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2話

 

 

 寒い寒い寒過ぎる。春なのにバグとしか思えない寒さだ。うっかり薄着で出てきた朝の私が恨めしい。家に帰ったらまずエアコンをつけて、部屋が温まるまでの間にシャワーを浴びて……今日は疲れたから夜ご飯はデリバリーにしよう。うーん、便利な世界だ。そんな事を考えながら早足で歩く。

 

「……あれ?」

 

 ブルブルと震え俯きながら歩いて来たので、外から部屋の明かりなど確認しなかったが、アパートのドアを開けると玄関に男物のスニーカーがあった。何を隠そう私、七瀬珠璃愛(じゅりあ)は一人暮らしの大学生である。合鍵を持っているのは家族だけ。つまりこの靴、まさか。待って、私たしかローテーブルの上に────!

 

「あ、姉さんお帰り。遅かったね?」

 

 バタバタと階段を駆け上がる音が聞こえたのか、リビングからひょっこりと顔を出したのは弟の乃亜(のあ)くんだった。

 

「のっののの、乃亜くん!? 来る時は連絡してよ!」

「姉さんが好きな時に来ていいよって言ったんじゃん」

「いや言ったけど、ほら片付けとかあるからさぁ……」

「別に散らかってても俺は気にしないよ」

 

 スウェット姿で完全に寛いでいる彼に悪びれる様子はない。チラリと部屋を見渡すと何やら荷物がパンパンに詰まったスーツケースや、高校の制服に通学鞄なんかもある。

 

「何があったの? 家出?」

「母さんの新しい恋人が家に住み始めた」

「わぁ、気まずいねぇ」

 

 珠璃愛や乃亜という名付けから何となく人となりを察するだろうが、私達の母は所謂ギャルママだ。新しい恋人とやらもいつも通りウェイ系のパリピだろう。心中お察しします。

 

「でしょ? マジ無理だから。暫く泊めて」

「まぁいいけど。もう何か食べた?」

「まだ食べてない」

 

 手洗いうがいを済ませて着替えを用意し、乃亜くんにデリバリーアプリを開いてスマホを渡す。

 

「食べたいもの頼んでいいよ。なんでも食べるから私にも同じの頼んどいて」

「姉さんは本当に好き嫌いないよね」

 

 だってこの世界のご飯美味しいし……という言葉は飲み込んだ。実の姉が頭のおかしな奴だと分かれば、乃亜くんの家出先が無くなるだろう。

 

「じゃあ私シャワー浴びてくるから」

「うん。──ああ、散らかってても気にしないとは言ったけどさ」

 

 脱衣所のドアを開けようとした私に、乃亜くんが声をかけてくる。その含むような声色に嫌な予感がした。視線を向けるのが怖い。怖いけど……チラリと横目で見る。

 

「これが何なのかは気になるかな」

「ぐっ!」

 

 そう言って彼がヒラヒラと顔の横で揺らしていたのは、ローテーブルに置いていた筈の、魔法陣がかかれた紙だった。

 

 

 

 

 濡れた髪を乾かし終わる頃には乃亜くんが頼んだローストビーフ丼が届いていた。それをテーブルに並べ、何故か乃亜くんが座椅子に我が物顔で座り、私は正座をしている。

 

「実は……私、前世の記憶があるの」

「はぁ」

 

 心臓をバックバクさせながら入浴中いかにして誤魔化すか考えを巡らせたが、結局何も思いつかずに素直に話すことにした。

 私には前世の記憶がある──なんて話を、本来なら誰にもするつもりは無かったのに。そんな話をしても頭のおかしい奴と思われるか、漫画やアニメの見すぎだと笑われるかだと早々に理解したから。……だから二十歳にもなって、まさかこんな形で弟にカミングアウトすることになるとは思ってもみなかった。前世色々あった頃とはまた違った緊張感に、箸が全く進まない。

 対する乃亜くんは一言ため息とも呆れ声とも短い返事ともとれぬ言葉を発して以降、パクパクと黙って食べ進めている。ドン引きでも軽蔑でも厨二病扱いでもいいから、とりあえず何か言って欲しい。

 

「あ、あの……」

 

 結局沈黙に耐えきれず私から言葉を発すれば、彼は難しい顔をして私を見返してきた。

 

「どんな記憶なの?」

「え?」

「あの魔法陣? みたいなのを見る限り、この世界ってわけじゃないでしょ」

 

 返答は、まさかの掘り下げ。

 

「信じられるの?」

「話聞いてから判断する」

 

 わぁ。この私が話すのは決定事項という態度のなんと横暴なことか。小さい頃お姉ちゃんと結婚する〜なんて言ってた可愛い乃亜くんは何処へ。いや今も充分可愛い弟だけど。

 

