあ、アクネルさんも」
「あ、ああ」
俺に促されるように、アクネルさんがWキャブの後部座席に乗り込もうとする。
だが、手に持っているその白い槍が入るのを邪魔していた。
「アクネルさん。その槍は後ろに置いておきましょうか」
「その方がよさそうだな」
俺はアクネルさんから白い槍を受け取る。
槍は意外と軽い。これだけの長さなら相当重いのかと思ったが、どうやら鉄とはまた違う素材の様だ。
俺は受け取った槍を荷台に立てかけると、一緒に具現化されていたトラロープで固縛する。
「よし。じゃあ出発しようか」
俺は運転席に乗り込み、エンジンを掛ける。
その瞬間に二人が驚きと、興奮、少しの不安が入り混じった声を上げた。
俺はそんな反応に少し得意げになりながら、助手席に座るレナンを見る。
「で、どっちだ?」
「えっとねー、あっち!」
「そうか」
レナンが間反対を指さしたため、俺はUターンをして進路を合わせるとWキャブを発進させるのだった。