3話
「私の前世……そうだなぁ。まず、名前はジュリア・ザハで……」
「え、前世でもジュリアって名前だったんだ」
「うん。お母さんは産まれた私の顔を見るまで彩桜花って名前にするつもりだったらしいから、何か感じたのかもね」
何の因果か、生粋の日本人にも関わらず顔立ちがなんとなくどちらかと言えばヨーロッパ系の顔立ちである前世の自分に似ている。だからハーフと間違えられることも数えきれない程あった。
なかなか凄い名前だね……と言われることもあるが、個人的にはじゅりあ以外だとしっくり来なかったと思うのでお母さんには感謝している。但し七瀬珠璃愛と画数が多く書くのがとても面倒なので、テストの時等イラッとしていたのは内緒だ。
「それで前世の母が、エドアルド様とフィーネ様の五十番目の御子にして第二十七王子殿下であるヴァレリオ様の乳母で、」
「いやちょっと待って。五十番目? フィーネとかいうのは人間だったんだよね。何年生きてんの?」
慌てたように口を挟んできた乃亜くん。五人兄弟くらいでも多いとビックリされる現代日本で育ってるから、驚く気持ちは分からないでもないけれど。エドアルド様の最愛のフィーネ様を"とかいうの"呼ばわりするなんて、とつい眉を顰めてしまった。
「少なくとも千年以上かな。そもそも竜族は三千年くらい生きて、精々人間は長くても六十年くらいなの。だから同じ時を生きる為にエドアルド様がフィーネ様の身体を作り変えて、おふたりは寿命を共有してて」
「それもう人間じゃなくね?」
「まぁまぁ。『番』に先立たれると、竜は心が壊れて生きていけないらしいから」
「ツィン……フ……なんて?」
おっと、こんな話人にするの初めてだから思わず前世の言語が……。そもそも適切な翻訳が難しい。この世界にないものや概念をどうやって説明したらいいだろうか。と考えた時に最近読んだ獣人による溺愛もののWeb小説に出てきた言葉を思い出す。
「番、が近いかなぁ。Web小説でそういうの読んだことある?」
「ない。俺が読むのは基本転生してチート能力貰って無双する系だから」
私が普段読んでいるのとは全然系統が違った。流石に今から興味が無いジャンルであろう小説を読ませこれでなんとなく理解して! と言うのは時間的にもはばかられたので、なんとか説明しようと試みる。
「番っていうのは……竜の血を引く者にとって、何ものにも代え難い存在。本能が渇望するもの。一目視認すれば運命のように惹かれ合って、愛さずにはいられない相手……かな」
「えー何それ。全然知らない相手でも好きになるってこと?」
「そうだよ?」
当然だ。好きになれる相手だから番なのだ。けれど乃亜くんはなんだか苦虫を噛み潰したような顔をして、吐き捨てるように言った。
「……そんなの、運命じゃなくて呪いだよ」
否定も肯定も出来ないまま、ああ、前世でも同じような台詞を聞いたなと思い出す。勿論竜にとって番とは神聖なもので、呪いだなんてとんでもない。だからそんなことを言ったのは……私の記憶の中では二人だけだった。
過去に思いを馳せていると、現実に引き戻すように彼が疑問を投げかけてくる。
「それに先に死なれたら生きていけないとか、ならいっそ出会わない方がよくね?」
「いやいや、メリット……っていうと神聖な番に対してなんかアレなんだけど。メリットもあるんだよ? 番の傍にいるだけで、番を守る為に神力が増えるの。身体の関係を持てば十倍にもなるし、子を成せば、子を守る為に更に数十倍にもなるって言われてた」
ただでさえ竜族は人間とは比べ物にならない強さを誇っていたのだ。それが数十倍ともなればエドアルド様のように世界を創ることも難くない程の力になる。
「ただ、それほど重要な番なんだけど何処にいるかは分かんないんだって。出会うことも試練なのか、かなり近づかないと分かんないらしいの。で、例えば名前も何も知らない運命の人が決まっていたとして、日本の何処にいるか分からないその人と偶然出会える確率って凄く低いでしょ?」
「まぁ、そうだね」
「竜も番が結婚してたら身を引くんだよね。だから寿命が長いとはいえ見つける頃には死んでるか結婚してるかで、結ばれないことも結構あって」