「ええ……マジで? 話せば長くなるけど……」

「ゆっくりでいいよ。明日休みだし」

「な、なんか思ったより興味津々だね?」

 

 私も明日は休みだけど、寝るのが遅くなるくらいガッツリ話を聞くつもりなのか。乃亜くんはクールというか、何事にも淡白な印象だったから意外に思う。

 

「……まぁ。そういうWeb小説よく読むし」

「あーそうなんだ、私も結構好きだよ」

 

 確かにWeb小説において転生ものは人気ジャンルだ。まぁ、大体この世界から異世界への転生だけど。

 そういう事ならまぁ暇つぶし程度にはなるかもしれないから話してもいいかと息を吐く。乃亜くんは信じてくれるかどうかは別として、面白おかしく他人に言いふらしたりするような子ではないだろう。

 

「ええっと何から話したらいいかな……」


 誰かに話すつもりはなかったから、何をどう話せばいいのか難しい。生い立ちもやや特殊なので世界の説明からはじめた方が良いだろうか……と悩みながらも口を開いた。


「うーんと、私が生きていた世界には竜神の血を引く白と黒の竜がいたんだけどね。ある時白竜の長のエドアルド様が人間のフィーネ様を愛したことで、黒竜側が激怒しちゃったの。黒竜は人間嫌いだったから、認められないって」

「……まぁ、俺も姉さんが犬とか猫と本気で結婚するとか言い出したら止めると思う」

「いやー、今人間固定だからそう思うだけで、もし自在に犬や猫の姿になれるとしたら案外アリかもよ?」

「マジかよ」

 

 私が前世の記憶があると言った時はほぼ無反応だったのに、今の話では乃亜くんは若干引いた顔をした。

 

「それで白竜と黒竜のバチバチの争いになったんだけど、やっぱり人間っていう守るべき存在がある分白竜側は戦いづらくて、ジリ貧状態になっちゃってて」

「うん」

「エドアルド様がもう新しく世界創って人間とかその他諸々の動植物や建築物ごと隔離しちゃえばいいか! えい! って出来たのがティルナノーグ」

「待って、急に分かんなくなった」

「うーん、ノアの方舟……ともちょっと違うしなぁ。すんごく対象が広くて多い神隠しみたいな感じ?」

 

 説明が難しい。七瀬珠璃愛として二十年生きていても、日本語であの世界の説明をするのは難易度が高い。ティルナノーグの言葉ならもうちょっと上手く説明出来ると思うんだけど。

 

「まぁとにかく、ティルナノーグでは白竜と人が共生してたってこと」

「ふーん」

「ティルナノーグも最初はそんなに大きくなかったらしいんだけど、私が生きていた頃はすんごく広かった。長さの単位が違うから正確にはわかんないけど、日本全土より広いんじゃないかなぁ……」

「そんなに大きな空間を創ったんだ。その世界の竜って凄いね」

「神様の血を引いてるからねぇ」

 

 難しい顔で眉を寄せる乃亜くんは、理解することを放棄したのかそっかぁという適当な返事をしてきた。

 

「私達人間は……あっ、私は人間だったんだけどね。人間は魔力を用いて魔法を使うんだけど、竜は神力で魔法を使えるの。魔法自体は同じでも結果はライターと火炎放射器くらい違う」

「うーん分かるようなわかんないような……。じゃあ魔法でどんな事が出来るの?」

「神力ならイメージ、魔力なら魔法陣の構成……プログラムみたいなもの次第だけど、結構色んなことが出来るよ」

 

 実演も出来なくはないけど、信じてくれるかどうか、そもそも受け入れられるかどうか分からないので、決定づけることはやめておく。

 とはいえここまで話すと段々緊張感も解れてきて、置いていた箸に手を伸ばした時。

 

「じゃあこの見るからに怪しくて禍々しい血の魔法陣はなんなの?」

「うぐっ」

 

 言いたくない。言っても意味が分からないだろうとかいう話ではなく、単純に我ながらかなりキモいからである。圧をかけてくる乃亜くんの視線から逃れるように顔を背けると、彼の両手が伸びてきてガシッと頬を掴まれ戻された。痛い。

 

「……それは、私こそがヴァレリオ様に相応しい番だって女神様に布教する魔法」

「は?」

 

 観念して正直に話せば、乃亜くんの手の力が緩んだ。多分理解してないだろうけれど、恥ずかしすぎてヒィー! と奇声をあげたくなる。

 

「…………こっちは?」

「……『番』召喚のサーチを妨害して自分を『番』として召喚させる魔法」

「はい?」

 

 彼の頭上にはてなマークの幻覚が見える。いいの、分からなくていいの。分かったら絶対こいつキモって思うから……!

 しかし乃亜くんの興味は失せることなく、はぁと長い溜息をつかれた。

 

「……世界観の話より、まず前世の姉さんについて話して貰おうかな」

 

 

 

 

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