勿論厳密には人間の血が混じることで、寿命は多少短くなる。しかし竜の圧倒的優性遺伝力で、基本的に産まれる子の性質や能力はほぼほぼ竜なので、短くなると言っても誤差の範囲だ。それもあって
人の血がいくら混じっていても彼らを竜人ではなく竜と呼んでいた。
……人の姿をとった竜は、角もなければ尻尾もなく、耳も尖ってない完全に人間と同一の見た目なんだけど。真雪のように白い髪と瞳孔が縦に長い金の瞳だけで竜と分かるので、魔法で人に変身するのに態々角だのを残す必要がないらしい。前世ではそれが当たりだったけれど、生まれ変わって耳や尻尾が可愛かったり角や翼がカッコいい色んな獣人ものの小説や漫画を読んで、現実って無常……と感じたものだ。
「意外。めっちゃ欲しいのに結婚してるくらいで身を引くの?」
乃亜くんのその疑問も、この世界で二十年生きてきたからこそ理解出来る。この世界通りの結婚であれば、番が既婚者だろうと関係なく手に入れようとしただろう。まぁそれはそれで倫理的にどうなのか? という話ではあるが。
「この世界の結婚と違って、あの世界の結婚はお互いの魂まで結びつけるからね。だからそもそも離婚って概念がないし、無理に引き剥がしたら精神ぶっ壊れるんだよ」
「えっ何それ怖……」
結婚で魂が結ばれるからこそ、番というのは前世の夫婦なのでは? という説もあったくらいだ。
「それで私が産まれる三百年くらい前に、番召喚魔法っていうのが考案されたの。番が生きてて未婚の場合に限り、ティルナノーグの中にいれば見つけ出して召喚するってやつ」
「ティルナノーグの外にいることもあるの?」
「うん。敵対してる黒竜が番ってこともありえる。番を決めるのは運命の女神様だからねぇ」
最初はサーチ範囲の指定はしていなかったらしいが、かつて召喚された番が黒竜で大事件になって以来ティルナノーグ内だけを探すように魔法が造り替えられたらしい。その黒竜は大勢の人間を殺した為、エドアルド様らによって殺され、番を失ったことにより召喚した竜も悲しみのあまり自死してしまったという。誰も救われない悲しい事件だ。
「……結局なんか世界の説明になっちゃったね」
「いやいいよ。俺も気になって結構口挟んじゃったから」
興味津々といったその表情には、疑いの色は見て取れなかった。乃亜くんのそういう素直なところお姉ちゃん好きだけど、将来詐欺とかにあわないか心配です。
「話戻すけど、私、エドアルド様の息子であるヴァレリオ様と所謂乳兄弟だったんだよね。それで赤ちゃんの頃から……あっ竜族も人と共生する為に基本は人の姿をとっているから、赤ちゃんも人型で産まれてくるの。でね、赤ちゃんの頃から一緒にいたんだけど、なんか凄く仲良くてさ。ハイハイも出来ない頃から、見つめあって笑いあったり姿が見えなければ泣いたりして、初めての言葉はお互いの名前だったし、喋れるようになってからはすきーすきーって感じで」
「うわーませてるなぁ」
「ふふ。だからもしかしたら番かもって周りの人も思ってたんだと思う。お母さんが乳母としての役目がおわってからも、遊び相手として一緒にいる事を許されたの」
物心ついた時には既に、ヴァレリオ様の傍にいることが当たり前だった。優しく名前を呼んで、特別扱いしてくれる綺麗な男の子。王子様とお姫様の出てくる童話が好きだったから、この人が私の王子様なんだって思っていた。
「それからヴァレリオ様が初めて神力を測定したのが三歳の頃だったんだけど、その時点で番と子をなした他のお兄様方よりも強かったのね」
「え? ヤバ。最強じゃん」
「そう。だからこれは私が番なのはほぼ確定だろうって、その時は誰もが思ったの。何よりヴァレリオ様自身、私のことを番だって言ってくれてて」
……今の言い方で話の先が読めてしまったのか、彼はえ、と呆気に取られたように声を漏らした。私からすれば所詮は二十年以上前の話で、既に充分悲しみきったことだから気にせず続ける。
「番召喚を行うまで正式なものではなかったけれど、婚約者になって、ヴァレリオ様の宮殿の番用の部屋にも住まわせて貰えて……」
幸せな時間だった。ずっとこの人と、千年先も一緒にいれることが何より嬉しかった。そう。私は自分がヴァレリオ様の番だと信じて疑っていなかったのだ。
「──でも違ったの。ヴァレリオ様の番は、私じゃなかった」